第4話
『ラッへ・ヘルディン』を読んでいた頃、私は小学生だった。この頃はヒーロー、ヒロインが幸せになる物語が当たり前で、ヒロインのラッへが報われる事が重要だった。だから、オリーブは“悪女”だったから嫌いだった。オリーブの気持ちとか人物像について考えた事もなかった。
オリーブがラッヘを虐めたのは、婚約者のサーラダと仲良くなったから…つまり嫉妬だ。当然ラッへに対して良い感情を抱ける筈もない。それに婚約者がいるにも関わらず、ラッへばかりに構うサーラダにこそ、問題があるのではないかと今なら思える。
虐めにあう前の私なら、オリーブは可哀想だ。ラッへを虐めた程度で処刑だなんて可笑しい。現実の法律では到底あり得ないのに、そう思っただろう…。
しかし、虐められた私はこう思う。オリーブは可哀想だと思うけど、サーラダに文句を言う前にラッへを虐めた事には問題がある。虐めをする人は死ねばいいと思うし、許すなんてあり得ない、そう思うのだ…。
◇◆◇
断罪されて、地下牢に閉じ込められて数日が経過した。私は、今日、数時間後に殺される…処刑されるのだ。
「…………………。」
地下牢に連行されるまでは、必死に抵抗した。閉じ込められた後も、私はラッへを虐めてないと訴え続けた。けれど、無視された。
沢山泣いて、声も枯れて、どうすれば良いのか考えても何も浮かばず、どうにもならなかった。
そんな状況の中、昨日見た夢が最悪だった。智恵に虐められていた頃の夢を見たのだ。智恵は、私を見て楽しそうに笑っていた。そして、
「柿原さん♪ 良い気味ねぇ。私を殺すから、こんな事になるのよ!!」
そう言ってきたのだ。言い返そうとした時に目が覚めた…。
(どうして…どうしてなのよっ!! なんで、なんで私がこんな目に!!)
智恵に虐められて、全てをうしなったのに。そんな私が何故、悪女に生まれ変わってしまったんだ! 何故、やってもいない罪を背負わせれなければいけないのか…!
悪魔か神の仕業かは分からない、でも私はこの状況を呪うことしか出来なかった…。
「―――…。」
「―…。」
遠くから誰かの話し声がきこえてくる…この地下牢には私以外に誰もいなくて、ずっと無音だった。話し声が聞こえなくなると、今度は足音が聞こえてきて、私のところに近づいてくる…。
(ま、まさか! 今から処刑場に連行されるの!?)
死が近づいてくる事への恐怖に震え上がる。コツコツ…という足音が大きくなる。
「…ラッへ!?」
目の前に現れたのは、ラッへだった。予想していなかった登場に驚いてしまった。
「…看守の人に許可を貰って二人きりにさせて貰ったわ。だから、素を出してもいいのよ?」
ラッヘはそう言うと、悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「柿原さん?」
「!?…まさかっ。」
思考が停止する…、私の名字を知っている。そして、私に対する明らかな悪意を感じた。思い付く人物は一人しかいない。
(智恵ッ…!!)
「あ、あんたっ!! なんで、なんでラッへに転生してるのよ!?」
「…え、可笑しいかしら?」
ラッへは首を傾げてくる。
「可笑しいに決まってんでしょ!! あんたみたいな性悪女がヒロインなんて可笑しいじゃない!?」
ありえないのだ。『ラッへ・ヘルディン』のヒロイン、ラッへは誰かを虐めるなんてあり得ない。王道の清純なヒロインだ。虐められてるときもオリーブにやり返した事なんてない。
なのに、そんなヒロインが何故智恵で、なんで悪女が私なんだ…。
「“性悪女”? 私が何をしたと言うの?」
「…はぁ!? 何惚けてんのよ!!!」
訳が分からない、とでも言うような智恵に私の怒りは頂点に達した。
「嘘をついて私を虐めて、涼太を奪った!! その上、私は死んで人生を奪われたわっ!! 私をこんな目に合わせたアンタが、性悪女以外の何者だって言うのよっ!!」
ラッへ…智恵は、私の言葉に少し驚いた素振りを見せた後、目を細めて呆れたように溜息をついた。
(な、何よその、態度はっ……!!!)
「柿原さん…私は、小野田知恵さんじゃないわよ?」
「…は?」
「ねぇ、柿原さん。どうして私が小野田知恵さんだと思ったのかしら?」
智恵…だと思っていたラッへの言葉に、私は固まった。
「もしかして、柿原さんを恨んでいる人は小野田智恵さんしかいない…そう思ったの?」
…その通りだ。私は周りから虐められたけれど、虐めたきた人達は誰も死んでいない筈だし、智恵の言葉に便乗しただけで私個人に恨みなんてない筈だ。智恵以外に私を恨んでいる人なんて身に覚えがなかった。
「私は石内 郁よ。分かるわよね?」
考えている私に、ラッへから名前を告げられる。
「いしうち、いく…! もしかして、小学校の時にいた、石内さん?」
すぐには思い出せなかったが、何処か聞いたことがある名前を呟き、私は思い出した。石内郁は小学校の時の同級生だった。私の言葉にラッへは頷いた。そして、
「これで分かったでしょ? 私が柿原さんを恨んでいる事も、私がヒロインのラッへで、柿原さんが悪女のオリーブになった理由も。」
そう言うと、石内郁は冷酷に微笑んだ。




