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可愛いは悪 回帰した悪役皇女はうつむかない  作者: 緋色の雨


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エピソード 4ー3

 領都ウルスラを取り囲む壁の中と外を繋ぐ門の前。アグナリア王国の騎士と従者を含む部隊が辺境伯軍と向き合っていた。


 事前に手紙と早馬を送り、こちらに戦闘の意思はないと伝えてはいるけれど、もしも戦闘になれば双方に多くの被害が出る規模だ。

 双方の騎士達には強い緊張が見て取れる、一触即発の状況。

 私は漆黒のドレスを纏い、吹き抜ける風に銀髪をなびかせながら部隊の先頭に立っていた。かつての私が戦場に立っていたときの戦装束だから、相手には私がいると分かるだろう。

 そうして私が待ち続けていると、部隊のあいだを縫ってバートン辺境伯が進み出てきた。


「久しぶりね、バートン辺境伯」

「ええ、お久しぶりですね、ヴェリア皇女殿下。しかし――」


 彼はそう言って私の背後にいる騎士団に目を向けた。


「ヴェリア皇女殿下、なぜ貴女がアグナリア王国の騎士団を連れていらっしゃるのですか?」

「あの日の誓いを護るためよ」

「むろん覚えています。まだ方法は分からないけれど、ノクシリア皇国を救うと仰いましたね。私はそれを信じて待っていました。ですが……」


 バートン辺境伯の視線が、再び私の背後に並ぶ騎士団に向けられる。

 彼は私にこう聞いているのだ。

 アグナリア王国に尻尾を振り、傀儡の皇帝となるつもりか、と。


「……もしもそれしか道がないのなら、それがアグナリア王国の存続に繋がるのなら、私は手段を選ぶつもりはないわ。でも、貴方のそれは杞憂よ」

「アグナリア王国が、フォルンディア連邦になりかわるだけではない、と?」

「ええ、私がそんなことにはさせない。それに――バートン辺境伯、貴方は根本的な部分で誤解をしているわ。なぜなら、次期皇帝は私ではなくノクスだから」

「ノクス皇太子殿下、ですか?」


 騎士を率いているのは、私が皇帝の地位を簒奪するためだと思っていたのだろう。バートン辺境伯は意外そうな顔をした。


「ええ。ノクスが皇帝となり、アグナリア王国と縁付き、友好を結ぶことになるわ。もちろん、その過程で支払う代償もあるけれど、貴方が心配しているようなことにはさせない」

「……それは、アグナリア王国も承知しているのですか?」

「――ヴェリアは、我が国に多大な貢献をしたからな」


 バートン辺境伯の問いに答えたのはアルヴェルトだった。彼が金色の短髪を風になびかせながら隣に並びかけてくる。


「おまえは――いや、貴方は、もしや」


 バートン辺境伯は、一介の護衛騎士を名乗っていたアルヴェルトを知っている。だが、彼の身なりを見たバートン辺境伯は息を呑んだ。


「名乗るのが遅くなったな。私はアグナリアの王太子、アルヴェルトだ」

「やはり、王太子殿下でしたか。知らぬこととはいえ、数々の無礼をお許しください」


 バートン辺境伯はその場で深く頭を下げた。だが、風になびく飾り布をそのままに、堂々と頭を下げる姿は威厳すら感じられる。

 それに対し、アルヴェルトがふっと笑みを零した。


「顔を上げてくれ。こちらは正体を隠していた身だ。それを咎めるようなことはない」

「寛大なお心遣いに感謝します」


 バートン辺境伯はゆっくりと顔を上げ、それから「では恐れながら確認させてください。アグナリア王国は、ノクシリア皇国を属国にするつもりではないのですね?」と言った。


「心配するな。支援に対する対価は求めるが、そう無茶な要求をするつもりはない」

「それは、非常にありがたい申し出ですが、一体なぜ……?」

「ヴェリア皇女殿下が我が国で多大な功績を挙げた、その結果だと思ってくれ」


 アルヴェルトが軽口を叩くように言い放つ。それを聞いたバートン辺境伯は目を見張り、それから「貴女は本当に……」と力なく笑った。

 私は一歩まえに出て、皆に聞こえるように声を張り上げる。


「バートン辺境伯、私は戻ってきました。今度は、貴方が約束を守る番です。ノクスを、この国の民を、家臣を護るため、いまこそ私に力を貸しなさい!」


 私の声が平原を駆け抜けていく。一陣の風が吹き抜けるなか、バートン辺境伯は私のまえで片膝を突いてかしこまった。


「ヴェリア皇女殿下、貴女の帰還を心待ちにしておりました。俺の率いる辺境伯軍はただちにヴェリア皇女殿下の旗下に入る用意が出来ています。どうか、ご命令を」


 彼の言葉を切っ掛けに、彼の率いる部隊が一斉に片膝を突いてかしこまった。久しく触れていなかった戦場の高揚感を感じながら、私は静かに息を吸う。


「――貴方達の忠義は受け取りました。皆の力で終わらせましょう、この戦争を」

「「「――はっ!」」」



 こうして、私達はウルスラ領都へと足を踏み入れた。そこで騎士達は野営地を設立し、私達は今後について話し合うために設営中の広場に集合する。

 集まったのは私とアルヴェルト、それにバートン辺境伯他、数名だ。そのほどよい緊張感が漂う状況下で、アルヴェルトが単刀直入に切り出した。


「それで、これからどうするつもりだ?」

「王宮に向かいます。ゆえに、バートン辺境伯に頼むのはその案内です」


 答えた私がバートン辺境伯に視線を向けると、彼は「案内、ですか?」と首を傾げた。


「私を王宮にまで連れて行ってください。そうすれば、あとは私がなんとかします」

「……それは、難題ですね。たしかに、フォルンディア連邦の越境でばたついているとはいえ、アグナリア王国の騎士団を連れていけば騒動になりますよ」


 バートン辺境伯が難しい顔をする。


「あら、間違っていますよ。お願いしたのは、私を王宮に連れて行くことです。アグナリア王国の騎士団はここに置いていくので問題ありません」

「……は?」


 バートン辺境伯は意味が分からないという顔をする。不意に突風が吹き、私の銀髪がなびく。それを指先で押さえてバートン辺境伯を見ていると、彼はおもむろに苦笑した。


「……貴女には、俺には見えないものが見えているのでしょうね。ならば、非凡ならざる俺はノクシリア皇国の未来を、ヴェリア皇女殿下に託します」


     ◆◆◆


「フォルンディア連邦の連中が領土侵犯を許したのはなぜだ! なぜ食い止められない! 国境の部隊はなにをやっている!?」


 ノクシリア皇国の王城にある謁見の間。

 北方戦線の苦戦を聞いたアウグストが声を荒らげた。彼の見下ろす先、赤い絨毯の上に将軍のガイウスが片膝を突いてかしこまっている。


「申し訳ありません。フォルンディア連邦はいつになく本気で、大規模な軍を送り込んできました。対する我が軍は物資も不足しており、非常に苦戦を強いられています」

「物資が足りないというのならいますぐに補給をおこなえ!」


 当然のように言うが、補給するための物資がないから困っているのだ。見かねた宰相のロデリックが「陛下、砦で迎え討つのはいかがでしょう」と進言する。

 だが、その言葉にもアウグストは激昂した。


「なにを馬鹿なことを言っている! 俺は敵を国内から追い返せと言っているのだ!」


 アウグストは周囲の雑音を実力で黙らせ、皇帝へと上り詰めた。そういう背景があるから、周りの者はアウグストの言葉に否を唱えない。

 アウグストの判断はいつだって正しいと、そういう図式が出来上がってしまっている。

 昔は、それで問題がなかった。


 だが、いまは違う。

 アウグストの考えは間違っている。周りがそれとなく進言するが、自分が正しいと信じて疑わない彼は、部下の忠言に耳を傾けようとしない。

 誰もが苦々しい顔をする。


「父上、これ以上の戦闘は自殺行為です。有利な条件を出せるうちに休戦を提案しましょう」

「ノクス、おまえまでそのように弱気なことを言うのか!」

「しかし父上、このままではジリ貧です」

「ええい、黙れ! そのような弱気でいるから押し返せぬのだ!」


 アウグストは一喝し、血走った目でガイウスへ視線を向けた。


「ガイウス将軍、貴様もこの戦闘が自殺行為だと思うのか?」

「……非常に厳しい戦いであるのは事実です」

「そうだ、厳しい戦いではあるが、まだ負けた訳ではない。ここから、挽回することも出来るはずだ。そうであろう?」

「……そのような策があれば、あるいは不可能ではないかもしれません」

「そうであろう! よし、そなたはその策を考えるのだ!」


 アウグストは満足げな顔をした。

 彼の中では、ガイウスが自分に賛同したことになっているのだ。

 恐ろしいまでの一方通行。誰もがこの国の未来を憂えたとき、謁見の間の入り口を護る近衛兵が「バートン辺境伯がいらっしゃいました」と告げた。


「……バートン辺境伯だと? 西の国境を護っているはずのあやつがなぜここにいる?」


 アウグストはいぶかしげな顔をした。だが、近衛兵が「援軍をお連れする用意があるとのことです」と口にしたことで態度を一変させた。


「バートン辺境伯をいますぐに通せ!」


 アウグストが命じると、ほどなくしてバートンが現れた。彼は背後に二名の騎士と、フード付きのローブを纏った女性を連れていた。


「バートン辺境伯、ノクシリア皇国の危機によくぞ駆けつけてくれた。だが、謁見の間に護衛を引き連れてくるとはいささか無作法だな」

「これはとんだ失礼を。ですが、我が主の命令なれば、どうかご容赦ください」

「……主、だと?」


 この国の皇帝はアウグストただ一人だ。

 騎士ならばともかく、辺境伯の主たる人物は皇帝しかいない。バートンはなにを言っているのかと、アウグストはいぶかしげな顔をする。


 それに答えるように、フード付きのローブを纏った女性がバートンの横に並ぶと、皆が見ているまえでフード付きのローブを脱ぎ捨てる。

 サラサラの銀髪がふわりと広がった。

 間接光を受けて煌めく銀光、思慮深い紫色の瞳。


「ヴェリア皇女殿下……」


 その娘の正体に気付いた者達が一斉に息を呑んだ。

 

 

 明日は昼にも一話、夜には一章のエピローグを投稿します。

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