ギャンカス悪役令嬢:貴族たちのざまぁバトル
質のいい赤い絨毯を、より色鮮やかな深紅の衣服を着込んだ一人の女が足を踏みしめ進んでいく。
「うわ、あの人見た! き、奇麗、足なっが、胸でっか!!」
ゆっくりと進んでいる女を一人の女子生徒が感嘆の声と共に見つめていた。
ここはヤンブル王国の王立バクチ―学園。
多くの貴族子女が通う名門校であり、感嘆の声をあげた彼女もまた子爵令嬢だったりする。高貴な血筋を持つ彼女であるが、それでも今通り過ぎた女性には勝てないと敗北感を感じてしまう。
「知っているんでしょ、あの奇麗な女の人は誰!」
恋する乙女のように、エリスは横にいる自分とおそろいの栗毛をもつ従妹に問いかけた。
「アイリーン生徒会長ね」
二年生のレイナは学校の事情にも当然精通している。だから、彼女がだれかスラスラと答えた。
「それって、伯爵家のご令嬢で第一王子様の婚約者だっていう。道理で品があるわけだ。もうさ、隣を歩いているだけでもわかるもん。私とは違う世界で生きている人だって。
女の私から見ても美人だし、王子様のあの人にぞっこんじゃないの」
(これちょっとまずいかも)
危ない目つきで生徒会長を見る従妹にレイナは危機感を抱いた。
(このままだと私の計画が台無しよ)
この学校のシステムは単純。賭け事をしてより多くのポイントを獲得した人間が上の地位を手に入れる。
ポイントを奪い合い、友同士ですら騙しあう環境の中にあって、レイナは実直で嘘が言えないけれど優れた直観力を持った従妹を自分の作る派閥の副官に置こうと計画していた。
生徒会長とはいえ、ぽっと出に奪われるのは面白くない。
「ねえ、ねえ、レイナ。あんたたしか風紀委員よね。どうにかして生徒会長に話し通せない」
「いくら何でもいきなりは無理だよ」
「まあ、でしょうね。なんといっても次期王妃。あたしみたいな単なる子爵令嬢もレイナみたいな男爵令嬢も身分が違いすぎて到底お近づきになれないよね」
「一緒にしないでよね。こう見えて私は優秀なんだから。学園でのポイントは二十位。二年生限定では七位よ。
順風満帆な秀才だから、話したことくらいはあるわよ」
「レイナ様、一生のお願いがあるんだけど」
「一生のお願いって、これで何度目よ」
「さぁ⁉」
レイナは困った風を装いつつ、内心では小躍りしそうだった。
心移りを牽制できたのだ。
レイナの実家は男爵家。エリスは子爵家。レイナの家よりもエリスの家のほうが大きく、使える金銭も段違い。
彼女が自分の下に来なければ色々と困るというのが本音だった。
「でもさ、急に押しかけて、迷惑にならない。あたしらの家なんて伯爵家と比べたら、ドラゴンとアリよ。万が一機嫌を損ねたら……」
「大げさね。さすがに犬くらいの大きさはあるでしょ」
「それはそれで、なんか屈辱的じゃない」
確かに、言葉のチョイスが最悪だったとレイナは顔をそらした。
「あたしも高望みはしないわ。伯爵令嬢に相手にされないってのは分かっている。せめて、一緒にお茶会したいの。だって、未来の王妃様とお茶会やったてだけで一生自慢できるじゃない」
ここまでの浮ついた雰囲気ではなく、まじめな調子でエリスはアイリーンが通った廊下を見た。
彼女の家柄は子爵。低くはないものの高いわけでもない中途半端な家柄だ。
社交界の中でも噂の的になっている貴族のなかの貴族。そんなバラの大輪のような美しさを持つ女性と少しでいいからお近づきになりたい。若さゆえの無鉄砲さといえばそれまでだが、身の程をわきまえ顔だけでも覚えてもらおうとするしたたかさがあった。
「お願い」
掌をすり合わせエリスは従妹にお願いした。
「風紀委員に入ってくれるならいいわよ。でも、お茶会が成立しても私も同席するからね。あんた色々暴走しがちなんだから」
「ええ、お願いね」
エリスはあっさりとレイナのお願いを承諾した。
(よし、上手く行った)
狙い通り風紀委員参加が決定したから、レイナは内心でガッツポーズをとった。
男爵でしかなく、貴族としての歴史も浅いガリデブ家のレイナは家族のためにも実績が欲しかった。
だからこそ、絶対に自分を裏切らないエリスがふらふらするのは避けたいのだ。
「でもさ、アイリーン様に話を通すのは大変じゃないの」
「今は大丈夫よ。落ち目なの、アイリーンさん。入学当初だったら、私でも話しかけることすら難しかったけど、今なら楽勝」
「あれ……、もしかして私って騙された」
「それでも面倒なことに変わりないのよ」
「まぁ……いいけど。それで、落ち目ってことは何かやらかしたのよね?」
「やらかしたというよりは、やらかされたというほうが近いかもね」
内部事情を知らないエリスは一体どういうことだと疑問符を浮かべた。
「やらかされ……た、王子様と何かあったてこと」
「そうそう、王子様が平民の女に惚れたのよ。で、婚約者が邪魔になったからどうにかして蹴落とそうとしているわけ」
「うわぁ! それはまた可哀そうというか、なんというか……。
でも、アイリーンさんてこの学園の女子高の生徒会長よね。ってことは、ものすごいやり手。そんな優秀で地位も名誉もある人が落ち目になるなんて。ほんと恋愛がらみは何が起きるか分からない落とし穴てわけだ」
いつの時代も女の子は恋愛と甘いものが好きと相場が決まっている。その例にエリスも当てはまるらしく一言一句聞き逃すまいと耳をすませた。
「それで、王子様が惚れた女の子っていったいどんな子なの、もしかして……、いや、あてて見せましょうか、その子は貧乳ね!」
「いやなんでそうなった!」
頓珍漢な答え。それを口に出したエリスの視線が自分の胸元に注がれたのを見て、レイナは隠すように自分の胸元を抱きしめた。
「そもそもの話、こんな胸の脂肪で女の価値が決まるなんて思わないでよ」
「大きければ肩がこるしね、実際不便なことが多いし」
とっさに自分が地雷を踏んだと理解しフォローをいれるエリスだが、直ぐに火に油を注いでしまったと後悔した。
だから、急いで話を本題に戻すこととする。
「本題に戻るけど。アイリーン様の牛乳に比べたら小さいんじゃないの」
「牛乳って……。まぁ、事実だけど」
「実際、遠目で見る限り私のより一回りは大きいしね。まぁ、誰かさんと違ってまだまだ成長期だし、来年には同じくらいになると思うけど……」
我慢の限界に達したレイナはエリスの二つの丘に掴みかかる。
そしてノックダウンした。
「いや、あのさ、鷲づかみにされた私がダウンするならわかるけど、どうしてつかんだレイナがショックうけてるのよ」
「おんなじ遺伝子のはずなのに、ここまでの格差が生まれた現実に絶望したのよ。この差って何、食べ物……」
「と・に・か・く! 男なんてもの、いくら性格が悪かろうが相手の見た目が良けりゃ妥協するものよね。
それに、婚約者がそばにいる身で、他の女にそこまで入れ込むのを考えると、見た目が好みじゃなかったて推理したわけ」
「だから、貧乳好きと」
「ええ!」
(どうしよう、否定したくてもできない)
エリスの話は確かに突飛なことが多かれど、確かにと同意する部分も数多くあった。
(あの平民女も胸はないわよね。いや、私のと比べれば大きいけど)
と、レイナは話題の人物の容姿を思い出してしまう。
「いや、さすがにそれはないでしょう」
「だよね、私も流石にそれはないって思ったもん」
なら、さっきの自信満々だったのは何だったんだ。その疑問をぶつけないだけの分別がレイナにはあった。
「それでさっきの話の続きなんだけど、噂の平民はどんなこなわけ」
「メアリーさんね。そうね、アイリーンさんが肉食系だとしちゃらメアリーさんは草食系ね」
「なるほど、性格で選んだわけね」
「そっちのほうが可能性としてあるかも。王子も伯爵令嬢も、きつい性格だからね。折り合いがつけられないのでしょう……ね」
過去のことを思い出しレイナはどっと疲れてしまった。
「モーリス殿下がアイリーンさんの足を引っ張るためにいろいろやって来るから、そのしわ寄せがこっちまで来るのよ。
問答無用での書類の却下は当たり前。目を合わせないし、雑用を押し付けるし、昼休みに会議するから来いっていっておいて、女子校側には聞かせられないって言い訳してずっと廊下で待たせてたの見たときは私も怒りを覚えたわ。
風紀員でもおんなじ調子で資料を中身も見ずにポイ捨て。委員長も、副委員長も王子にしっぽを振るもんだから、私らがどんなに苦労したことか……」
いやなことを思い出したと、レイナは頭痛に耐えるように額に手を置いた。
「ちょっと待って、王子様ってまだアイリーンさんの婚約者よね」
「ええ」
「それってさぁ、王子様が下種過ぎじゃないの」
「……」
生徒の代表であり、この国の王子。非難するのはいろいろと危ないと、両者、口をつぐむ。
皮肉なことに、沈黙が同じ思いを抱えていることを証明していた。
「この話はやめときましょう。ヒートアップしたけど、危ないし」
「そうね……」
二人は静かにうなずきあった。
「一つ言えることがあるとすれば、近々婚約破棄があるかもね」
「それって……、荒れそうよね。というか、可能なの。愛人ならまだしも、ただの平民を王妃にするって……」
「だから、王子と伯爵令嬢が対立してるのよ。殿下は平民に主席を取らせたいのでしょね」
「確かに、学園主席なら箔がつくし、エリザベス王妃も学園の首席だし、下級貴族出身者が王妃になれたのを思えば、平民でもぎりいけるんじゃないの」
実際に、今の王妃がそのルートで国母となったのだ。国防にも関わる事態だからこそ、行けるかもしれないと両者は考えた。
事態を確認するように、エリスは神聖決闘の誓約書を取り出した。
「でもさ、王妃様は領土獲得の手柄があったわけだし、ただ主席になっただけじゃ難しいんじゃないの。最近は領土をかけた試合なんて起きてないし」
「そりゃあねぇ、神の加護で絶対に破ることができない制約と言っても、やっていることが勝てるのかどうかわからないギャンブル。そんなもんで領土を奪えるかどうかなんて一か八かの運任せだし」
その一見何の変哲もない誓約書は神が人間に与えた奇跡だった。
この効果は単純。この誓約書で誓った内容は決して破れない。
加護により誓約以外での闘争が禁じられたこの世界で唯一許された争いこそがこの神前での決闘である。
こんな世界だ。決闘、すなわちギャンブルの強さは非常に重要となる。
競い合いによって領土のやり取りすら行うのだ。
ゆえに、ギャンブルの強さを測るこのバクチ―学園の主席は国防の要とされる。
それこそ、神の血を引くとされる王に嫁ぐことも可能なほどに。
「ほら見なさい、あれが落ち目である証拠よ証拠。伯爵家のお嬢様があんな力作業をやっているのよ。さすがに、王族には逆らえないようね」
噂をすれば影という事だろうか。
話題の人物が戻ってきた。
その手には台車に乗せられた樫の木で作られた頑丈そうな扉がある。
「日常大工もそつなくこなすとは、あの伯爵令嬢見た目によらず器用なのよね。このまえも、鍵が壊れた生徒会室の扉を一人で取り換えてたし。というか、生徒会室の扉壊れすぎよね。建付けに問題があるのかもね」
「というか、あの扉重そう。持つのあたしには絶対無理だわ。腰をぬかす自信があるもん」
「何老人みたいなこと言っているのよ」
「というか、王子様のなりふり構わないわね。伯爵家のお嬢様にあんな力仕事をさせるなんて。あんなの適当な使用人に任せればいいのにね」
「確かに、いくら嫌いでも、あそこまでやらないわよ、普通」
苦労する姿を見て、実の婚約者にここまで冷遇される姿に、嘲笑するよりも先に、二人は憐みを感じてしまった。
先ほどまで、失礼な噂話に興じていたことを申し訳なく思うほどだ。
「この姿を見る限り、王子様の愛を失ったのは本当みたいね」
何気ない言葉が失言だったと気がついた時にはもう遅い。
アイリーンは笑顔で二人の元に足を進めていた。
「ねえ、こっちに近づいてない」
「しかもめっちゃ笑顔よ」
「あたしにはわかる。あれ、絶対怒ってるもん。あのさ、お腹痛くなったんだけど」
「アハハハハ、現実問題、顔知られてる私は逃げられないの、失言したのそっちだから責任は取ってもらうわよ」
「いやぁ、放せ、放してぇ!」
こんなことなら、話すのをやめようと決めたときにお口をチャックしておけばよかったと二人は過去を後悔した。
アイリーンの足が止まると同時に、二人は姿勢を正す。
「ずいぶんと面白そうな会話をしているのね、レイナさん。わたくしも混ぜくくださらない」
もう二人は逃げだせそうになかった。
(あなた、絶対楽しそうだなんて思ってないよね)
普段なら有名人に顔を覚えられているというのは嬉しいが、この状況ではプレッシャーでしかない。
じりじりと恐怖に押し出されるように後ろに下がるも、直ぐに背中が壁につき、横にも逃がさないとばかりにアイリーンの手が壁に叩きつけられた。
俗にいう壁ドンというやつである。
(うわ、いい匂い)
一方で、憧れの存在をまじかに感じられるとあって、エリスは心臓を高鳴らせた。
もちろんそれは自分が標的にならなかったという気楽さからくるものであるが。
「な、なんの話でしょうか」
「そうそう、あたしたちの話に何か気に障ることありました」
とはいえ、ここで認めればどうなるか分かったものではない。二人は全力でしらばっくれることに決めた。
「ふっふっふ、私が落ち目だとか、平民女に婚約者を取られたとかの話よ」
((あ! ばれてる!!))
血がつながっているからか、二人は全く同じことを思った。
「そのすいません」
隠し通すのは無理だと、レイナは素直に謝罪した。
「いいのよいいのよ、実際平民女に男を取られて、落ち目であるのは事実なんですから。そんな落ち目のわたくしが未来の風紀委員長に意見など口にできるものですか」
(気にしていないっていってるけど、絶対嘘だよね)
と、レイナは思った。
「ほんとすいません。従妹の前だからかっこつけてしまいました、許してください」
「許すも何も、わたくしは怒ってなどいませんわ」
(嘘だ、絶対怒っている)
目を見ればわかるこそ、エリスは恐怖で震えた。
「もし、本当に謝罪したいというのであれば、わたくしたちなりの誠意を見せるというのも、悪い話ではありませんわね」
そういって、アイリーンは誓約書をひらひらと振って見せた。
「一つわたくしが謝罪を受け入れるのかどうか勝負というのは」
「勝負の内容しだいでいいですよ。さすがに無茶な賭けはしませんが」
(パワハラ反対!)
断ろうにも断れない現状にレイナは内心で叫んだ。
「それで条件は」
「簡単です、わたくしの派閥に入ってくだされば結構です。これから卒業するまで、わたくしの下で働いてくださらない」
「あたしもついて行ってもいいでしょうか」
「えっと、この子は」
「私の従妹よ」
「まあ、いいわ」
バカ! エリスのバカ! と流れを作り断る選択を消した従妹をレイナは内心で罵倒した。
(でも、落ち目とはいっても現生徒会長の派閥に入るのはそこまで悪い話じゃないわよね。さすがの王子も直接的な排除なんてとれっこないし)
色々考えたはてに、そこまで悪い話ではないと考え直す。
実際、一度か二度はそのルートを検討したのは事実だったからだ。
(でも、厄介ごとはごめんこうむりたいかも)
と、コネとポイント面では安泰だが、気苦労が耐えることがないというのも予想していた。
この一年、学校で王子とこの女との対立に振り回されたのだ。これまでは観客だったのが、役者として舞台に立つことがどれほど神経をすり減らされるか分かったものではない。
そういった、慎重さが彼女にはあった。
「勝負条件は単純。あなたが口にしたわたくしが落ち目であるという噂、それをこの学園から消し飛ばして見せます。もしそれができないのであれば、わたくしが保有する全てのポイントをあなたに譲渡しますわ」
「はっ⁉ その、本気?」
「ええ、もちろんですわ」
提案を聞いてレイナの脳はショートしてしまった。
気がつけば誓約書に手が伸び、サインをしていたのである。
「その、あんな契約をして大丈夫なんでしょうね」
「分かんないよ」
我に返った時、レイナは早まったかもしれないと思いつつも、後悔はしていなかった。
「でもさ、あれだけ自信満々なんだよ、何かあるって考えるほうが自然じゃないの?」
「その気持ちもわかるよ、でもさ……噂だよ噂。たった一日で噂をどうこうする手段があると思う」
「それは……」
自分ならとエリスは考えるも、有効な手立てが一つも思いつかなかった。
「ね! こんな楽な賭け事で未来の生徒会長の地位が確定するのよ。自分が絶対できないことは相手も絶対にできない。相手が何を企んでいようとも、この状況で賭ける以外の選択肢、私にはありません」
「負けたらどうするの」
「その時は素直に従うわよ。向こうが私よりも数段上手ってことで」
「でもさ、『それではごきげんよう、未来の生徒会長さん』といって、レイナの肩を叩いた生徒会長、マジで怖かったもん。かっこよくもあったけど」
「不安を感じるのは分かるけど、私たちギャンブラーは絶対勝てると直感した勝負で降りません。その直感、確信すら信じられなくなったら、いよいよギャンブルなんてできなくなるからよ」
そう断言されれば、もはや自分にいうべきことはないとエリスは納得した。
「それにしても、話してみてわかったけど、すごい人よね。それで、どんなお菓子が好きか知っている」
「あなた、あれを経験した後でもお茶会しようって思ってるの」
レイナは従妹のタフさに驚愕してしまった。
「少し話しただけだから、まだまだ余裕余裕! でも、あんなにきつい性格だから、王子様からは嫌われたわけだ」
エリスにはあんな奇麗な人が王子様から嫌われた理由がわからなかったが、実際に話してみてわかった気がした。
「悪い人でもないし、非常に優秀な人ではあるんだけどね。男受けはしない性格よね。まぁ、権力者というか、トップに立つ人間としては申し分ないけど」
「わかるわかる! 少なくとも男を立てるタイプではないし、あそこまできつい性格だと、そりゃ男も逃げるわ。でもまぁ、かっこいいと思うけど」
「え! もしかしてあんたそっち系」
「違う違う、ただかっこいいって思っただけ」
「ええ、本当にござるかぁ」
「あれ、これなんだろう。鉄の棒」
そんな風にわちゃわちゃ話し込んでいると、エリスが地面に何かが落ちているのに気がついた。
大きな存在感があったからこそ、彼女が去った後にも目を光らせていたからこそ、見つけたのである。
「何かしら、鉄の棒? ドアを修理していたし、備品か何かでしょう」
「返しに行ったほうがいいかな」
「必要ないわよ。単なるゴミだし」
それもそうかと、エリスは鉄の棒に興味をなくした。
というより、再びこの場所に舞い戻ってきたアイリーンに興味をひかれ、それどころではない。
「すいません。ここに何か落ちていませんでした。くだらないものですが学校の備品でして」
そういわれると、ぐずる理由もなくエリスは鉄の棒を返した。
「それにしてもあの鉄の棒、何だったのでしょう。たぶんだけど、鍵の外側の飾りだと思うけど」
「? 何のこと」
「あの鍵ちょっと特殊だったもん。鍵穴を囲むように小さな円があって」
「遠目でそこまでわかるとは。でも、だから何って話じゃない。どこまで行ってもあれは単なるゴミよ、ゴミ。気にすることないわ」
まぁ、そうかとエリスは納得し、それからはくだらない雑談や人気のファッションで盛り上がっていたせいで、金属片のことなどすぐに忘れてしまった。
☆
「アイリーン、貴様との婚約を破棄する」
バクチ―学園の入学式。多くの新入生と国賓が集うこの場所でわたくしの婚約者モーリスの声が響く。
事前に知っていたとはいっても本当にこんなことをするのかと、わたくしは呆れから目を丸くした。
「すまない、これは一体どういうことかな」
事情を知らない学園長が大慌てで止めに入る。その慌てようは本物だ。
まったく、そういった細かい調整くらいしときなさいよ。いきなりこれなんて、理事長もかわいそうね。
「わたくしからもお聞きしたいですわ。これがいったいどういった事態なのか」
本当に仕掛けをしておいてよかった。それがないとわたくしも理事長と同じく慌てふためいていたでしょうね。
知らないふり知らないふり。
自分に言い聞かせるも、本当につらかった。わたくしは今人生最大の苦痛を味わってしまう。
本当に、笑いを我慢するのが大変で……。
笑うなわたくし、表情を崩すなわたくし、頑張れ頑張れ!!
ここにはたくさんの国賓がいるのよ。奇妙な行動してしまえばこれから一生噂になるから耐えろ、耐えるのよ!!
「皆さん、聞いてください。この女はその側近をそそのかし、私の愛しきメアリーの私物を盗み出し、暴行を加え、さらには階段から付き落とすなどといった殺害未遂まで行ったのです! このような心が醜い人物がこの国の国母になるなどありえない」
と、声を張り上げる。
「そういう訳です」
「メアリーをいじめた罪、ここで認めるんだな」
いつの間にか、眼鏡をかけた優男と、筋骨隆々のたくましい男性がわたくしの背後に立っていた。
副生徒会長のセバスチャンと風紀委員長のモランだ。
二人は私の肩を強く握りしめた。
セバスチャンは貧弱だからいいけど、モランは無駄に握力が強いから、ちょっと痛い。
何があろうとも逃がさないという覚悟が見えるけど、別にわたくしが逃げる理由がないのだからムダなのに……。
「確かに、わたくしのお友達がメアリー嬢に手をあげたというのは把握しておりました。ですが、あの二人は自身の行いを恥、この学校から自主退学しましたわ。それについては理事長もご存じのはず」
ね、理事長とわたくしは問いかけた。
「確かに、君が話題に出しているであろうワーナー嬢、カール嬢、この二人は自身が行ったことを告解し、自ら退学処分を申し出ました。その時事情をあらかた聞きましたが、アイリーン様との関連性は見つかりませんでしたよ」
「おい、どうなってやがる、説得は終わったって……」
モランの言葉をセバスチャンが眼力だけで封じた。この状況、わたくしに渡す意情報は少なければ少ないほどいいものね。
「失礼ですが学園長。私たちはその生徒からここにいるアイリーンにそそのかされて、メアリーを虐めるように指示されたという証言を得ています」
「その証拠は? 残念ですが証言のみではね……」
「メアリーの私物がこの女の部屋から見つかっています」
「それについては確認しています、どうにも二人はそれが盗品とは伝えていなかったらしい。神に誓いあの二人は真実を口にしましたよ」
証拠を出せ、これが証拠だというやり取りがそれからも数回続いた。
くだらない。私が手を出すとしたら、力業で十分なのよね。
だって、家の財力ではこっちが圧倒的に上なのだから。
「なぁ、アイリーン。お前まさか自分の取り巻きを、仲間を切り捨てたのかよ」
まったくお優しいことで。自分でこうなるよう仕向けたくせに、足手まといに罰を与えただけで怒り出すなんてね。
「切り捨てる、それはいったいどういうことですか。わたくしがやったことはお友達に罪を認め悔い改めるように促しただけ。罪を犯したのならば自分で自分を裁く、それこそがけじめということですわ。この学園を去ることを決めたのは彼女たち自身が選んだ選択です」
「それでもだ、あいつらはお前のことを信じていたんだぞ。どうしてお前はそんなに簡単に自分に尽くしてくれた誰かを切り捨てられるんだ」
いらいらする。自分のことを棚に上げて何やってんだこいつとわたくしは思った。
でも、ここでモーリスの動きが止まる。
こちらのことを心底から忌々しいと睨んでいたのに、その視線は床に吸い込まれていた。
この一件から逃れるためにわたくしが布石を打っていたことに気がついてしまったらしい。遅かったけど。
「そいつはおかしいな、俺たちが取り調べをした時はお前に命令されてやったと泣きながら白状したぞ」
「部下の悪行はその上司の責任でもあります。たとえ本当にあの二人の犯行にあなたが無関係でも止められなかったという罪があります」
ここでおとなしく頭を下げていたとしたら、単なる勘違いということにしてあげてもよかったのに……。
あるいはそう、向こうも風向きが怪しくなっているのに気がついているのに、止まれなくなっているという可能性もありますね。
何せこれだけの人数の前で断罪劇をやったけど、断罪した相手が無実でしたとなれば、こいつらもただではすみませんし。
一歩も引かないモーリスたちを見てわたくしも手札を切ることに決めた。
「ええ、確かにあの二人はわたくしのお友達でした。その友達の凶行を知っていながら止められなかったのは、事情を知りながらも手をこまねいていたわたくしたち生徒会役員と風紀委員全ての責任といえます。わたくしには例えそれがどれほどの処罰でも受ける準備がありますわ」
これまでこの断罪劇を他人事のように見ていた女子校側の副生徒会長がガタリと椅子を揺らし、わたくしの腕をつかんでいるモランは勝ち誇ったようにわたくしをあざけり、セバスチャンはいったい何のつもりだといぶかしんだ。
セバスチャンはちらちらと自分の主人のほうを見たが、主人は黙りこくってしまい、何も言わないのでついに自分で言葉をあげることとした。
「このような行為をただの学生ではなくこの学校の代表が行ったなど到底許せるものではない。故に、私はこいつに退学処分を言い渡す」
腕をつかんでいるモランにメアリーに謝罪をしろと促されたので、わたくしは彼女のほうを向き……。
「メアリーさん、あなたに振るわれたいわれなき差別をわたくしたち生徒会全員と風紀委員はそれを知っていながら放置してきました。その事実をここで謝罪しますわ」
「「「「はぁ!?」」」」
爆弾を投下した。
モーリスのとり巻きだけではない。この場にいた生徒全員が大なり小なり驚きを顔に出した。
これだけ驚いているということは。わたくしの仕掛けがうまくはまったということ。でも、まだ油断はできませんわ。
本当のギャンブルはこれからなのですから。
「ふっ、ざけんなぁ‼ メアリーは、メアリーは泣いてたんだぞ‼ お前にいじめられて何度も何度も、それなのに、自分がやったことの責任を俺たちに回すんじゃねぇぞ‼」
怒りからか指先が白くなるほどに腕を強く握りしめられた。大丈夫だと思うけど、これあとで痣にならないわよね。
「自分の部下が行った罪を私たち全員の罪にするとは。その面の皮の厚さ、ぜひ見習いたいものだ」
こっちは皮肉を口にするだけ、まだ理性的ね。もっともその手の震えから怒り狂っているのかわかるけど……。
わたくしの内心は恐怖に震えるなんてことはなく、『ああ、挑発に乗って来た』とほくほくしていた。
「あなた方とて知っているでしょう。わたくしが学園にはびこる平民への差別問題を解消するために何度も何度も改善案を提出したことを。その改善案に対して時期尚早と却下したのはあなた方でしてよ」
ね、とわたくしの副生徒会長に視線を向ければ「確かに平民への差別問題を問題視し、改善案を三度提出しています」という、事実を感情を交えずに答えてくれた。
次に、新しく友達になったレイナさんに風紀委員の部室から目当てのものを持ってきてくれないかとお願いした。
「待て、そんなでたらめいっても騙されないぞ」
「そのような嘘で私たちが騙されると……」
話の流れが変わるのと同時に、腕を拘束していた二人からわたくしは自由になっていた。
雲行きが怪しくなったから、周囲の大人が仲裁に入ったのだ。
それでもなお渋る二人だが、わたくしが口にした証拠が見つからなければ再び拘束すればいいという、なんともありがたい助言を受け入れた。
やがて、生徒のざわめきがさざ波にまで落ち着いたころ。お友達のレイナは戻ってきました。
その手には確かにわたくしが提出した平民の差別問題への改善案が握られている。
「確かに風紀委員の部室に却下された資料が三つ、生徒会室のゴミ箱の中に一通発見されました」
皆からの注目を一身に集める中、レイナさんはやけくそ気味に叫びました。
というか、頼んでいないのに生徒会室から資料を見つけ出してくれるなんて、本当に優秀ね。
ほら速く、その資料をここまで持ってきてくださる。とお願いすればレイナさんの表情がおもし……、変な感じで固まった。
そのまま、同じ方の手と足を前に差し出すという奇妙な歩き方でわたくしがいる場所にまでやって来る。すごく緊張していらっしゃるけど、大丈夫かしら。
「ありがとう、あなたのおかげで多くの手間が省けたわ」
新しくできた優秀な友達に感謝するように抱きしめた。
周囲にわたくしたちが仲良しであることをアピールするために。
「さて、ここにあるのがわたくしがメアリーさんの立場改善のために提出した資料になります。よくよく中身を確認してください」
とりあえず、近くにいたのでモランとセバスチャンに資料を渡した。
「わたくしはこれを何度も提出したんです。もっとも古いもので9月、そして、メアリー様が階段から突き落とされたのは11月でしたっけ」
これで、わたくしの無実が証明されたといってもいいでしょう。問題はここからどれだけ利益を獲得できるのか。
「なぁ、これって」
「つまりだ、今回のいじめの件てアイリーン様を罠にかけるため」
「単なる自作自演じゃないのか」
「いや、アイリーンさんがモーリス殿下をはめた可能性も」
「うわぁ、面白いことになってるなぁ」
わたくしの無罪が確定すると同時に、もう我慢できないとばかりに爆発するように周囲から噂話が吹き荒れる。
こちらにとって、友好的なものもあれば非友好的なものも多い。
この事件の黒幕がわたくしではないかと疑う声もあるけれど、やはり一番多いのはモーリス様の自作自演説だ。
モーリスとその取り巻きたちはお互いの様子をうかがいあっていた。ざまぁ。
「だが、貴様のとり巻きがメアリーを虐めていたのは間違いないはずです」
「その罪を犯していながら開き直るのはどうなんだ、ふざけんじゃねえぞ!」
ここまでくれば二人にしても、自分の主張に無理があるのは自覚しているでしょうに。それでも、ここで引いてしまえば今度は自分が断罪されると必死になっていた。
「お待ちください、兄上。さすがにこれは無理があるでしょう。直接この事件に関係ない僕の目から見ても、無実だという確かな証拠があるというのにアイリーンさんを罰するなど」
そんな睨み合い険悪な雰囲気が流れる中、モーリスの弟であるワトスンがわたくしを守るように前に出た。
まるで、お姫様を守る騎士のように。
「無礼だぞ。今回の一件の裁量は生徒の代表である俺の手にある」
「確かにそうですが、今回の一件は何者かにアイリーン様がはめられたか、誤解があったのが明らかでしょう。それなのに裁きを強行するのは正義に反する」
お互いをののしりあうこの国の王族たち。
でも、ありがとうワトスン。
あなたのおかげで、だいぶ肩の荷が軽くなったわ。
「モーリス、ワトスン。二人ともそれまでです」
互いに罵り合い、もはや収拾がつかないと思われたその時、不思議と耳に響く力強い声がその場を制した。
「「お母さま」」
二人の王子がそろって頭を下げる。そんな存在、この国には二人しかいない。
その一人であるエリザベス女王陛下が豪奢なドレスをひるがえしながら、二人の元に歩み寄った。
「一つ確認。この資料は本物かしら」
「本物です」
「ああ、本物だ」
わたくしはにこやかに、モーリスは苦々しく真実を口にした。
「あなた方……、たしかガーナー家とベット家の……。2つ確認。どうして特に不備のないこの資料を破棄したの。破棄したというのなら、どうしてこの資料の存在そのものを知らなかったの」
「それは……」
「……」
二人は答えられない。
当然だ、この二人がわたくしの嫌がらせをするためだけに資料を却下したのは確認してるしね。
「ああ、これはいうまでもないことだけど、この資料に何らかの不備、問題があった場合、私はモーリスを支持し、アイリーンとの婚約を破棄、その上でこの学園から追放します。ただし、何の不備もなく、こたびの騒動を大きくしたというのであれば、モーリスあなたは一体どんな処罰を下すの」
扇子で口元を隠しながら、伯爵令嬢ですら退学処分にするほどの重い罪なのだから、分かっているわよねと圧力をかけていた。
あの、これわたくしでも怖いんだけど……。
でもこの状況。王妃様の意図を考えるに、モーリスのことを試そうとしている?
王としての資質があるのかどうかを。
自分で掘った墓穴をどう処理するのか。
これで解決できればそのまま、解決できなければ今の地位を失うことすらあり得るかも。そうなると嬉しいけどね。
そのプレッシャーのせいでモーリスの顔を青くしている。
一歩後ろに下がった彼に変わって、わたくしを拘束していた二人が前に出た。
「その資料を捨てたのは僕です」
「風紀委員での資料を却下したのは俺だ」
主人をかばうために二人は漢らしく自分の罪を告白した。
この勇敢さをもっと別のところで発揮してほしかったわ。まったく。
「二つ確認。いかなる理由でこの改善案を却下したの。その上で、どうしてこの問題をここまで放置したのか答えなさい」
王妃様の言葉に、二人は目をそらすことしかできない。それはそうよね、何せ、わたくしへの嫌がらせをする以上の目的なんてないのだから。
「まて、その二人は……」
何かをいいだしそうになったモーリスを二人が目力だけで押しとどめた。
その忠誠心だけは目を見張るものがあるけど、ホント、それ以外のものも磨いてほしかったわ。
「速く答えなさい! 何故あなたたちはこの嘆願書の存在すら知らなかったの‼」
雷鳴のようなしっせきに二人は答えられない。
その理由たるモーリスが口を閉ざしたのだ。当然といえば当然よね。
なにせ、敵であるわたくしに自分の情報を渡さないため、効率的に排除するための工作のためだなんていえないわよね。
仮にも、伯爵家を貶めるための策略を企んだと知られればいったいどうなるのか分かったものでもないし。
最悪、お家おとり潰しかしら。
「さてと、モーリス。平民の虐めを知っていながら、その証拠を握りつぶし事態を悪化させたこの二人をあなたは一体どうするの」
すごい、皆がかたずをのんでこの状況を見守っているわ。それに、ヘイトコントロールも完璧。
これまではモーリスが悪いとなっていた場の雰囲気がいつの間にかこの二人が悪いという風にすり替えている。
一時しのぎでしかないけど、ここで二人を罰すれば、身内を切ったということで追及もされにくい。
というかこれ、私が虐めの実行犯にやったのと同じ手口よね。
それを、非難したモーリスが今度はわたくしと同じことをしようとしている。まったく、因果なものよね。
もはや、蚊帳の外に追いやられたわたくしですら、喉がひりつく。
舞台の中心にいるモーリスにはいったいどれほどのプレッシャーを感じているだろう。
甘ちゃんのモーリスのことだ。建前でも本音でも二人を罰したくなどないのだろうが、この状況で仲間を切れないようであれば、王妃様は自分の息子すら切りかねない。
「モラン、セバス……。残念だが、お前らの罪は決して許されないものだ。しかしながら、まだ状況は不透明でもある。それが真の悪であればそう絶対に、そう絶対に許されるものではない」
モーリスはいったん言葉を止め、わたくしのほうを睨んだ。
「事実確認が終わり次第、お前らはこの学園から追放だ」
こうして判決が下された。その声が怒りに震えているのを近くにいた皆が感じていた。
理事長先生の退屈な挨拶が続く。
意味があるようでない世間話を延々と聞かされるのだ。普段ならうつらうつらと眠気に堪えかねて夢の世界に旅立つものが出始めるはずなのに、今はうとうとする人物はいない。
ならば真面目に話を聞いているのかといわれると、そういう訳でもなく皆そわそわとしています。
実際に話をしている理事長も先ほどの事件のせいもあり、どこか上の空。
よどみなく言葉を口にできていますが、これからのことを考えれば早めに話を区切ってほしいわ。
時が過ぎ、長くそして退屈な話が終われば、学友たちはわたくしとモーリスを囲むように動いた。
わたくしはにこやかに挨拶をして回り、モーリスがすぐに部屋を後にした。
ほぼ全校生徒がわたくしを囲むように動き出す。
人数多すぎ! いったい何人いるのよ。あいさつ回りが終わらないじゃない!
でもまぁ、この学校はわたくしを中心に回っている。わたくしが落ち目だなんて噂する人物はもはやこの学校に一人としていなかった。
「ごきげんよう、風紀委員長」
長い時間拘束されたせいで、ふらふらとなりつつも、もう一踏ん張り。
風紀委員の部室の扉をたたいた。
疲れたからさっさと寝たいけど、一刻でも早く地盤を固めないといけないわ。
「あの、私は会計。ポイント面で判断するなら第三席でしかありません」
「そうね、未来の風紀委員長」
「……? ああああぁぁあああぁぁ‼」
未来という言葉が一年後でなく、一週間後くらいであることを自覚したレイナさんは今さらながら驚きの声をあげました。
「委員長も、副委員長も失脚したのだから、当然あなたがトップよ」
「まさか! 最初からこれが狙い……いえ! そんなこと、そんなことありえません」
「いったい何のことやら。まぁ、あなたの失言を聞いた時に、ラッキーと思ったことは否定しませんけどね」
「あの時、私を風紀委員長の座に座らせるつもりだったんでしょう。あの状況で、ここまで想定するとは……。恐ろしい人ですね」
正直、何を言っているのかは分からないのだけど、彼女のために委員長の席を引いてあげ座るように促した。
「朝にした賭けの内容だけど、どうします」
「降参降参、あれだけのものを見せられたら、もう何も言えません。これから一年、せいぜいこき使ってくださいよ」
こうしてわたくしたちは友情の握手を交わした。
レイナの瞳が光を失ったように見えたけど、きっと気のせいよね。
「……」
「……」
握手の後、静寂が部屋を包んだ。
レイナさんには負担をかけすぎましたし、きっと疲れているのでしょう。
わたくしも挨拶回りがきつくてきつくて……。
というか、この椅子なかなかいいものを使っているわね。
柔らかくて、体に負担をかけないで……。
人をダメにするような魅力が…………。
「アイリーン様見ましたよ、あのご活躍!」
は! 寝てない。わたくしは寝てなどいません。
そんなはしたない姿を伯爵令嬢は他人に見せないんだから。
「えっと、この子は確か、あなたと一緒にいた」
わずかな会合だったせいで、顔は思い出せたのだが名前が……、というより、この子の名前を聞いていたかしら。
疑問に思っていると、横にいたレイナさんがエリス・モーターソンと教えてくれた。
「そのトレイは何かしら」
「お茶会のお菓子。いろいろとめでたいことがあったのでお祝いしようと」
「めでたい、めでたいでいいのかしら……。やったことといえば、婚約者との大ゲンカだし」
「すいません、この子悪い子じゃないんですけど、空気読めなくて」
今日の事件を素直にお祝いしたいとは思わないけど、用意された紅茶をこのままにするのはもったいない。と、カップに口をつけ、お菓子に手を伸ばせば疲れもあり体が糖分を求め止まらなくなった。
それからしばらくして、ワトスンがこの会合に合流して、さっさと寝たいのにお茶会を続けなければならなくなったが、楽しい時間なので良しとしましょう。
☆
「どうしてだ、どうしてこんなことに……」
母親の失望を思い出し、モーリスの足は鉛のように重くなっていた。
今にも倒れそうな悲壮感を漂わせているものの、それでも歩みを止めることはなく、どこかにまっすぐ向かっている。
後ろから追いかける皆は誰一人として目的の場所がどこか検討さえつかなかった。
「まさか、ここまで手札をそろえているとは」
指の爪をギリギリとかみしめながらセバスチャンはいった。
「ハッハッハッ、そうだな、まさかここまでとは予想外だ」
力なく笑いながら、モランは青い空をじっと見つめながら同意した。
「この状況は幾らなんでもおかしい。ここまでアイリーンに手の内を知られているなど」
モノクルを光らせながら、セバスチャンはモランの袖を引きモーリスを守るように立ちふさがる。
「考えられるのは一つ。あなたたちの中に、あの女に情報を流した裏切り者がいる」
「自分の失態を棚に上げよくいう」
「そうだそうだ、お前らのドジのせいでこんなことになったんだぞ」
その断言にモーリスに追従していた面子の中でも意見が分かれた。
薄々そうではないかと察し周囲を疑わしげに見つめる者もいれば、自分の失態を棚に上げこちらを攻め立てるセバスチャンに殺意すら見せ反発する者もいる。
「ですが、内通者がいると仮定すればすべての疑問がしっくりくる。そうではないですか」
「ドジな君たちが情報を流したとか」
「何せ、アイリーンの仕掛けをずっと放置していたくらいだ。あり得る」
理路整然と内通者の存在を語るセバスチャンに、ほかのメンバーは内通者の疑いをかけられていると悟り、これまで仲良くやって来たセバスチャンとモランを攻撃しだす。
友情という太く強固な糸が今まさに断ち切られようとしていた。
「この中に裏切り者はいない。あの女にはめられたんだ」
どうしようもない現状を、リーダーの一言が沈静化させた。
「さすがにそれは無理があるだろ」
縋りつきたくなるような真実をモランが否定した。
「だってだよ、生徒会室は完全防音。外からは音が聞こえない。話が外に漏れないことを見越して今回の計画は生徒会室以外でしてないんだぞ。それなのにどうやって情報を集めたんだよ」
「では、俺の推理を聞いてください。あの女がどうやって盗み聞きをした、推測するヒントが三つあるんだ。
第一に故障した扉。
第二にアイリーンの行動。
第三に扉のがたつきだ」
モーリスの推測に全員が耳を傾ける。
「秋ごろ、鍵にガタが来て取り換えた。そして取り換えたのはアイリーンだ」
「つまり、何か細工していたと」
推測にセバスチャンが相づちをうった。
「そもそもの話だ、アイリーンが扉の前でじっと待っていた。あれ、今思えば違和感ないか。何せ、あいつはあれでも伯爵令嬢だ。学校に働きかければどうとでもできたはずだ。なのに、どうしてそれをしない」
「アイリーンは待っているふりをして中の会話を盗み聞きしていた」
「つまり、これからあいつが捨てた扉を探すわけだな」
モランの言葉に、モーリスは正解とうなづいた。
「思い出してみてくれ。あの扉、鍵の周りが不自然だ。鍵穴とそれを囲むようにもう一つ小さな円がある。これは推測だが、あの小さな円。実は取り外せるんじゃないのか。小さな隙間だが、そこに糸を詰め込めば、糸電話の要領で中の声を聞く程度は可能なはずだ」
「そして、その仕掛けのせいで鍵にがたつきが出たと……」
「ドアノブさえ押さえれば一発逆転できるわけだな」
「いや、それは難しいと思う。だって、こちらがアイリーンをはめようとしたのは事実だし。アイリーンの策略にしても、偶然かみ合ったからここまでの大ごとになっただけで、誰かが改善案を読んでいればすべてが水泡に帰す。
本来の計画は責任追及されることがないように火消をする程度のものだと思う」
「そうですね、仮に証拠を突きつけても、こちらの失態が大きすぎて挽回は難しいでしょう」
ヒートアップする会話を、生徒会の雑務であるジョンが水を差し、セバスチャンがそれを補強する。
ならばどうするという問いを投げかけられれば、すぐに答えが出た。
すなわち、証拠を押さえて、あの女が行った悪事を告白させるべくギャンブルを挑むと。
男子たちが熱く盛り上がる中、地中に埋められた証拠となるドアノブをモーリスがあっさりと見つけ出したという気持ち悪さから皆が目をそらした。
もしも、面白いと思うのであれば評価、お気に入り登録お願いします。
三話分の構想があるので高評価いただければ連載に切り替えます。




