第五話
兄を探すことにしたのはそうなのだが、煌びやかな人々が溢れるなかではなかなか見つからない。それにソフィアは今一人である。それはどういうことかというと田舎の田んぼのあぜ道にある夜の自動販売機を想像してみてほしいできれば夏。
そうあの、世界でたった一つの光だというように吸い寄せられるよくわからない羽のついた虫たち。
ソフィアは今はまだ初夏なのになと思いながら自分によってくる男たちがもうあの光に吸い寄せられる虫に見えていた。あとでダンスを踊ってほしいだの、名前を教えてくれだの、たいていスペンサーの名前を出せば散っていく弱い羽虫だが鬱陶しいことに変わりはない。それに絶対一匹はいるのだ自販機に張り付いた虫たちの中でも強烈なアイツ、でかい蛾が。
「おおこれはこれは美しいお嬢さん、さっきから貴女に目が自然と釘付けられていましたが、ただの可愛らしい花ではないようだ、まるで鋭い棘がある薔薇のようそう表現するのが正解かな。薔薇の化身のお嬢さん、貴女のお名前を口にする光栄を私に下さりませんか?」
「先に貴方から名乗るのが礼儀ではなくて?」
「おっとそれは失礼。私はレンブラント・ブラウン子爵。気軽にレンブラントと呼んでくれて構わないよ。さぁ次は君の番だ」
突然話しかけてきたこのギトギトの茶髪で小太りのレンブラントという男は原作にも登場しており、無駄に金だけは持っているため貧乏なヒロインに一目惚れして無理やり結婚しようとするエピソードがある。ソフィアはお前は若くて可愛かったらなんでもいいんかいとつっこみたくなったが我慢した。
ソフィアは眉をぴくぴくさせていかにも不機嫌といった感じで名乗り、兄を探していることを告げてその場をさろうとしたが手をガシリと掴まれた。男はこう言ってきた。
「私が一緒に探しましょう」
「いえ、一人でも大丈夫ですので手を離してください」
「一人よりも二人の方が早く見つけられますよ」
いくら拒否をしても逃してくれないし、コイツよりはスペンサー家の方が位が高いのを知らないのだろうか。誰か殺虫剤を持ってきてこの蛾を私からの前から消してくれとソフィアは思いながら押し問答をしていると後ろからレンブラントの粘っこい声とは違う涼やかな声が聞こえてきた。
「手を令嬢から離しなさい。嫌がっているのが見えないのですか」
レンブラントは嫌がってないかいないと主張したが、男の顔を見ると真っ青になってそそくさと去っていった。あんなに厚かましかった男がこうもあっさり去っていくとはそんなに後ろの人の顔は恐ろしかったのだろうか。
ソフィアは後ろの人物にお礼をしようと振り返った。
「あの、ありがとうございます」
「いえいえ、ところでギルバートの妹のソフィア嬢ですよね。探してこいと頼まれたんです、一緒に行きましょう」
どうやら兄の知り合いらしい本当かと疑わんでもないが見つけられずにいたのも事実ついてくとしよう。
その人物は背が高くソフィアの目線では首のあたりまでしか見えない、そのためソフィアは上を見上げて顔を確認した。その顔を目にした途端、頭にあった全てのことが一瞬吹っ飛んだ、そのくらいの衝撃だったのだ。な、なぜ気がつかなかったんだろう。
ソフィアの思考は宇宙を旅した。
端的に説明すると前世での推しである。攻略対象でこそなかったものの人気があったキャラの一人で、名前はセシル・アルデュイ。代々王家と密接に血を交わしてきた一族であり、公にはされていないが魔力を持つものが生まれることがある。そしてセシルは魔力を持っているそのため、どのルートに行ってもその魔法の力でヒロインを助けてくれる所謂お助けキャラというやつだ。容姿は長めの濃い茶髪に長いまつ毛から覗く瞳は緑と黄色のグラデーションのような不思議で惹かれる色だ。鋭利なその美貌は冷たい印象を与えるが、心は温かく人格者だとゲームでも紹介されていた。そんなギャップを持った男に惚れないわけがなく、出てくるたびにキャーキャー騒いでいたのを思い出す。
ソフィアは納得した、セシルは社交界では有名だし、あの子爵では敵わないはずだ。
「ソフィア嬢、大丈夫ですか?」
あまりにボヤッとしていたためか、推しに心配されてしまった。推しに心配させるとはオタクの風上にも置けない行為、頑張れソフィアはできる子、平常心に戻るのだ。
「大丈夫ですので兄の元に向かいましょう」
なんとか言葉を捻り出し答えることができた。
「良かった。こっちです」
その言葉と共に手を差し出され固まっていると困った顔でここは人が多いのでとセシルが言った。確かにそうかなと思い、手を借りて兄の元に戻ることにした。
数分ほどで合流することができたソフィアはセシルにお礼を言い手を離して給仕からもらったソーダをちびちび飲んでいた。その間も兄とセシルは仲良さげに話しており一体どこで知り合ったんだろうと不思議に思っていると入口の方が、異様なざわつきに包まれ始めている。そのとき、オースティン家のご到着ですと声が聞こえてヒロインがやってきたことを知った。
ゲームではキャラたちに散々可憐だのまるで世界でたった一つの純白な花のようだと比喩されていたヒロインのことださぞ可愛らしい容姿をしているのだろうと入口の方をソフィアはじっと見つめた。
ソフィア達がいる端のバルコニーは入り口に比較的近く少し段になっていることもあってか、ヒロインを見つけることができた。初老の父親に連れられやってきた白いドレスの女性は、装飾品を何もつけていないにも関わらず、光り輝いて見えた。ソフィアもとても綺麗な部類に入るだが、ヒロインを前にしてはただ綺麗な人に成り下がってしまう。あのピンクブロンドと暖かいブラウンの瞳を持った乙女は持っている色こそありふれたものだが持っている独特の空気感はとてつもない。少女と女性の間の今しか出せない危うさが倒錯的でまるで彫刻のように完璧な顔立ち、玉のように輝く肌、そして何より、これぞヒロインこの世界に愛された者というオーラが圧倒的だった。
純粋なこの世界の人であったならそんなオーラなど気づかなかったであろうでもソフィアは気づいてしまった。彼女こそがこの世界の主役であり、正義だと、簡単に言えばソフィアは思い上がっていた。転生という類稀な経験、悪役令嬢という配役、綺麗な容姿、自分は特別だと思ってしまっていた。
でも違ったのだ彼女こそが特別であってソフィアなどただの彼女のフィオナの人生を少し彩らせるためのスパイスでしかなかったことを思い知ってしまったのだ。
ソフィアはあまりの衝撃に、固まったがなんとか持ち直して、自分に言い聞かせた。
ヒロインとはそういう役だし、少しの間でもヒロインよりも特別だと思えたのだから幸せじゃないかと。
ただよっぽど酷い顔をしていたのか、ギルバートが焦った顔をしてどうした、大丈夫かと聞いてきたので大丈夫だとソフィアは答えた。
その後すぐに国王の演説があり、社交シーズンの始まりを告げた。
そしてすぐにワルツの音楽が流れ出したので、ソフィアはなぜか兄のエスコートで踊り始めた。セシルはいつのまにか消えていた。緊張で最初は足を踏まないよう必死だったが、慣れてくると周りを見渡す余裕も出てきた。
父親と踊っているヒロインを見つめやっぱり可愛いなあと思っていると急に兄が耳元に口を近づけてきた。
「あの専属メイドがついてから派手な格好ばかりしていたのに、急にどんな風の吹き回しだ?」
ソフィアは踊りながら答えるの難しいなと思いながら言葉を返す。
「ただ年相応の格好をしようと思っただけです」
「ほう、いい心がけじゃないか。あれをやめたのなら変な意地を張るのもそろそろやめてあの殺風景な部屋から出てくればいいのに」
「変な意地?」
兄は高い鼻をすんと鳴らしてなんだか照れ臭そうに話しかけてくる。専属メイドとはアネットのことだろうか。変な意地とは一体なんだ?この夜会に参加して家族と初めて接してから日記に書いていたこととは違うことばかりの印象を受ける。
「たしか2年前くらいだったかなあのメイドがこの屋敷にやってきて専属になってから少ししたとき急にソフィアが派手な格好をし始めて、誰も使っていなかった東の4階で過ごすようにになったんだろ。覚えてないのか」
「覚えてはいます」
そこで曲は終わり次の曲が始まった、ソフィアはもう踊る必要はないのでゆっくりすることにした。兄は友人達と過ごすらしいのでソフィアは静かにアネットのことを考える時間が必要だと思ったので庭園そばの噴水に座った。