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可愛いは悪 回帰した悪役皇女はうつむかない  作者: 緋色の雨


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エピソード 4ー1

 第二王子派の重鎮、クラヴィス侯爵が王女を誘拐して殺害しようとして捕縛された。その知らせは瞬く間に王都中へと広がった。


 クラヴィス侯爵は無実を訴えたが、王太子と第二王子が誘拐現場を目撃していることから、彼の訴えを真に受ける者はいなかった。

 結果、彼はリリス誘拐と殺害未遂の罪が確定。リリスの証言により、アルヴェルト王太子殿下殺害未遂の容疑で取り調べを受けることになった。


 ちなみに、エドワルド殿下も責任を問われたが、こちらはクラヴィス侯爵の行動との関係はなく、派閥の管理不行き届きによる謹慎処分という軽い罰ですんだ。

 恐らく、すべてリリスの思惑通りなのだろう。


 ……ほんと、悪い子ね。


 見た目は愛らしい女の子だけど、その正体は悪を成して巨悪を討つ悪女そのものだ。

 まあ、そういうところも可愛いんだけどね。


 ――なんてことを考えていたのが数日前。


「……で? エドワルド殿下はなにをなさっておられるのですか?」


 離宮にある私の部屋。

 窓辺から差し込む午後の日差しに照らされたローテーブルの向かい側。ティータイムを楽しむリリスの隣にエドワルド殿下が座っている。


「おまえも知っているだろう。俺は謹慎中だ」

「……私の部屋で、ですか?」

「理由なら兄上に聞いてくれ。俺をここに送り込んだのは兄上だからな」

「……アルヴェルトが?」


 なぜと考えたのは一瞬。私はすぐにその理由に思い至った。彼の協力を得て、第二王子派を大人しくさせろと、アルヴェルトは言っているのだ。

 と、そんなことを考えていると、エドワルドが深々と頭を下げた。


「ヴェリア皇女殿下、すまなかった」

「……いいですよ、別に」


 なにが目的かと疑われたくらいで、実害を受けた訳じゃない。それに、的外れだったとはいえ、彼は私を心配して警告してくれた。

 私にエドワルド殿下を恨む理由はない。


「……そうか、感謝する。リリスも、すまなかった」


 エドワルド殿下は私の隣に座っているリリスへと視線を向けた。リリスは無邪気な顔で「私は、エドワルドお兄様と会えて嬉しいよ」と答える。

 その様子からは、クラヴィス侯爵をはめた悪女だなんて想像も出来ない。


「……二人の慈悲に感謝する」


 エドワルド殿下はもう一度深々と頭を下げ、ゆっくりと顔を上げた彼は少しだけ晴れやかな顔をしていた。そうして「ところで、兄上は来ていないのか?」と周囲を見回す。


「お兄様は水不足を解決する事業の件で忙しいみたいだよ」

「そうか。だが、使用人に聞いたところ、元々滅多に顔を出していないとのことだが……まさか、兄上とリリスは仲が悪いのか?」


 いぶかしげな顔。

 リリスは「そんなことはないよ。ただ、私は、その……」と視線を彷徨わせ、「ヴェリアお姉ちゃん、お願い!」と私に丸投げした。


「……まぁ、かまわないけど」


 アルヴェルトが滅多に顔を出さない理由を説明するには、魔力加給症について語る必要がある。すると、必然的にリリスの余命についても話す必要がある。

 あと数年しか生きられないかもしれないなんて、自分の口からは説明し辛いのだろう。そう判断した私は、背筋を正してエドワルド殿下に視線を向けた。


「エドワルド殿下、落ち着いて聞いてください」

「なんだ、急に改まって」

「リリスのことです」

「――っ。聞こう」


 彼は私に倣って姿勢を正した。彼の真剣な面持ちを目にして、やはり彼のリリスを思う気持ちは本物だと確信する。


「私とアルヴェルトには、リリスを救うあてがあります」

「……救うあて? 待て、それでは、まるで……」

「ええ。このままなら、リリスは成人するまで生きられない」

「――なっ!」


 彼はローテーブルに手を突いて立ち上がる――寸前に踏みとどまった。


「救うあてがあると言ったな? それは本当なのか?」

「ええ。問題もありますが、それはこれから解決するつもりです」

「なるほど……分かった。それで、リリスは病気かなにかなのか?」

「はい。魔力加給症をご存じですか?」

「……たしか、自分の許容量を超えて魔力を回復してしまう症状のことだな。魔力が器に負担を掛け続けることで成長に悪影響を及ぼし、やがては死に至るという……なるほど」


 小柄なリリスを見下ろしたエドワルド殿下は渋い顔をした。それから、ハッとした顔をして、「では、兄上のパーティーでリリスが倒れたのは……?」と口にした。


 私はアルヴェルトの恩恵について話していいか分からず、リリスに視線を向けた。彼女はコクリと頷いて「アルヴェルトお兄様の恩恵の影響だよ」と答えた。


 このやり取りについて、私は少しだけ心配する。

 故意ではないにせよ、アルヴェルトがリリスを苦しめている事実には変わりないと、エドワルド殿下が考えるかもと危惧したからだ。

 そうしてエドワルド殿下の反応を伺っているとほどなく、彼は小さな溜め息を吐いた。


「そうか、リリスが理由を言わずに離宮に引き籠もっていたのは……」

「二人に争ってほしくなかったからだよ」


 リリスの答えに、エドワルド殿下は静かに頷いた。

 ……どうやら、アルヴェルトを恨む流れにはならなさそうだ。

 私は安堵の溜め息を一つ、紅茶を口にした。


「……事情は分かった。だが、誰にもなにも言わずに離宮に引き籠もっていたのは、そのまま死ぬつもりだったのか?」

「それは違うよ。魔導具に興味を持ったのはアルヴェルトお兄様のお手伝いのためもあったけど、魔導具で魔力加給症をなんとか出来ないか研究したかったからなの」

「したかった? そう言えば、パーティーでは兄上と一緒にいたな。もしかして、その魔導具が完成したのか?」

「それは……」


 リリスが話していいのかと、私に視線を向けてきた。

 私は頷き、エドワルド殿下に「それは私の恩恵の効果です」と答えた。


「ヴェリアの恩恵は医療系なのか?」

「いえ、他人の恩恵を制御する能力です。それでアルヴェルトの増魔の蝕の効果がリリスに及ばないようにしました」

「あぁ……そう言えば、兄上が珍しく女性を連れ回していると思っていたが、なるほど、そういう理由だったのか。てっきり、兄上にも春が来たのかと思ったが……」


 探るような視線を向けられる。


「アルヴェルトは、春風より『お兄様』の一言に心を動かされるようですよ」

「離宮の四季はリリスが支配しているという訳か」


 私がリリスの頭を撫でるのを見て、エドワルド殿下は肩をすくめた。

 だがすぐに表情を引き締めて、「ところで、それは対処療法だな。兄上の増魔の蝕がなくとも、魔力加給症である限り、リリスは身体に負担が掛かっているはずだ」と核心を突く。


「仰るとおり、私の力では根本的な解決には至りませんが、治療法のあてはあります。アルヴェルトが貴方をここに遣わせたのは、私がそのあてを手に入れる手伝いのためです」


 私がそう口にすると、エドワルド殿下の瞳に理解の色が灯り、ほうっと安堵の息を吐く。それから、「そのあてというのは?」と問い掛けてくる。


「私の弟が吸魔の蝕という、他人の魔力を吸収する恩恵を持っています」

「吸魔の蝕、名前からして魔力を吸収する力か」

「ええ、リリスの飽和した魔力を吸うことが可能です。だから、私はノクスを、アルヴェルトはリリスを救うために手を組みました」


 私がそう口にすると、リリスがなぜか不満げな顔を向けてくる。その理由を少し考えた私は、「もちろん、いまの私は貴女も救いたいと思っているわよ」とリリスの頭を撫でる。

 それに対してリリスは鈴を鳴らすように「えへへ」と声を零した。


「……事情は分かった。だが、おまえの弟というとノクシリア皇国の皇太子だろう? そんな人間を、どうやってリリスに引き合わせるつもりだ?」

「いくつか考えはありますが、いずれにせよ解決しなければならない問題があります」

「……あぁ、ノクシリア皇国か。そう言えば先日……」


 エドワルドが言葉を濁した。

 恐らく私を気遣ったのだろう。だけど、私も既にアルヴェルトから聞いている。先日、フォルンディア連邦が越境を開始したのだ。いまはまだ小競り合いの延長程度の被害だが、大規模な侵攻を開始するのも時間の問題だろうと言われている。

 それだけではなく、これを好機と捉え、他の国が参戦してくる可能性もある。


 このままなら、回帰前と同じようにノクシリア皇国は滅び、王族は、ノクスは処刑されるだろう。そうなれば、リリスも救うことが出来ない。


「救う手立てはあるのか?」

「アルヴェルトが兵を貸してくれるそうです。ただ、人質である私に直接兵を貸す訳にはいきません。騎士団を指揮するのはアルヴェルトになるでしょう。だけど……」


 私はそう言ってエドワルド殿下に視線を向ける。


「なるほど、俺の派閥による妨害が問題という訳だな。いいだろう。派閥は俺が抑える」

「無礼を承知でお尋ねしますが――出来るのですか?」


 影の支配者とも言うべきクラヴィス侯爵が失脚。だが、それでエドワルド殿下の求心力が増した訳ではない。むしろその逆、求心力は低下しているはずだ。

 第二王子派の者達が、起死回生を狙って暴走しない保証はない。それをちゃんと止められるのかと、私は彼のアメシストのような瞳を覗き込んだ。


「俺は未熟で無知だった。だが、同じ失敗は繰り返さない。俺が派閥の者達を抑える。だから、おまえは兄上とともにノクシリア皇国へおもむき、リリスを救ってくれ」


 エドワルド殿下は頼むと、深く頭を下げた。彼をどこまで信じていいのかは分からない。だけど、彼の言葉には強い意思が込められていた。


「分かりました。では、第二王子派の暴走を止めるのはエドワルド殿下に任せます」

「……ああ、ああ! 任された。では、俺は早速、派閥の者達と連絡を取るとしよう。だから、ヴェリア皇女殿下、兄上とリリスを頼んだ」

「ええ、頼まれました」


 私が微笑めば、エドワルド殿下は踵を返して退出していった。その後ろ姿を見送り、私はリリスへと向き直る。リリスは無邪気な顔で私を見上げていた。


「……リリス、貴女には私の弟と婚約してもらうわ」


 唐突な打診――だけど、彼女は意外にも平然と座っていた。


「……もしかして、予想してた?」

「うん。というか、私とお姉ちゃんの弟が一緒にいる理由なんてそう多くはないもの」


 アグナリア王国の王女とノクシリア皇国の皇子。そんな二人が頻繁に接触する名目はそう多くない。これが、ノクスとリリスを婚約させようと思っている一つ目の理由。

 そして二つ目は――


「アグナリア王国には、婚約を機に、ノクシリア皇国に同盟を打診してもらうつもり」

「……そんなこと、ヴェリアお姉ちゃんに出来るの?」

「もちろん、私には無理よ。そしてきっと、アルヴェルトにも無理ね。そういった判断を下せるのはこの国の王。ベルトラン陛下だけだもの」

「なら……」

「ええ。私がベルトラン陛下を説得する」


 そうして、両国の同盟をもって、フォルンディア連邦を撤退させる。

 それが私の立てた計画だ。

 とはいえ――


「気負わなくても大丈夫よ。ノクスと相性が悪ければ、婚約を破棄すればいいんだから」

「……え? そうなの?」


 リリスがぱちくりと目を瞬いた。


「目的は三つ。ノクシリア皇国を救うこと、ノクスを救うこと、そしてリリスを救うこと。今回の一件を乗り越えて友好的な関係を築けば、婚約は破棄したって問題ない」

「それはそうかもしれないけど、私は……」

「私を誰だと思っているの? 数年もあれば、魔力加給症に効く薬や、魔導具を開発するくらい訳ないわ。だから、婚約が必要なのはそのあいだだけ」


 リリスはぱちくりと瞬いて、それからソファの上で膝を抱えてそこに顔を埋めると「お姉ちゃんが格好よすぎて困る」と照れくさそうな顔をした。


「私の弟も格好いいわよ?」

「そうなんだ? じゃあ……興味あるかも」


 十歳と思えないほど妖艶な顔。リリスがとても可愛くて、私は「もちろん、二人がよければそのまま婚約してかまわないわよ」と笑った。


 というか、家族のために自分を犠牲にしようとする二人はお似合いだと思うのよね。そんなことを考えながら、私はバートン辺境伯とハインリヒ商会長に向けた手紙を書き始める。


 バートン辺境伯には、近々訪問する予定である旨を書いた手紙。

 そしてハインリヒには、フォルンディア連邦にある情報を流して欲しい、という趣旨の手紙を書く。そして流す噂の内容は――


「アグナリア王国が鉄や食料を集めている? それって、穀倉地帯で遣う水車の材料と、労働者に与える食料のことだよね?」


 手紙を覗き込んだリリスが首を傾げた。


「ええ。といっても、用途は伝えませんが」

「……ふぅん?」


 リリスは抱えた膝に顔を乗せたまま、しばらくその理由について考えていたようだ。でもそれに飽きたのか、「アウグスト陛下は同盟を受けるつもりがあるの?」と尋ねてくる。


「ないわ」


 手紙にペンを走らせながら答える。


「それなのに、同盟を打診するの?」

「ええ。でも、アウグスト陛下に、ではないわよ」


 私がそう言うと、リリスは瞬いて――それから、ハッと顔を上げた。


「……お姉ちゃん、もしかして」

「ええ、アウグスト陛下には退位してもらうわ」


 ノクスとリリス、それにノクシリア皇国を護るため、あの日に掴み損ねた勝利を取り戻す。

 それが人質として敵国に送られた私のレコンキスタだ。

 

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