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可愛いは悪 回帰した悪役皇女はうつむかない  作者: 緋色の雨


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エピソード 2ー3

 リリス王女の私室。

 リリスはソファにちょこんと座り、その斜め向かいの絨毯の上にメイドが平伏している。リリスの背後に控える私は、メイドを見下ろしながら大掃除を手伝えと言い放った。


「お、大掃除、ですか?」


 メイドが困惑した素振りで顔を上げる。恐らく、王女を害したことで、すぐに恐ろしい罰が与えられると思っていたのだろう。顔を上げたメイドの顔に、わずかに安堵が浮かんだ。

 だが、それは彼女の早とちりだ。


「ええ。リリス王女に仇なす使用人を掃除するの。もちろん、貴女もそのうちの一人よ」

「まっ、待ってください! 私はリリス様に仇を為すなんて恐ろしい真似はしていません!」

「あら、そうなの?」


 私が事情を聞く素振りを見せれば、説得できると思ったのかメイドが勢いづいた。


「は、はい! あれは、リリス様がおふざけになって、自分から倒れ込んだだけです! 私は決して、リリス様を突き飛ばしてなどいません!」

「ふぅん、そうなの。……それで?」

「それで? ですから、その、私は罪を犯していないと……」


 ようやく私の反応がおかしいと気付いたのだろう。その顔が不安と疑念に彩られていく。


「あの、信じて……くださいますよね?」

「と言われてもね」


 私は何気ない仕草で部屋を見回した。

 王女が寝起きするにふさわしい調度品が揃えられている。けれど、それだけだ。よく見れば棚の上には埃が積もっているし、痛んだ家具もそのままにされている。


「この部屋を見る限り、使用人が仕事をしていないのは明白よ。それなのに、自分は誠実だと主張する貴女を、どうやって信じればいいのかしら?」

「こ、この部屋の担当は私ではありません!」


 メイドは必死に訴えかけてくる。私はニヤッと釣り上がった口元を扇で隠し、メイドに冷ややかな視線を向ける。


「へぇ、そうなの? なら、仕事をさぼっている使用人は誰かしら?」

「そ、それは、メイド長です! この部屋を管理しているのはメイド長です!」

「なるほど。なら、メイド長の怠慢ということね。貴女、それを証言してくれるかしら?」

「は、はい! その程度ならいくらでも!」


 メイドはそう言って平伏する。彼女のあかぎれ一つない綺麗な指先が、絨毯を握りしめて白くなっている。息を詰めた彼女は、私の反応に全神経を注いでいた。

 私は焦らすように一呼吸開け、パチンと扇を閉じた。


「いいわ。なら、宣誓供述書を書いてもらいましょう。リネット。彼女の証言を文章に起こして、それにサインをしてもらうように。それと、メイド長を呼んでちょうだい」

「かしこまりました」


 リネットが応じ、メイドを連れて退出していく。それを見送ると、ソファに座っていたリリス王女が肩越しに振り返り、私に物言いたげな視線を向けてきた。


「ヴェリア皇女殿下、あのメイドを許すつもり?」

「いいえ?」

「え、でも……メイド長に責任を問うんだよね?」

「メイド長にも責任を問うんですよ」


 私はそう言って微笑むけれど、リリス王女は分からないと言いたげに首を傾げた。私は少し考え、自分がリリス王女の家庭教師に任じられたことを思い出した。


「リリス王女殿下、メイド長が来るまで、少し魔術についてお勉強をしましょうか」

「……魔術のお勉強?」

「はい。誤解する方が多いですが、魔術とはただの力です」


 私の言葉に、リリス王女は「えっ?」と肩越しに振り返って私を見上げた。私はリリス王女の首が痛くならないように、正面へと回り込みながら話を続ける。


「魔術はたしかに緻密な術式により発動します。ですが、それはただの現象であり、自然現象で引き起こされた他の事象となんら変わりはありません」


 私はそう言って魔術を使用した。

 そよ風が吹き、リリス王女の前髪をさらりと揺らした。私は続けて窓を開け放つ。さぁっと風が吹き込み、部屋の中に新鮮な空気を送り込んでくる。

 その風が、さきほどと同じようにリリス王女の前髪をサラサラと揺らす。


「自然の風と、私の魔術で起こした風、共にリリス王女殿下の髪を揺らしましたね。これの意味するところが分かりますか?」

「え? うぅん……魔術は自然現象と同じことが出来る?」

「そうですね。ですがそれは私の求めている答えではありません」


 リリス王女は「んーっと、んーっと」と考え込んだ。その仕草はとても可愛くて、私は十歳の子供には少し早かったかなとヒントを出す。


「一般的に、風の魔術はどのように使いますか?」

「えっと……風の魔術なら、矢を弾き飛ばしたり、敵を切り裂いたり――あ、そっか! 魔術はただの現象でしかない。だから、その力を活かすも殺すも、使い方次第ってことだ!」


 可愛らしいだけじゃなくて聡明のようだ。私が「素晴らしい結論です」と微笑みかけると、リリス王女は嬉しそうに相好を崩した。


「魔術だけではありません。腕力や知力、そして……権力も。この世界には様々な力がありますが、それは使い方次第で強くも弱くもなります。そういう意味では、貴女が突き飛ばされる振りをしたことで、その地位を最大限に利用したのは上手い手でした」


 私の言葉に、リリスが目を見張った。


「……びっくりした。卑怯なだまし討ちだって言われると思ってた」

「まさか。貴女は知恵を使い、本来の権利を取り戻しただけです」


 悪いのはだまし討ちをしたリリス王女ではなく、リリス王女を軽んじた使用人である。

 そして――


「白状してしまいますが、私もこの国の使用人を裁くような権力は持ち合わせていません。なにしろ私はただの人質ですから」

「え? あ、あぁ! そうだよね。じゃあ……」


 どうするのと言いたげな視線。


「私に裁く権利がなければ、自白させればいいんです」

「そうすれば、責任ある誰かにメイドを裁かせることが出来る?」


 私が「ご名答」と笑えば、リリス王女殿下は「わぁ」と目を見張った。

 ――と、そんな話をしていると、リネットが戻ってきた。

 彼女の背後には、騎士に拘束され、憮然とした顔のメイド長がいる。恐らく、まだこの状況からでも言い逃れする余地があると思っているのだろう。

 だから、私は単刀直入に切り出した。


「メイド長、貴女達には、職務の怠慢、それに横領などの疑惑が掛けられているわ」

「なっ、心外です! それに、貴女はこの国の人間ではないでしょう? 一体どのような権利があって、このような真似をなさるのですか!」

「あら、私をここによこしたのはアルヴェルト王太子殿下だけど、知らなかった?」


 嘘は言っていない。彼女が勝手に誤解するように不思議そうな顔をしてみせれば、メイド長は私の思惑通りにその顔を青ざめさせた。


「さて、もう一度言うわよ。貴女達には様々な嫌疑が掛かっている。だから、使用人達を纏めるべき立場である貴女の話を聞かせてくれるかしら?」


 横領の疑惑と口にしたが、それは、いま、私が、疑っているだけでなんの証拠もない。あえて言うのなら、これだけ仕事が適当なのだから、横領もやってるだろう、くらいの根拠だ。

 だが、私が権力を持つ人間だと誤解しているメイド長はびくりと身を震わせた。


「わ、私は、そ、そのような、恐ろしい真似は、し、して――」


 メイド長が口を開くが、私は「答える前によく考えなさい」と遮った。


「貴女はメイドの長、つまりは責任者よね?」

「ぶ、部下の不始末も、私の責任だと? それは横暴です!」

「なんのための責任者だと思っているの? でもまぁ……監督不行き届きだとしても、貴女にすべての責任を負わせる訳ではないとも思っているわ」

「そ、それは、どういう……」


 探るような目線。

 私はその視線を受け止め、優しく語りかける。


「分からない振りをするのは止めなさい。誰が、どのような悪事を働いたのか聞いているのよ。責任者の貴女なら把握しているでしょう?」

「せ、責任者とはいえ、すべて把握している訳ではなく……」

「大丈夫、知っている限りでいいのよ。ただ……そうね。あとから悪事が明るみに出た場合、貴女が隠蔽しようとしたと判断することになるけど……それは仕方のないことよね?」


 自分が罪を被りたくなければ、全力でほかの者を売れ――と、その意図は正しく伝わったようで、メイド長は「わ、分かりました!」と、協力的な態度を取った。


 そうして、彼女は知っている限りの使用人達の悪事や怠慢を話してくれる。

 私はそれを、さきほどのメイドと同じように、宣誓供述書に残すようにとリネットに申しつけた。そうして退出するメイド長とリネットを見送り、リリス王女に視線を向ける。


「この調子で、他のメイドにも調書を取ります。濡れ衣の可能性もあるので裏取りに少し時間が掛かるかもしれませんが……まあ、逃れられる者はいないでしょう」


 いわゆる囚人のジレンマだ。

 全員が口を閉ざせば言い逃れ出来る可能性もあったのに、誰かに裏切られるのを恐れて全員が自分以外を売り――結果、全員が言い逃れの出来ない状況に陥る。

 これで、大掃除としては十分な成果が上げられるだろう。そう言って笑うと、リリス王女がすごく困惑した顔で「……ヴェリア皇女殿下って、何者……?」と呟いた。

 私は微笑み、リリス王女に向かってカーテシーをする。


「あらためまして、私の名はヴェリア・ノクシリア。休戦協定の人質として送られてきた身ではありますが、リリス王女殿下の魔術の家庭教師を務めさせていただきます」

「え、あ、うん。よろしく……?」


 戸惑っているリリス王女も可愛らしい。


「それでは、大掃除もめどが付いたところで……」


 私はリリス王女を上から下まで眺める。

 素材はすごくいいのに、ドレスのデザインがリリス王女にあっていない。身体のサイズだけをあわせて、着る人の雰囲気をまるで考慮していない印象。

 恐らく、その通りなのだろう。


「まずはドレスを買いましょう」

「……社交界には出ないよ?」


 リリス王女が警戒する素振りを見せる。社交界に出ることに対して強い忌避感がありそうだ。でも、今回の目的はパーティードレスの購入ではないので問題ない。


「問題ありません。ただ、私がリリス王女を着飾りたいだけですから」

「……意味分かんない」


 ぽつりと呟く。

 ゆるふわだったツーサイドアップの髪が寂しげにうなだれる。私はソファに座るリリスの前に膝を突き、その愛らしい顔を覗き込んだ。


「ねぇリリス王女殿下、可愛い服を着てみたいと思いませんか? 可愛らしい調度品に囲まれて過ごしたいと思いませんか? 花の香りがする部屋で過ごしたくありませんか?」

「それは、思う、けど……」


 薄紫の瞳が揺れる。


「なにか問題があるのならおっしゃってください。私がきっと解決して見せますから」

「……ほんと?」

「ええ、本当です」


 私が微笑みかけると、リリスは視線を泳がせた後、意を決したように口を開いた。


「あのね、離宮には執事や侍女がいないの。だから……」

「……なるほど」


 侍女がいないのは、謹慎という名目で離宮に引き籠もっていた関係だろう。問題なのは、執事や侍女がいないなら、離宮の予算を誰が管理していたのか、と言うことだ。


 ……あのメイド長、横領の話で動揺したのはそういうことね。最悪は、予算が全部食い潰されているかもしれない。そっちの調査も必要そうだ。

 だけど、いまはひとまず――


「リリス王女殿下、お近づきの印にドレスをプレゼントさせてください」

「え、でも……」

「言ったでしょう。私がリリス王女殿下を可愛く着飾ってみたいと」


 だから遠慮なく受け取ってと微笑めば、リリス王女は困った顔をする。


「……嬉しいけど、ヴェリア皇女殿下はお金を持っているの? 人質として、その身一つでこの国に送られてきたんだよね?」

「心配いりませんわ。それから、私のことはヴェリア、もしくは先生とお呼びください」

「えっと……じゃあ、ヴェリアお姉ちゃんでもいい?」

「~~~っ」


 上目遣いで放たれた無邪気な一言に胸を撃ち抜かれた。

 こ、この子、可愛すぎる。


「……ダメ?」

「ダ、ダメではないです」

「ありがとう、ヴェリアお姉ちゃん。私のこともリリスって呼んでね。それに、そのかしこまった口調も必要ないよ!」

「さすがにそれは……」


 ダメだと断ろうとするが、リリスは捨てられた子犬のような目を向けてくる。私はふらつきながら胸を押さえて葛藤し、やがて一つの結論に至った。


「……分かりました。リリスと呼ばせていただきますね」


 私が救うのはノクスだ。他の子にあまり入れ込むのはよくない。そう思いつつも、リリスに対して愛着を抱きつつある。それを自覚した私は間を取った。

 リリスは少しだけ驚いた顔をしたけれど、すぐに「うん!」と可愛らしく頷いた。


 その後、なんとか理性を取り戻した私は呼び鈴を鳴らし、王都に店を構えるヴァルター商会を離宮に呼ぶようにと、やってきた使用人に申しつけた。

 使用人は直ちにといって退出していく。


「ヴェリアお姉ちゃん、ヴァルター商会って、最近王都で有名になった商会だよね? ものすごい人気で、王族ですら、簡単には呼べないって噂だよ?」

「リリスもご存じでしたか」

「メイドが噂してたからね。むしろ、どうしてヴェリアお姉ちゃんが知ってるの?」


 不思議そうに見上げてくる。


「ちょっとした伝手がありまして。それより、待っているあいだ、お茶でもどうですか?」

「だったら私、ノクシリアの魔導具について聞きたい!」


 リネット同様、リリスも他国の魔導具に興味があるらしい。そういうことならと、ノクシリア皇国で作られたドライヤーの魔導具について語ればリリスは目を輝かせた。

 薄紫の瞳をキラキラさせて熱心に私の話を聞く姿は可愛らしい。もっと笑顔にしたいと自然と思うようになり、私はいくつもノクシリア皇国の魔導具について話した。


「へぇ~。ノクシリアの魔導具は種類が多いんだね」

「アグナリアはそうじゃないんですか?」

「アグナリアはどっちかというと、性能アップに力を入れてる魔導具師が多いかな。需要も、そういう魔導具の方が高いんだよね」

「……たしかに、そういう傾向はありますね」


 魔導具は戦争に利用されることが多い。攻撃手段としてはもちろん、進軍中に使う水を生み出す魔導具なんかも、魔石の変換効率が求められるのは当然だ。そういう意味では、戦時中なのに、様々な日常使いの魔導具を産み出すノクシリア皇国の方が異端なのだろう。

 まあ、ほとんど私の影響なんだけどね。


 と、そんな話をしていると、ほどなくしてヴァルター商会の来訪が告げられる。私はリリスの許可を得て、ヴァルター商会の者達を応接間に招き入れた。


「この度のご用命、誠に光栄に存じます。リリス王女殿下のご期待を裏切らぬよう、ヴァルター商会の会長を務める私、ハインリヒが誠心誠意取り組ませていただきます」


 ローテーブルを挟んだソファに座る。ハインリヒはそう言ってリリスに頭を下げた後、斜め後ろに立つ私に視線を向けて会釈した。

 私も軽く頷いて用件を口にする。


「ヴァルター商会をお招きしたのは他でもありません。リリス王女殿下に似合うドレスと、部屋にふさわしい調度品を準備いただきたいのです」

「かしこまりました。商会の名にかけて、ふさわしい品々を用意させていただきます」


 ハインリヒがかしこまる。

 続けて女性の従業員に声を掛けると、リリスの採寸をするように命じた。


「リネット、同行してあげて」

「かしこまりました。リリス王女殿下、それにお針子の方も、どうぞこちらに」


 採寸をするために、リリス達が別室へと移動する。

 それを見送った私は改めてハインリヒへと視線を向ける。中肉中背の、三十代前半くらいの男。温厚そうな見た目をしているが、隙のない商人であることを私は知っている。

 彼に技術提供をして育て、この国に送り込んだのは他ならぬ私だから。

 周囲から人の目が消えたことを確認し、私は相好を崩した。


「ハインリヒ、久しぶりね」

 

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