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可愛いは悪 回帰した悪役皇女はうつむかない  作者: 緋色の雨


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エピソード 2ー4

「ヴェリア皇女殿下……」


 声を震わせながらハインリヒは立ち上がり、絨毯の上に片膝をついてかしこまった。そうして、ソファの後ろに立つ私を眩しげに見上げる。


「再びお目に掛かれる日が来るとは思っていませんでした。このように再びお会い出来たこと、心より光栄に存じます」

「……ハインリヒ、そのようにかしこまる必要はないわ」

「ヴェリア皇女殿下。いまの私があるのは、落ち目と言われた私に手を差し伸べてくださった貴女様のおかげです。その貴女に礼を尽くさぬなど、商人の名折れですから」


 彼の緑の瞳がまっすぐに私を見上げる。


「相変わらずね。そのように恩義を感じてくれていることを嬉しく思う。だけど、いまの私はリリス王女殿下の付き人で、貴方はその商談相手なのよ」

「……かしこまりました」


 ハインリヒは名残惜しげに立ち上がり、ソファに腰掛ける。それから、どこか居心地が悪そうな顔で、ソファの後ろに控えて立つ私を見上げた。


「それで……ヴェリア皇女殿下は、なぜこの国にいらっしゃるのですか? 予定では、ノクス王太子殿下がこの国にいらっしゃるはずだったのでは?」


 ノクスの生活環境を向上させるために用意したのがヴァルター商会だ。ノクスがこの国に来たら、可能な限り支援して欲しいと頼んであっただけに、私を見た驚きも大きいのだろう。


「予定が狂ったのよ。ただ、ノクスを救うという目的を諦めた訳じゃないわ。だから、いまはそのために、アルヴェルト王太子殿下や、リリス王女殿下に協力しているところよ」

「心得ました。ですが、そういう事情であればなおのこと心配ですね」

「……心配?」


 どういうことかと首を傾げると、周辺国の活動が活発化しているという言葉が返ってきた。


「それは、まさか……」

「ええ。ノクシリアとの戦争を見据えた動きです」

「……そんな、速すぎる」


 私は動揺を隠せなかった。

 ノクシリア皇国は資源国だ。国力が低下し続けている以上、いつかは周辺国から狙われることも想定のうちだった。だけど、いまはアグナリア王国と休戦協定を結んだ直後だし、私のクーデターと違って、国内に大きな混乱も起きていない。

 ゆえに、周辺国が動き出すのはもう少し先だと思っていた。


「理由は、分かっているの?」

「原因は貴女です」

「私?」

「ええ。正確には、影纏いの魔女の姿が戦場から消えたから、と言うべきでしょうか」

「……そういうこと、か」


 私が表舞台から消えることで、周辺国が動くのは計算外だ。私が思ったよりも、ノクシリア皇国に残された時間は少ないのかもしれない。

 だけど、私がいますぐにノクスを救う方法なんて……


「ヴェリア皇女殿下、顔色が優れませんが大丈夫ですか?」

「――っ。ええ、問題は、ないわ」


 しっかりなさい! 困難なのは最初から分かっていたじゃない。

 それに、想定よりも猶予が少ないと言っても、いまはまだ不穏な動きをしているだけ。今日明日にどうにかなる話じゃない。ここで弱気になっちゃダメだ。

 冷静になって、いまの自分がするべきことを考える。


 そして、いまするべきことは、リリス王女を可愛く着飾ることだ。彼女とのよりよい関係を気付き、アルヴェルトとの交渉を有利に進める。

 それが、いまの私に出来ることだ。


「ハインリヒ、リリス王女殿下にはどのようなドレスが似合うかしら?」

「そうですね……ノクシリア皇国の洗練されたデザインを取り入れつつ、アグナリア王国が誇る最高の生地を使用するのはいかがでしょう?」


 私はその言葉を聞いて小首を傾げた。


「アグナリア王国産の生地の方が優れているの?」

「はい。ヴェリア皇女殿下が発案なさった概念があるぶん、デザインではノクシリア皇国の方が優れていると思います。しかし、生地においては……」


 アグナリア王国の方が優れているらしい。ノクシリア皇国の状態はきっと、私がうわべだけの技術でなんとかしようとした弊害ね。

 その点、アグナリア王国は地に足を付けて進歩を続けているのだろう。


「では、具体的にどのようなデザインがいいかしら?」

「リリス王女殿下のプラチナブロンドと薄紫の瞳には、柔らかな薄いピンクのシルクがあうと思います。その最高級にシルクにノクシリアの繊細な刺繍を施し、華やかさと愛らしさを引き立てるデザインはいかがですか?」

「……いいわね。そのパーティードレスを、リリス王女殿下には内緒で作ってちょうだい」

「かしこまりました」


 そうして、後は当たり障りのない会話をして時間を潰す。ほどなくして、採寸をすませたリリスが、リネットを連れて戻ってきた。


「お疲れ様でした。ドレスのデザインを見ていたのですが、リリス王女殿下はどのようなデザインがよろしいですか?」

「そうね……」


 ソファに座ったリリスがデザイン画を眺め始めた。その姿は、幼くとも王女と思わせるだけの気品があった。だが、彼女は不意に振り返り、肩越しに私を見上げた。

 それから、内緒話をするように手で口元を隠したので、私は顔を近づけた。


「あのね、ヴェリアお姉ちゃんはどれがいいと思う? 私、分からないから選んで欲しいな」


 可愛すぎて死ぬかと思った。

 淑女としての尊厳は守りつつ、けれど内心ではリリスの可愛さに悶える。私は抱きつきたい衝動に耐えながら、リリスに似合いそうなデザインをいくつか示した。


「このあたりは、リリス王女殿下の髪色にお似合いですよ。こちらは離宮で過ごすのにも向いていると思います。それにこちらは、王城に出向くようなことがあっても問題ありません」


 部屋着的なドレスと、よそいきなドレス。いくつかの候補を挙げると、リリスは「なら、これか、これか……これかな?」と、部屋着的なドレスだけを候補に挙げた。


 よそ行きを選ばなかったのは予想通り。


「では、いま候補に挙げたドレスはすべて購入しましょう。他にも気になるドレスがあれば選んでかまいませんよ」

「でも……」


 不安そうな顔。彼女が予算を心配していると気づき、私は頭を撫でたくなる衝動に駆られながら、大丈夫ですと笑う。


 私にはヴァルター商会を使って稼ぎ、弟のために積み立てた資金がある。それを、リリスのために使うことに抵抗はない。


「リリス王女殿下。お近づきの印として、これらのドレスはすべて私からのプレゼントとさせていただきます」


 茶目っ気たっぷりに笑い、続けてハインリヒに視線を向ける。


「そういう訳なので、領収書は私に回すように」


 ただしくは、ヴァルター商会に預けていた私の資金を使うようにという指示である。だが、ハインリヒは静かに首を横に振った。


「でしたら、代金はいただけません」

「……ハインリヒ。私からリリス王女殿下へのプレゼントだと言ったでしょう?」

「お言葉ですが、ヴェリア皇女殿下。これは私から貴女様への恩返しです。貴女が私への貸しを使い、リリス王女殿下へのプレゼントへとする。これになんの問題がありますか?」


 貸しがあるという認識に問題があるのだけど……と苦笑する。


「分かりました。では貴方の好意に甘えましょう。後はリリス王女殿下の部屋にふさわしい調度品が必要なのですが、そちらは――」

「そちらは、ヴァルター商会から、リリス王女殿下へのお近づきの印にお送りさせていただきます。リリス王女殿下、どうか受け取っていただけるでしょうか?」

「ええっと……」


 困惑したリリスが私に視線を向けてくる。私はなにを言っても無駄だろうという思いを込めて、「リリス王女殿下、遠慮なく受けるといいですよ」と進言しておいた。

 こうして、リリスのドレスや調度品選びはつつがなく終わった。



 ハインリヒが退席するのを見送り、私はリリスに視線を向ける。

 リリスは、ものすごくなにか言いたげな顔をしていた。


「ヴェリアお姉ちゃんって何者……?」

「私はただの人質皇女ですよ」

「……そんなはずないよね? どうして商会長とあんなに親しいの? ヴァルター商会は、王族ですら呼び出すのが困難なんだよ?」

「それは……」


 どこまで話したものかと思いを巡らす。だが、そこに扉がノックされ、姿を見せたリネットが「アルヴェルト王太子殿下がいらっしゃいました」と口にした。

 瞬間、リリスがびくりと身を震わせ、急に席を立つ。その顔から血の気が引いていくのが見えた。


「……リリス?」

「お姉ちゃん、ごめん。私、急用を思い出したから行くね」

「急用、ですか?」

「ごめん、後はお願い」


 私の質問にも答えず、リリスは部屋を飛び出して言ってしまう。その行動は、アルヴェルトを避けているようにしか見えなかった。

 私は困惑気味にその後ろ姿を見送り、リネットに「どういうこと?」と問い掛ける。だが、リネットも同じように困惑した顔をしていた。


 アルヴェルトを話題に出したときは、むしろ好意的な反応だったわよね? なのに、どうしてアルヴェルトを避けているんだろう? 


 ……分からない。

 けど、リリスが屋敷に引き篭もっている理由と無関係ではなさそうだ。彼女が逃げた理由は気になるけれど、リリスを追いかけても事情を話してはくれそうにない。それならば、アルヴェルトから話を聞いた方がよさそうだ。

 そう考えた私は、リリスのことはリネットに任せ、アルヴェルトを出迎える。

 彼女が逃げた理由。それを知る鍵はアルヴェルトが握っているような気がした。

 

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