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エピソード 1ー1

 煌びやかなシャンデリアから魔導の光が降り注ぐ謁見の間。私――ノクシリア皇国の皇女ヴェリアは、真っ赤な絨毯の上で片膝を突いてかしこまっていた。

 私が見上げる玉座には、皇帝陛下である父が座っている。


「ヴェリア――我が娘よ。おまえは皇帝である俺に無断で穀倉地帯のありように干渉したばかりか、騎士団を無断で動かし、秘密裏に敵国と取引をしたな?」

「事実です。ですがそれは国の未来を憂えた結果です。長く続く戦争で労働力が減り、民は貧困に喘いでいます。だから――」

「黙れ! どうせその愛くるしい容姿を使って家臣を誑かしたのであろう!」

「お聞きください。私は……」

「いくら皇帝の娘とはいえ許されることではない。よって、そなたを断罪する!」


 突然の断罪劇に、参列する貴族から動揺の声が上がる。だが、父上の告発内容は事実だ。私はたしかに皇女には過ぎた越権行為をおこなった。

 それが、私にとって必要なことだと思ったから。


 父上は武力でその地位を勝ち取った英雄だ。若かりしころは自ら兵を率い、ノクシリア皇国の領土を拡充させた。父上には乱世を生き抜くだけの武力とカリスマがあった。

 だが、母上が病死してから父上は変わり、必要以上に戦争に傾倒するようになった。そうして戦場は拡大し、ノクシリア皇国の情勢は悪化の一途をたどることになる。

 皇国はまさに混沌の時代を迎えていた。


 そして、状況は更なる変化を遂げる。

 ノクシリア皇国と長らく戦争状態にあった大国のアグナリア王国が、多くの周辺国と休戦協定を結び、ノクシリア皇国にも休戦協定を打診してきたのだ。


 ノクシリア皇国に匹敵する大国。アグナリア王国と休戦協定を結べば、長き戦いに終止符を打つことが出来る。反面、休戦協定を拒絶すれば、ノクシリア皇国だけが周辺国と争いを続けることになる。ゆえに、誰もが休戦協定に応じることになると思っていた。

 実際、ノクシリア皇国は限界だった。


 なのに、父上はアグナリア王国の申し出を突っぱねた。

 交渉もせず、使者を罵倒して突き返したのだ。


 結果、ノクシリア皇国だけが複数の国と戦争を続けることになった。戦争は日に日に激しさを増し、ノクシリア皇国は劣勢に立たされていった。


 いまはまだ増税と徴兵を重ねることで耐えているが、国力は低下の一途をたどっている。このまま戦争を続ければ国が滅びることになるだろう。そのまえに手を打たなければならないと誰もが危機感を持って忠言したが、父上はその言葉に耳を貸そうとはしなかった。

 それどころか――


 ある日、私の意見に同調した若い大臣の一人が、『この国の未来を決める政治の場で、我が娘の可愛さに絆されて判断を見誤るとは言語道断』とその地位を奪われた。

 だから、私は政治に対して口を出さないように決めた。

 それがいまから三年前――私が十五のときだ。


 自分がなにもしなくても、いつか父上が目を覚ますかもしれない。あるいは、誰かが目を覚まさせてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら日々を過ごした。

 そうして、父と距離を取って過ごす日々は平和だった。


 だけど、現実は甘くなかった。

 気が付けば、ノクシリア皇国は取り返しが付かないほどの劣勢に陥っていた。私や弟のノクスも戦場に立ったけれど劣勢は覆せなかった。

 そして――


「姉様、危ない!」


 ノクスが私を庇って死んだ。


「ノクス、嫌、どうして!?」

「姉様……どうか、僕の分まで生きてください」


 それが、私の愛する弟の最期の言葉だった。

 そしてショックを受けた私は寝込み――そして前世の記憶を思い出した。その知識を武器に、弟との約束を守るための戦いを始める。

 ――けれど、私はなにも変えられなかった。


 父は最期まで周りの言葉に耳を貸さず、反論する者を断罪し、最後まで徹底抗戦を続けた。そうして、ノクシリア皇国は最悪の形で敗北してしまう。

 結果、私や父――つまり反乱の火種となり得る皇族は処刑されてしまった。


 そうして、すべてが終わったはずだった。

 だけど次に目覚めたとき、私は十五歳に戻っていた。


 理由は分からないけど、私はやり直しの機会を得たのだ。

 だけど、このままなら国は滅び、私もまた処刑される。

 死にたくない――と、多くの人が思うだろう。もちろん、私だってそう思う。だけど私が真っ先に抱いた感情は、弟――ノクスを死なせたくないという想いだった。


 ノクスは年の離れた弟で、私のことを姉様と慕ってくれている。私にとって可愛い弟で、亡き母上からも弟のことを頼むと言われている。


 なにより――

 回帰前、私が最後まで生き残ったのは、ノクスが私を庇って死んだからだ。だから、今度は私がノクスを救う番だ。そう思って、行動を開始した。

 謁見の間に乗り込み、父上に必死に訴えかける。


「父上、このまま戦争を続けていたら国が滅びます。アグナリア王国と休戦しましょう」

「馬鹿を言うな! これまでどれだけの戦費を注ぎ込んだと思っている!」


 ギャンブルで大負けする人の理論だ。力があれば、その考え方を貫けたかもしれない。けれど、いまのノクシリア皇国はそうじゃない。


「……父上、このまま戦争を続けても勝つことは出来ません」

「そんなことはない! なにを弱気になっている!」

「父上こそ現実を見てください。経済は悪化し、大きな商会がこの国から撤退しつつあります。徴兵で家族を失った民の不満も溜まっており、暴動が起きるのも時間の問題です」

「戦争に勝てばすべて解決する!」

「それが無理だと言っているのです! アグナリア王国を滅ぼすどころか、我が国が滅ぼされそうになっているではありませんか。それがなぜ分からないのです!」

「うるさいっ! ごちゃごちゃとへりくつばかり並べ立てるな!」


 父上は声を荒らげ、それからふと理解したと言いたげに得意げな顔をした。


「……あぁ、そうか。おまえは皇帝の座が欲しいんだろ? だから俺を失脚させたくて、そのような戯れ言を口にするんだな」


 お見通しだとばかりに嘲笑う、父の顔を私は一生忘れないだろう。

 私はただ、家族や家臣、この国の民の未来を案じているだけだ。なのに、父上は私が皇帝の地位を欲して、父上を騙そうとしていると言う。


 たとえ気が立っていたのだとしても、そんな考えが思い浮かぶこと自体が信じられなかった。私は失望と深い悲しみでなにも言い返せなくなって、そのまま父上の説得を諦めた。


 でも、ノクスの救済を諦めた訳じゃない。だから私は、私と同じ考えを持ち、父上に煙たがられている家臣を探した。


 奇しくも父上が言った通りだ。私は味方にした者達とともに父の失策を糾弾し、皇帝の座から引きずり下ろし、自分が皇帝に成り代わる計画を立てたのだ。


 最初に接触したのは宰相と将軍だ。前世の知識と回帰前の記憶を駆使し、彼らが抱える問題を解決し、彼らの信頼を得ることに注力した。

 そうして彼らの信頼を得た私は秘密裏に政治に介入し国力の低下を防ぎ、部隊を動かし周辺国を牽制するに至った。

 そして3年が過ぎてようやく、私はく隣国と休戦に向けた話し合いのテーブルを設けた。

 だけどいま、それらの行動がバレて父上に断罪されている。


「ヴェリア、まさかおまえに裏切られるとは思わなかった」

「裏切る? アウグスト陛下にとって私は最初から敵だったでしょう?」


 裏切られるとは、相手を信じていた者の言葉だ。私にあんな言葉をぶつけておいて、まるで信じていたかのように振る舞うなと睨み付ける。

 だけど、心の中は凪いでいた。こうして断罪されるのは計算のうちだから。


 私は将軍や宰相を味方にしたけれど、この国にはまだ多くの日和見貴族たちがいる。彼らは、この国がいずれ破滅すると理解しながらも、決断できずに現状維持を続けている。

 奇しくも回帰前の私と同じだ。


 自分が波風を立てなくても、誰かがなんとかしてくれるはずだ。

 ――そんなふうに思っている。

 このままなら、彼らは滅亡するその日までずるずると日和見を続けるだろう。すべてを失って、もう取り返しはつかないと気付いて初めて悔やむのだ。


 だから、私か皇帝、どちらかを選ばなければいけない状況を作り出した。

 もうすぐ、ここに将軍と宰相がやってくる。そして彼らと共に父上の失策を糾弾して、私に皇帝の座を譲るようにせまる。

 そこで、日和見貴族達に私か皇帝か、どちらにつくか選ばせる。


 勝算は十分にあった。

 だけど、その場に現れたのは――ノクスだった。

 まだ十二歳。私と同じ銀髪で、女の子と見紛うほどの整った容姿の愛らしい男の子。彼は青い瞳を私に向けると、わずかに悲しげな顔をした。


「姉様、なんて愚かなことをしたんですか」

「ノクス? 貴方がどうしてここに……」

「ヴェリア姉様の計画を知ったからです」


 その言葉に、私は嫌な予感を覚えた。


「……どうするつもり?」

「皇太子として、姉様の行動を見過ごすことは出来ません」

「――っ」


 対立の意志を明確にする。そんなノクスの背後には宰相と将軍の姿があった。彼らは私ではなく、ノクスについたのだろう。

 このままでは、私の計画が瓦解する。


「ノクス、よく聞きなさい。この国はもはや取り返しのつかないところまで来ているの。だから、誰かがその責任を取らなきゃいけないのよ」


 私が回帰した三年前では遅すぎたのだ。せめて父上が耳を貸してくれれば未来は変わっていたかもしれないけれど、私の力では限界があった。


 だから、私が皇帝を目指したのは戦争に勝つためじゃない。

 敗戦国の皇帝として、最後の責任を取るためだ。


 ゆえに、私の目的は二つ。

 一つ目は、愛する弟を救うこと。

 そして二つ目は、家臣や民が少しでもマシな未来を掴めるようにすることだ。


 二つ目はそれほど難しくない。

 たとえ国が滅んでも、降伏の条件にすれば家臣や民の未来は護ることが出来る。


 だから、問題は一つ目だ。この国が滅びた場合、火種となり得る皇族は回帰前と同じように皆殺しになる可能性が高い。

 だから私は、弟を人質という形でアグナリア王国に送り、休戦協定を結ぶことにした。


 アグナリア王国と休戦協定を結んだうえで、他の周辺国――第三国に攻撃を受けたときに降伏する。そうすれば、アグナリア王国は私の弟を殺さない。

 弟の存在が、旧ノクシリア皇国領を支配する第三国に対する牽制になるからだ。


 あとは、弟がアグナリア王国で丁重な扱いを受けるように根回しをすればいい。自由気ままに生きることは出来ないかもしれないけれど、回帰前のような非業な最後は迎えさせない。

 この三年足らず、私はその目的のためだけに生きてきた。

 なのに、ノクスが私のまえに立ちはだかっている。


「お願いよ、ノクス。貴方には死んで欲しくないの」


 貴方が責任を取る必要はない。その役目は私が引き受けると声に出さずに訴える。


「……そうか、姉様はやはり……」


 ノクスの瞳の奥に、一瞬だけ優しさが滲んだ。だけど次の瞬間には険し顔で「父上――」と王座に座る皇帝を見上げる。


「姉様はクーデターを画策していました。そのことを、将軍と宰相が教えてくれました」


 私の計画をすべて台無しにする言葉。こうなったら、ここから巻き返すことなんて出来やしない。私の計画は夢半ばで破綻したのだ。


 絶望が心を覆い尽くし、いままでに積み上げたなにもかもが無意味に思えてくる。だけど、私がノクスに対して抱く感情は、怒りでも悲しみでもなく、ただ溢れんばかりの愛情だった。


 まだ終わってない。

 どうにかして、弟だけでも救えないかと考える。

 そんな私のまえで父上が声を荒らげた。


「越権行為だけならまだしも、皇帝の地位を簒奪しようとしていたとは許しがたい! 近衛兵、いますぐにヴェリアを拘束しろ!」


 父上の言葉に、近衛兵が近づいてくる。

 だが、それを遮った者がいる。

 私を糾弾したはずのノクス自身だ。


「父上、姉様の処遇はどうなさるおつもりですか?」

「決まっている。反逆者は処刑だ!」

「父上を裏切った姉様にふさわしい末路ですね。しかし、僕は別の案を進言します」

「……ほう? それはどのような案だ?」

「はい。姉様がアグナリア王国と内通していたのは、皇族を人質に送ることを条件に、休戦するためだったようです。これを利用するのはいかがでしょう?」


 その言葉に、私は思わず息を呑んだ。

 まさかという思いが脳裏をよぎり、胸が締め付けられるような切ない想いを抱いた。だが、そのあいだにも、二人の会話は続く。


「それはつまり、アグナリア王国に屈するということか?」


 父上が不満そうな顔をするが、ノクスは首を横に振った。


「いいえ、我が軍を立て直すための時間稼ぎです」

「それはつまり――」

「どうせ処刑するのです。協定破りの責を負って殺されても問題ないでしょう?」


 協定を破ることを前提に、つまり私が殺されることを前提に時間稼ぎの道具とする。それを聞いた父上は目を見張って、それから笑い声を上げた。


「ははは! まさか、ノクスがそのような策を思いつくとはな。いいだろう。その案を採用し、ヴェリアは人質としてアグナリア王国へ差し出すものとする!」


 そう告げる父上の瞳には、愛情の欠片すらなかった。

 そこにあるのはただ、自分の地位を守るための冷酷な光だけだ。私を娘としてではなく、反逆者として見ているその眼差しが、私の中にわずかに残っていた親子の情を掻き消した。


 冷えた心で父上の言葉を受け止めていると、ノクスが父上に向かって「僕の提案を受け入れてくださってありがとうございます」と感謝の言葉を口にする。


「よい。見た目が美しいだけのヴェリアと違い、我が息子は立派に育っているようだな。アグナリア王国との交渉もそなたに任せるとしよう」

「しかと拝命いたしました」


 ノクスはそこで臣下の礼を取り、それから「人質として送るまで、姉様は幽閉させていただきます」と告げた。


「そうだな。念のために魔力を奪って牢に入れておけ」

「かしこまりました」


 父上の指示を受け、ノクスがうずくまる私のまえで片膝をついた。そうして、私の手を取ると、魔導の光が揺らめいてノクスと私の姿に影が落ちた。

 直後、彼の持つ恩恵――吸魔の触が、静かに私の魔力を奪い始める。

 私は視線を上げ、ノクスをじろりと睨み付ける。


「どうして、こんなことをしたの?」

「姉様が皇帝の座を奪おうとしたからです」

「……そう。なら、私をアグナリア王国に逃がそうとしているのは?」

「逃がす? 捨て駒にすると言ったはずですよ」


 たしかに、休戦協定を破れば人質の私は殺される。

 だけど、いまのノクシリア皇国に軍を立て直す余裕はない。アグナリア王国との休戦協定を破るまえに、周辺国に食い荒らされるだろう。

 ノクスなら、それをちゃんと理解しているはずだ。


 つまり、ノクスの言う休戦協定を結ぶ理由はただの口実だ。本当は私の計画を逆手に取り、私を安全なアグナリア王国に逃がすつもりなのだ。

 ――回帰前と同じように、自分の命と引き換えにして。


 喜びと悲しみが入り混じった感情が吹き荒れる。心が引き裂かれる思いを抱きながら、その愛に満ちた献身に胸が一杯になり、涙が溢れそうになる。

 私は歯を食いしばってそれを堪えた。


「……ノクス、貴方は馬鹿よ。私は貴方が幸せならそれでよかったのに……」

「僕はそんなこと望んでない。それとも、姉様は僕が、姉様を犠牲にして幸せになれるような人間だと思っているのですか?」

「それは……」


 そうじゃないことを私が一番よく知っている。だから、ノクスにこの計画を教えるつもりはなかった。なのに、ノクスは自力で気付いてしまった。

 ……ホント、優秀なんだから。


 複雑な感情を抱きながら父上を盗み見る。いまはノクスが『吸魔の触』という能力で私の魔力を吸収中だ。貴族達がざわめいているし、少しなら内緒話をしても疑われないだろう。


「ノクス、いまからでも私にこの国を委ねなさい。このままなら、貴方は敗戦国の皇族として処刑されることになるのよ……?」

「だからこそ、その役目を姉さんに譲る訳にはいきません」


 私を握る彼の手が震えている。分かってない訳じゃない。恐怖がない訳でもない。すべてを理解しているからこそ、私のために勇気を振り絞っている。


「……どうして、そこまで……」

「そんなの、決まってる。いままでずっと、姉さんが僕を護ってくれていたからだ」

「……だったら、最後まで護られなさいよ……っ」


 私の訴えに、だけどノクスは静かに首を横に振る。


「ヴェリア姉様、僕はずっと姉様に護られてきた。優しい姉様の背中を見て育った。姉様には心から感謝しています。でも僕の幸せは、姉様の献身があったからだ。それを知ってしまった以上、姉様にばかり辛い思いはさせられない。今度は――僕が姉様を護る番だ」

「……違う。今度は、私があなたを守る番なのよ……っ」


 擦れる声で訴えるけれど、ノクスは答えなかった。

 代わりに儚げに笑い、『姉様は僕のぶんまで生きてください』と、あの日のように呟いた。そうして私の魔力をすべて奪い取った彼は静かに立ち上がる。


「――ノクス、待って!」


 思わず手を伸ばすけれど、私を見下ろす彼の瞳から、さきほどまであった優しさが抜け落ちていた。彼は突き放すように私に冷ややかな視線を向ける。

 それは、私を守るための覚悟の表れだろう。


 彼の意志を覆すことは不可能だと思い知らされる。

 わずかな可能性に賭けて、宰相や将軍に視線を向けるけれど、彼らはまるで主に仕えるかのように、ノクスの背後に控えていた。

 彼らは、ノクスを主と定めているのだ。


 私が余計なことを言えば、弟の覚悟を台無しにしてしまうかもしれない。その恐怖に全身から力が抜け、床に手を突いた。そのままうつむき、泣いてしまいそうだ。


 ――また、私だけが生きながらえるの?


 視界にはノクスの足が映った。誰よりも幼かった彼が、いまは自分の足で立っている。胸の奥に広がるのは、ただどうしようもない無力感。

 このまま泣き崩れたい。そうすれば少しだけ楽になれる気がした。

 だけど――そうしてしまったら、私はきっと二度と立ち上がれない。


 床の上についた手をギュッと握りしめ、歯を食いしばってまえを向いた。

 私はうつむかない。弟に護られるだけの人生なんて一度で十分だ。

 だから――


「このままじゃ、終わらないわ……っ」

「……姉上?」


 人質として敵国に送られる私にどこまで出来るか分からない。それでも大切な弟を犠牲に、自分だけ安全な場所でのうのうと生きるなんて出来ない。

 だから私は内心を隠し、顔を上げて悪女のようにノクスを睨み付けた。


「私は諦めない! 必ずここに帰ってくる。だから、首を洗って待ってなさい!」


 いつか、貴方を救うために――と、声には出さずに愛する弟の姿を目に焼き付けた。ノクスは一瞬だけ驚いた顔をしたけれど、きゅっと唇を噛んで私に背を向ける。

 こうして私は、私だけが、安全なアグナリア王国へと送られることになった。

 

 

 お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
> だけど次に目覚めたとき、私は十五歳に戻っていた 戻る前は何歳だったのか、どれぐらいの年月が戻ったのか気になる
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