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エピソード 1ー2

 人質皇女はうつむかなないから少し改題しました。

 お手数をおかけします。

 

 一ヶ月ほどが過ぎたある日。牢から出された私は、隣国の使節団へと引き渡されるべく、ガイウス将軍が同席する馬車で運ばれていた。

 うららかな昼下がりの街道。周囲には護衛の騎士が展開しているけれど、馬車の中にはガイウス将軍しかいない。私は意を決して彼に声を掛けた。


「貴方はどうしてノクスに従ったの?」

「裏切り者の誹りは甘んじて受け入れる所存です」

「責めている訳じゃないの。ただ、理由を知りたいだけよ。ガイウス将軍も、私と同じように、この国が緩やかに終わることを受け入れていると思っていたから」

「そうですね。ヴェリア皇女殿下は民とノクス殿下、それに我らを救うとおっしゃいました。ですが、ノクス殿下は最後まで共に抗って欲しいとおっしゃいましたので」

「そう……」


 ノクスが、姉を犠牲にして幸せになれるような人間じゃないと言ったことを思い出す。ガイウス将軍もまた、王族の犠牲の上に生き残ることをよしとしなかったのだろう。


「……馬鹿よ。ノクスも、貴方たちも」

「主に似たのでしょう」


 私は軽く目を見張った。

 彼の言う主という言葉が私を指していると気付いたから。


「……私も、アグナリア王国から出来る限りのことをしてみるわ」

「ノクス殿下は、すべてを忘れ、幸せになって欲しいと仰っていましたよ」

「却下よ。言うまでもなく、分かっているでしょうけど」


 私が苦笑すると同時、馬車が使節団の野営地へと到着したらしい。ガイウス将軍が先に降りて、私をエスコートするように手を差し出してくる。


「アグナリア王国の使節団にヴェリア皇女殿下を引き渡した後は、数名の皇国騎士が同行して国境まで見届けることになっています。どうか、お気を付けください」


 わずかに含みのある言葉。

 将軍である彼が部下と言わずに皇国騎士と言ったのは、アウグスト陛下の監視がつくという意味だろう。それを理解した私は小さく頷いた。

 それから彼の手を取って馬車を降り、ノクスの家臣となった将軍の顔を見上げる。


「あの子のこと、お願いね」

「その命、しかと賜りました」


 ガイウス将軍が片膝を突いてかしこまった。彼の忠義に泣きそうになる。私はきゅっと拳を握り、ガイウス将軍を見下ろした。


「立ちなさい。貴方の仕えるべき相手はノクスなのでしょう?」

「……はっ。ヴェリア皇女殿下、どうかお元気で」


 彼はそう言うも、決して頭を上げようとしない。私は仕方なく彼から視線を外し、迎えに現れた使節団の者達へと向き直る。数名の騎士と侍女が私のまえに立っていた。


「お迎えに感謝いたします。私はヴェリア・ノクシリア。皇帝の娘です」


 名乗りを上げてカーテシーをする。寸前まで牢に入れられていた私だけれど、人質として身だしなみは整えている。決してみすぼらしくはないはずだ。

 だが反応がない。彼らは一様にポカンとした顔をしていた。


「……どうかしましたか?」


 問い掛けると、一番前に立っていた中年の騎士がはっとした顔になった。


「し、失礼いたしました。まさか、このように可憐な女性が影纏いの魔女の正体とは思わず」

「……影纏いの魔女、ですか?」

「失言でした、お忘れください。――私は使節団を護衛する騎士団の隊長、ロランと申します。皇族である貴方を我が国まで安全にお連れするように仰せつかっております」

「分かりました。旅の間お世話になります」


 私が微笑むと、ロランは振り返って背後に控える者達の名を呼んだ。若い顔立ちの整った騎士と、落ち着いた雰囲気の侍女が一歩まえに出る。


「旅の間、なにか困ったことがあれば遠慮なく彼らにお申し付けください」

「騎士のアルと申します。旅の間、ヴェリア皇女殿下の護衛を務めさせていただきます」

「侍女のリネットです。ヴェリア皇女殿下の身の回りのお世話を担当させていただきます」


 アルと名乗った騎士は二十代の前半くらいだろう。金色のさっぱりとした髪型で、引き締まった肉体。凜々しい表情をしているが、どちらかというと優しげな顔立ちの青年だ。

 好奇心を映しだした彼の青い瞳がまっすぐに私に向けられている。


 そしてリネットと名乗った侍女は、アルよりも一つか二つくらい上に見える。

 栗色の髪を纏め上げたアップスタイルで、上品な物腰。細身の彼女はカーテシーをしながら、ライトブラウンの目を細めて静かに微笑んだ。


 だが、彼らの役目には私の監視が含まれているはずだ。あまり気を許しすぎないように気を引き締めつつ、「よろしくお願いします」と笑みを深める。

 こうして使節団に引き渡された私は、アグナリア王国へと向かう旅路についた。


 私の新たな目的は、ノクシリア皇国に戻ってノクスを救うこと。そのためノクシリア皇国を離れるのはじれったいけれど、物事には順序がある。


 まずは、アグナリア王国の情報を仕入れて、王族に接触できるだけの伝手を手に入れる。この旅はそのための一歩――と思っていたのだけれど、その計画は思わしくない。

 使節団の面々が私へ向ける視線に、少なくない敵意が混じっているからだ。


 最初は、人質として敵国へ送られる王女への哀れみの視線かと思った。けれど違う。彼らが時折私へ向ける視線には、他人を見下す侮蔑の感情が含まれている。


「……どうして敵意を向けられているのかしら?」


 何度目かの休憩。馬を休ませている間、馬車から降りて木陰に座って休んでいた私は、遠目から向けられるとげとげしい視線を感じながらぽつりと呟いた。


「彼らが向ける視線の意図を知りたいのですか?」


 不意に降って下りた声。振り返って見上げれば、すぐ後ろに控えていたアルが澄まし顔で私を見下ろしていた。ふわりと風が吹き、彼の纏うマントが揺れている。


「……アルと言ったわね。貴方はあの視線の理由を知っているの? もしかして、私が戦場でアグナリア王国の軍を翻弄したのが原因かしら?」


 私はアグナリア王国と少しでも有利な交渉を進めるために、軍部に干渉して双方に被害が出ないように立ち回った。アグナリア王国から疎ましく思われていても不思議じゃない。

 そう思ったから――


「いいえ、その逆です」


 彼の言葉は少し想定外だった。


「逆って……どういうこと?」

「ヴェリア皇女殿下、我らは貴女のことを影纏いの魔女と呼んでいます」

「そう言えば、ロラン隊長がそのようなことを言っていたわね」


 それが? と続きを促す。


「いくつもの戦場に介入しては戦況を覆す正体不明の女性。長らく正体が分からなかったことから、誰からともなく影纏いの魔女と呼ぶようになったんです。そしてそれは、貴女の正体が発覚してからも続いていた」

「……思ったより評価してくれているのね」


 敵国の兵の名前は分からないことも多い。

 そういうとき、相手に二つ名を付けることも珍しくはない。特に私は身内にバレないように名前を隠していたので、二つ名が付けられたのだろう。


 でも、二つ名がつくくらい邪魔をした私が疎まれているというのなら理解できる。だけど、アルは逆だと言った。その意味を問うと、アルは少しだけ苦笑した。


「実は、アグナリア王国の騎士団は力に頼るきらいがあるんです。いままで大規模な戦闘がなかったことも理由の一つですが、策略に弱いと言ってもいいでしょう」

「……思い当たる節は……あるわね」


 アグナリア騎士団は精鋭揃いだが、私の仕掛けた策によく掛かってもくれた。


「そういった事情から、騎士団は自分たちの力を上手く運用してくれる人物を求めているんです。ゆえに、影纏いの魔女は敵ながら評価が高かった」

「……そういうこと」


 策を弄する私は彼らにとって尊敬するべき存在だった。だけど、そんな私が人質としてこの国にやってきた。しかも、人質の安全を最優先に考えたような条件を突きつけて、だ。

 彼らの目には、私が保身のために策を弄し、祖国を捨てた卑怯者と映ったのだろう。


「周りを犠牲に、自分だけ助かろうとする皇族なんて嫌われて当然ね」


 自嘲気味に呟いて、私はアルを見上げた。


「貴方も同意見かしら」

「私は貴女の護衛ですから」


 蔑んでいない――とは言っていないが、少なくともそれを表に出して、私を不快にさせるつもりはないのだろう。彼は護衛としてとても優秀みたいだ。

 実際、彼から不快な視線を感じたことはない。


「ありがとう。色々と教えてくれて」


 私がにへらっと笑うと、彼は少し意外そうな顔をした。


「言い訳をなさらないのですか?」

「なんの言い訳をしろというの? 私がアグナリア王国へ行くのは事実なのに」


 私はそう言って笑う。

 けれど、アルの青い瞳は私の顔を見ていなかった。彼の視線はそれより少し下。その視線をたどった私は無言でスカートをはたいた。

 無意識にスカートを握り、太もものあたりに皺を作ってしまっていたことに気付いたから。


 それから無言でアルを見上げれば、彼は風に揺れるマントを手で押さえ「少し風が吹いてきましたね。ブランケットをお持ちしましょうか?」と口にした。

 彼の整った顔に柔らかい笑みが浮かぶ。

 なにも見ていないという意思表示。彼は空気の読める人間のようだ。


 私は「いいえ、そろそろ馬車に戻るわ」と立ち上がった。不意にさぁっと冷たい風が吹き抜け、私の長い銀髪が風になびく。

 私はそれを手で押さえながら、これから向かうであろう国境へと視線を向けた。そこには、ガイウス将軍やロデリック宰相と同様に、私に味方してくれた辺境伯の納める街がある。

 私はそこで出来ることを考えながら、馬車へと足を運んだ。

 

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