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可愛いは悪 回帰した悪役皇女はうつむかない  作者: 緋色の雨


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エピソード 2ー6

 リリスと、ついでにリネットに魔術を教え始めて一ヶ月が過ぎたある日。

 私は美しく生まれ変わった中庭に足を運んだ。そうして片隅にある木漏れ日の下で、木の幹にもたれかかり、これからのリリスへの授業方針について考えていた。


 リリスは一生懸命に魔術を覚えようとしている。

 だが、魔力量がずば抜けている反面――と言うか、ずば抜けているからこそ、魔力を上手く扱うことが出来ず、いまだに魔術を発動させられずにいる。


「魔力を減らすことが出来れば、魔術の練習もはかどると思うんだけどな……」


 私は体内で魔力を巡らせる練習をしながら独りごちる。

 ノクスの持つ恩恵、吸魔の蝕があれば、リリスの魔力を一時的に減らすことは可能だ。だが、あんな珍しい恩恵を持つ者はそうはいない。

 私も恩恵を持っているが、他人の恩恵を制御する力でリリスには仕えない。


 一般的には魔術を使って魔力を減らすしかないのだが、それも魔術を扱えなければ難しい。

 魔術を扱えるようになるためには魔力を減らす必要があるのに、魔力を減らすには魔術を扱えるようにならなければいけないというジレンマ。


 ――と言うか、リリスはどうしてあんなに魔力が多いのかしら?


 私の魔力量が多いのには秘密がある。

 一般論として、魔力は枯渇させると回復速度が上がり、最大値を保っていると上限が増えると言われている。そしてそれを私は、奇しくも自分の身体で証明した。


 と言っても、研究成果ではなく偶然の産物だ。

 私はノクシリア皇国の戦況を維持するために戦場に出ることが多かった。しかも、自分で立案した無茶な作戦を実行するために、あらかじめ魔力回復ポーションを飲んで、魔力量を自分の最大値を超えて回復させてから戦場に出るという無茶を繰り返していた。


 その結果、さきほどの現象に気が付いた。高価な魔力回復ポーションを湯水のように使える立場にいたからこそ気付けた事実である。


 正直、あれをやると身体への負担が大きいので、出来ればもう二度としたくない。でも、そんな無茶をした私よりも、リリスは圧倒的に魔力量が多い。

 私より八つも年下なのに、だ。


 才能、かしら?

 あるいは、魔力量が増えるような恩恵を持っているのかもしれないわね。


 恩恵――その者が生まれ持った特殊な能力の総称だ。

 恩恵を持って生まれる人間はごく一握りだが、恩恵を持つ者の子供は、なんらかの恩恵を持って生まれる可能性が高いと言われている。


 実際、ノクスは他者の魔力を奪う吸魔の蝕を持っているし、かくいう私も支配の鎖という、他者の恩恵の制御を一時的に奪うことが出来るという恩恵を持っている。


 王族であるリリスならば、なんらかの恩恵を持っている可能性は十分にある。さすがに、他国の私が、安易に質問していい分野じゃないけど――

 と、考えていた私の視界に、不意に煌めくプラチナブロンドが広がった。ピンク掛かったそれは、リリスのゆるふわのツーサイドアップの髪だ。

 目の前で猫のように四つん這いになったリリスが私の顔を覗き込んでいた。


「ヴェリアお姉ちゃん、こんなところでなにをやっているの?」

「リリスの今後の勉強方針について考えていました」

「……ごめんなさい。私、出来の悪い生徒だよね」


 しょんぼりへにょんと、リリスがうなだれる。

 私は彼女の頭を優しく撫でた。


「貴方は真面目で、とても優秀ですよ。ただ、魔力量が高すぎて制御できていないだけです」

「……それが問題なんだよね?」

「それだけが問題なんです。私も考えますから、一緒に乗り越えていきましょう」


 私が微笑めば、リリスもまた笑みを零した。

 本当に可愛らしい。私はぽんぽんと自分の隣の芝を叩き、リリスにそこに座るように勧める。そうして二人で並ぶと、私は遠くの空を見上げながらリリスに疑問を投げかける。


「リリスは、どうして魔術に興味を持ったんですか?」

「それは……」


 空を見上げている私にリリスの表情は分からない。だが、隣から聞こえてくる声は少し沈んでいた。私は視線を空に定めたまま、「無理には聞きませんが……」と一歩引いてみた。


「えっと……いくつかあるんだけど、まずは魔導具でこの国の食糧事情を解決したいの」

「食糧事情を解決する、ですか?」

「戦争で多くの人が死んで、いまはどこも労働力が不足してるの。それに、アグナリア王国の南方にある穀倉地帯、ソリュナ地方は温暖で、一年を通して農業が行えるんだけど、水不足になることが多くて……」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね」


 もっと可愛らしい悩みだと思っていたから、いきなり深刻な国の事情を聞かされて思考が追いつかなかった。一度気持ちを落ち着けてから、リリスの言葉を思い返す。


「……分かりました。戦争の傷跡を、魔導具で癒やしたいという話ですね」

「うん。水を出す魔導具があるでしょう? 最初はあれで解決できないかなと思ったんだけど、さすがに農業の水を魔導具でまかなうのは、魔石のコストが釣り合わないな、って」

「……コスト面も考慮しての悩みなんですね」


 十歳であることを考えるととても優秀だ。だがそれだけに、彼女の悩みを解決するのは容易じゃない。どうすれば食糧問題を解決できるか考える。


 この世界には、水を生み出す魔導具がある。

 小さな魔石一つで何リットルもの水を生み出すことが出来る。魔石の魔力を水に変換するだけなので、旅人はもちろん、少し裕福な平民ならば家に魔導具を設置しているレベルだ。

 魔石の産出量を考えれば、農業用水としてまかなうだけの量もある。だけど、そういった用途で使うには、さすがにコストが見合わない。


 そしてもう一つの問題。人手不足を補う方法は……いくつか思い当たるモノがある。たとえば牛や馬に農具を引かせたり、水車などを使った粉挽きなど。

 優れた農具を産み出すことで、人手不足を補う方法がある。


 ただ、私は農具にあまり詳しくない。

 ノーフォーク農法とかを聞きかじった程度の知識はあるけれど、気候や世界の違いでどのような影響があるかは分からない。もし取り組むなら実験に相応の年月が必要だ。

 ゆえに、ノクシリア皇国でもあまり手を付けなかった分野だ。


 水車にしても、水不足の地域では効果を期待できないだろう。ゆえに、もっと画期的で、すぐに試せるような技術。あるいは、コストを大きく下げる方法が必要だ。


 そんな都合のいい方法が……実はある。

 転生と回帰の記憶を駆使して生み出した奥の手が、一つだけ。


「リリス、私はその問題を解決する方法を知っています」

「……え、本当?」


 信じられないという面持ちで、だけどもしかしてと身を乗り出してくる。そんなリリスに向かって、私は「本当ですよ。だけど、これは私に取っての切り札です」と微笑んだ。


 現代の日本人ならば、物理法則を知るがゆえに盲点になり、この世界の人間は物理法則を知らないがゆえに思いつかないであろう、答えを聞けば呆れるほど簡単な方法。


 ノクシリア皇国は魔石の値段が高く、環境があわないために使えなかった。だけど、ソリュナ地方の環境であれば採算が取れるだろう。

 でも、ノクスを救う切り札をただで差し出す訳にはいかない。


「リリス、貴女が社交界に出るならば、その方法を教えると言ったらどうします?」

「それ、は……」


 リリスの愛らしい顔が苦渋に染まる。その深い苦悩に満ちた顔は、リリスの兄を思う強い気持ちと、社交界に出たくないという強い思いが混じり合っている。


「……リリスは、どうして魔導具で食糧事情を解決したいと思ったんですか?」

「それは…………込み入った話になるよ?」

「かまいません。時間はたっぷりありますから」


 私は指で日差しを遮りながら空を見上げる。木漏れ日の向こう側に見える空は青く、太陽まだ天高くで輝いている。

 そのままちらりと視線を向ければ、リリスが眩しそうに私の横顔を見つめていた。彼女はゆるふわツーサイドアップの髪を揺らし、それから私と同じように空を見上げた。


「私は、第二王妃の子供なの」

「存じています。エドワルド殿下も同じで、アルヴェルトだけが第一王妃の子供ですよね?」

「そう。だから、第二王妃を支持してる者達は第二王子派として、エドワルドお兄様を次期国王に推しているんだ。だけど……」

「片や第一王妃の子で長男で、もう片方は第二王妃の子で次男。しかも、アルヴェルトは王太子と名乗ることを許されている。その差は簡単には覆らないでしょうね」


 アルヴェルトがよほどの失態を犯すか、エドワルド殿下が無視できないほどの功績を立てるなどしなければ覆らないはずだ。

 ……って、待って。


 ま、まさか、リリスは食糧問題を解決した功績で、エドワルド殿下を王太子にしようとしているの? もしそうだとしたら、私の目的と完全に相反するんだけど……


「リリスは、エドワルドのために、食糧事情を解決したいと思っているのですか?」

「え? うぅん、違うよ。アルヴェルトお兄様の助けになりたいの」

「……そう、なのですか?」

「うん。いま、アルヴェルトお兄様はその問題で走り回ってるんだって。だから、私がその問題を解決できたらなぁ……って思ったの」


 それを聞いた瞬間、私は安堵で大きく息を吐いた。


「リリスはアルヴェルトの味方なんですね」

「味方というか……感謝しているの。お母様が私を政略結婚の道具にしようとしたとき、アルヴェルトお兄様が止めてくれたから」

「それは……」


 リリスが政略結婚をして、その結婚相手がエドワルド殿下の後ろ盾になることを警戒したからじゃないかしら? なんてことを思ったけど、口には出さなかった。

 だけど――


「いいの。もしアルヴェルトお兄様が自分のためにしたことでも、私が救われたことには変わりがないから」


 儚げに微笑んだ。リリスは私が想っているよりも王族の闇を知っている。私はすぐに、自分がつまらない疑惑を向けたことを後悔した。


「アルヴェルトはきっと、それが自分の利益にならない行為だったとしても、リリスを助けてくれたと思いますよ」

「そうかな? そうだといいな……」


 リリスは木漏れ日に右手を突き出して、眩しそうに目を細めた。

 健気で可愛らしい。

 だけど、なにも知らない子供じゃない。社交界の闇を知った上で、明るく振る舞っている。私は、そんなリリスの味方をしてあげたいと思った。

 だから――


「リリス。私がその問題を解決したとき、貴女が社交界に出たがらない理由を教えてくれるなら、私はソリュナ地方の水不足と、人手不足の両方を解決する策を教えます」

「……そんな条件でいいの?」


 信じられないと目を見開いている、リリスの美しい薄紫の瞳が零れ落ちそうだ。


「アルヴェルトのためにするんですよね? なら問題ありません。貴方のために、リリスのお願いを聞いてあげたんだよ? といって、アルヴェルトから報酬をぶんどりますから」


 リリスはキョトンとした顔をして、それから吹き出すように笑った。


「も、もう、ヴェリアお姉ちゃんったら。そんなのありなの?」

「もちろんありですよ。与えられた選択肢にこだわる必要なんてありませんから」


 端的に言えば、アルヴェルトが私に命じたのは、派閥の基盤を安定させることだ。その手段が、リリスを社交界に引っ張り出すことであり、それ自体が目的ではない。

 目的を果たすだけの成果を上げれば協力を引き出すことは可能だ。


「分かった。じゃあ約束する。ヴェリアお姉ちゃんがこの国の食糧問題を解決してくれたら、私はこの離宮に引き籠もっている理由を教えるよ」

「交渉成立ですね」


 私が微笑めば、リリスは「うん!」と可愛らしく頷いた。


「じゃあ、いまから解決策をお教えしますね」

「え、もう? 契約書とか、書かなくていいの?」

「私はリリスを信じていますから」


 イタズラっぽく笑う。

 私が問題を解決したら、リリスは社交界に出ない理由を話す。なんて契約をしても、嘘を吐かれたらたしかめようがない。だから、私に必要なのは契約じゃなくて信頼だ。

 その信頼を得るために、私は切り札を使う。


「リリスは位置エネルギーを知っていますか?」


 通常、物を高いところに持ち上げるのに必要なエネルギーと、落とすときに生じるエネルギーは同じ。ロスがあるので実際には少し減るが、逆はない。


 だが、この世界にはその法則を崩す魔道具がある。

 小さな魔石から、何リットルもの水を生み出す――質量を数百倍に増やす魔道具が。

 

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