第四話
今日は5月27日そう原作開始日である。
ソフィアはそれはもう必死に知識を詰め込みまくった。デビュタントでは最低限挨拶をして、一曲親族の誰かと踊ればあとは壁にへばりついておけばいいのだ。親族は日記に可愛がってくれてると書かれていた大叔父あたりと踊ればいいだろう。
だから、今日のミッションはヒロインの顔を確認して攻略対象と関わらなければミッションコンプリートというわけだ。
「お嬢様ほうけているのもそれまでにして着替えませんと、遅れてしまいます」
「わかったわ」
実はソフィア、きついメイク以外をしてもらうのは今日が初めてである。アネットの案により、とっておきは今日にとっておいたというわけだ。
社交界デビューをする若い令嬢は純白のドレスと白の長手袋を着用し、白を基調としたブーケを持つのが伝統であり、ソフィアもそれに倣い身に纏った。そして美しいプラチナブロンドは緩く編み込まれて白い小さな花飾りと共にまとめられている。首には瞳の色と同じブルーサファイアの繊細なネックレスを選んだ。
顔はいつもとは違いファンデーションを塗りたくらずに粉を薄くはたき、チークを軽く乗せ、ピンクのグロスを塗った。瞼にはいつ使うんだろと思っていた紫に近い青の小さなラメの入ったアイシャドウを目尻の方に少し塗り、すっとアイラインを引いた。
まつ毛をあげ、ハイライトを載せれば夜の女神も泣き寝入りしそうな美少女の完成だ。
ソフィアは鏡を見つめながらパチパチ瞬きを繰り返して、アイシャドウがキラキラ光るのを見ていたがハッとしたようにこう言った。
「ねえアネットどうしよう私がヒロインになってしまうわ」
「落ち着いてくださいお嬢様、ヒロインが何かは分かりかねますが、スペンサー家のご令嬢とあれば、誰も下手なことは出来ないでしょう。しゃんとなさっていれば良いのです。そしてご帰宅なさったらすぐに私を呼んでくださいね約束ですよ」
アネットは心なしか自慢げだ、きっと小さな頃から見てきた綺麗なお嬢様の本当の魅力を引き出せて嬉しいのだろう。
ソフィアはそうゆうことじゃあないのにと口を尖らせていたが、まあ可愛いは最強だからなと納得した。
デビュタントは午後7時ごろから王宮のホールで行われ、階級の高いものから会場入りすることになっている。社交シーズンの始まりとあって国中の貴族が馬車を走らせ、王宮に向かう様は何というか圧巻だとゲームにも描写されていた。
そこで一つ不安要素がある、それはソフィアの両親や、兄のことであった。実はこの1週間見かけることはあっても関わる機会がなかったのだ。前のソフィアは家族に好意こそ抱いていたものの、怯えてもいたようだ。そんなよく知らない家族と一緒に馬車に乗り、パーティーに参加するとはなかなかなハードゲームである。
さて、この姿を見て難癖つけられないだろうか、それだけが今日一番の不安である。
さて、時間とは無情なものであり、万物のものに平等であるとはいったい誰の言葉だったろうか、つまり何が言いたいかというと馬車に乗る時間がやってきたのだ。
おそらくお父様の執事であろう方が呼びにきたので、その後に続き1階のこれまた広い玄関ホールにたどり着いた。
そこにはもうソフィア以外集まっており、その中のソフィアによく似た黒のドレスを纏った美人、お母様が口を開いた。
「あら、あの悪趣味な格好はしていないのね。いい心がけだわ、今日は粗相の無いようにしてちょうだい。お兄様に恥をかかせないように」
随分と神経質そうな喋り方な上に美人だから圧もすごい。そして悪趣味とは、もしやソフィアが冷遇されていたって感じていたのはあの格好のせいではなかろうか。
「ちょっとソフィア、聞いているの?」
「聞いています。今日はスペンサー家の令嬢としてお母様のような気品の高い振る舞いを心がけますわ」
と言って一番練習したカーテシーをすると、お兄様とお父様は無表情でソフィアのことを視界にも入れていない様子だったがやりとりを聞いて着飾った姿を見たのか目を見開いていた。お母様はすこし動揺して、ならいいのよと頷いている。
日記のソフィアは随分臆病のようだったから、多分全く家族に反抗してこなかったのだろう。そのあとは微妙な空気が流れていたものの時間が迫っていたため、馬車に乗り込むことにした。
玄関の前に出るとすごく豪華な馬車があった。
お父様がお母様に手差し出しエスコートしている。ソフィアはチラリと横にいる自身によく似た兄を見たが期待できなさそうだと見切りをつけ、馬車に乗り込もうとすると横から手が伸びてきた。どうすべきかと悩んでいると頭上から不機嫌そうな声が聞こえた。
「おい、これ以上待たせるな」
「すみません」
まあ会場ではこいつにエスコートしてもらうことになるのだしとリリアーネは手を取った。
馬車は6人乗りでに両親と向かい合わせになり、兄の隣に座った。
椅子はなかなかにふわふわで座り心地が良く、ガタゴト揺れるのもあまり苦にならない。ソフィアはふと隣にいる無表情な兄を見つめ、日記には優しいと書いてあったのになと考えていた。馬車の中では兄もリリアーネも完全に母親似で父の遺伝子を感じられないため、父の黒髪でがっしりとした体付きや偉丈夫な顔立ちが妙に浮いていた。
ソフィアはこの1週間外に出たことがなかったため小窓から街を眺めるのが楽しく飽きることはなかった。街は石造りで都会ということもあってだろうが、高い建物がぎゅうぎゅうに押し込められていて窮屈な様に感じる。だけど少し薄暗い街を街灯が暖かく照らしていて、群青とオレンジがすごく綺麗だ。
街を眺めて数刻。豪華な大きな門にたどり着いた。その奥には数台馬車が止まっていておそらくうちよりも位の高い貴族だろうなと推測する。確実にあの馬車の中に攻略対象の一人、公爵家のクロードの馬車もあるのだろう。
門番が門を開けて、静かに馬車は奥に進んだ。後ろから他の馬車も続々と集まってきている。少し進んだところで馬車が止まり兄の手を借り降りた。
ああついに始まるのだ、そう思うと心臓が煩くてたまらなかった。
王宮へと続く道を歩いていくと、大きな建物が見えてくる。あれがシュッツガルドの中枢。至る所に装飾が見えている。高さはさほどないけれど横に長い。豪華絢爛といった言葉がよく似合う。これがスチルでよく見たお城かとソフィアは感慨深くなった。
そして大きな扉を抜けたさき、会場に到着した。
天井がとても高くこの国の建国神話が描かれている。父が入り口の横にいる侍従に目線をやると侍従声を張り上げた。
スペンサー侯爵一家がご到着いたしました!!
こんな感じで来た人はみんなに知らされるのだ。ソフィアは少し恥ずかしくなった、ゲームをプレイしていた時にもこの登場の仕方、恥ずかしくないのかと思っていたが実際はもっと恥ずかしい。
それに到着した時から感じていた視線がすごく増えた気がするが、まあみんなこんな可愛い子がいたら見ちゃうよねと呑気に考えていたら、母から声をかけられた。
「ほらソフィア、貴女は今回がデビュタントなんだから王妃陛下にご挨拶しにいくわよ」
「分かりました」
ということで王妃陛下に挨拶しにいくことになった。ゲームでは王子ルートに行ったヒロインに対してなかなか当たりが強かったのだが、どうだろう。兄たちとはいったん別れ、ホールの奥の方に進んだ先にその方はいた。第一印象はすごくオーラがある人だ。真紅の巻き髪に、琥珀の様な瞳。髪色と合わせた色で下半身のボリュームがありデコルテがはっきり出るデザインのドレスを着ている。目の前にいくと背筋がすっと伸びた。母が最初に話しかけに行った。
「王国の月、王妃陛下にご挨拶申し上げます。
陛下に再びご挨拶賜われたこと誠に光栄でございます。此度、娘がデビュタントを迎えることができましたのも陛下がこの国を太陽が休んでいる間も照らし続けていらっしゃったおかげにございます。今回は娘をご紹介したくお声を掛けさせていただきました」
そう母が話すと陛下は目を細めながらこちらを見つめてきたのでソフィアは今こそ特訓の成果を見せる時だと思い、アネットと鏡を見て練習した一番綺麗に見える笑顔で陛下を見返してカーテシーをし、
「王国の月、王妃陛下にご挨拶申し上げます。
スペンサー侯爵の一の娘ソフィアと申します。まだ未熟者ではございますがご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します」
と言った。すると陛下はさっきまでの圧はいったいどこに行ったんだと言いたくなるほど柔らかい笑みを浮かべて言った。
「アニーの若い頃とそっくりね、今度茶会にいらっしゃいみんなに貴女のことを紹介するわ」
ちなみにアニーとは母アデニサニヤの愛称であるとアネットから聞かされていた為ソフィアは動揺せずに済んだ。有能なメイド褒め称えたい。どうやら挨拶は認められたようだ。ここで認められないと社交界で人脈を築けないので内心ヒヤヒヤしていたのだが、これでだいぶ安心した。
「アニーひどいわ。ずっと娘を紹介してくれなかったからてっきり私は、、。とにかくこんなに可愛い子を隠していたなんて私たち親友ではなかったの?」
「昨日までのこの子は到底あなたに紹介できるような娘ではなかったのよ」
「アニーったら、そんなに冷たいこと言わないででちょうだい。せっかく会えたんだから」
陛下と母はテンポよく会話をしている。随分と仲がいいようで、ソフィアは会話に置いてけぼりになってしまった。空気になったつもりである。すると、
「ソフィア貴女は先にギルの元へ行ってなさい、くれぐれも変な行動はしないように」
と母に言われたので退散することにした。
「分かりましたお母様。陛下、貴重なお時間をありがとうございました」
「ええ、またねソフィア」
ソフィアは陛下に礼をしてその場をそそくさとさった。
ギルとは兄のことでギルバートという。まあ兄も派手な見た目をしているのですぐに見つかるだろうとあたりをつけソフィアは兄を探し始めた。




