59話 二号店
「安いよ、安いよ~」
昨日と同じように肉を売る。カルコタウルスの串焼きだ。
ただし、売り場所はちょっと違う。
街の大通りでの露店販売だ。
空き箱積んで、その上に七輪並べてジャンジャン焼いているのだ。
メンバーは、俺とキャロと元借金取りのうち二人。
ベロニカともう二人の元借金取りは、昨日と同じで宿屋の裏庭での販売だ。
二班に分けた形だな。
昨日、宿で話し合った通りだ。
「二本くれ!」
「こっちは、三本だ」
「まいどあり~」
飛ぶように売れていく。
ここならわざわざ人を呼び込む必要もない。
道には多くの人が行き交っており、肉の焼ける匂いに釣られてフラフラと勝手に誘い込まれてくるのだ。
「大盛況ですね」
「ああ」
話しかけてくるのは、元借金取りの兄貴分フラットだ。
肉を焼きつつも彼は、横に立つ俺にいろいろと情報を伝えてくる。
俺は相槌を打つと、満足げにうなずく。
これなら肉を腐らせなくてすみそうだ。
二倍どころか三倍ちかい速度で売り切れそうな勢いである。
やっぱ、場所って重要だよな。
そもそもの注目度がまるで違う。
ちらりと前方に目を向けると建物からも人が出てきており、こちらを見てヒソヒソと話し合う姿があった。
「あいつらです」
「うむ」
ふたたびフラットの言葉に相槌を打つ。
彼が言うあいつらとは、屋台を買おうとしたときコケにしてきた者たちのことだ。
そうなのだ。
目の前の建物は、そのときの店。
串焼き二号店は、オルタレス商会の真ん前にだしてやった。
フラットによると、やつらはあからさまにバカにした口調で、相場より高い金額を提示してきたらしい。
さもありなん、て感じだ。
オルタレス商会の者は、こちらを見下すような、さげすむような目をしてやがる。
やがて、彼らの一人が店から出て、どこかに向かって歩き始めた。
俺はすかさず合図をだす。
「キャロ」
「分かったニャ!」
肉の仕込みをしていたキャロが、さりげなくその後をつける。
さすが猫耳族だけあって、見事な尾行術だ。あっという間に群衆に溶け込んでしまった。
あれなら尾行に気づかれることはないだろう。
しかし、想像した通りの展開になってきたな。
まあ、この手のやつの考えることなど、だいたい似たようなものだしな。
やがて、出ていったオルタレス商会の者が帰ってきた。
そして、尾行していたはずのキャロの姿は見えない。
これも想定通り。
巻かれたわけじゃなく、尾行対象を変えたのだ。
オルタレス商会が接触した者に今度は張り付いているはずだ。
「一本もらおうか」
串焼きは予想以上に売れ、荷台に積んでいた在庫がなくなりかけたとき、そいつはやってきた。
髪の毛を短く刈った二十代後半くらいの男で、使い込まれた革鎧を身にまとい、腰には剣を差す。
冒険者のような出で立ち(恰好)だ。
それも駆け出しではなく、そこそこのキャリアを積んだような落ち着きが見られた。
等級はたぶん銀ぐらい。
身にまとう空気はベロニカと同じか、やや下ぐらいの雰囲気だからだ。
その男が串焼きを一本注文してきた。
「俺も、もらおうか」
「俺もだ」
しかも、男は一人ではなかった。
これまた冒険者らしき男たちを四人引き連れており、彼ら一人一人が串焼きを一本ずつ注文する。
ついにきたな。俺は確信した。
ちらりと奥に目をむけると、彼らの後をつけてきたのだろうキャロの姿があった。
念のため、目でこいつらか? と問いかける。
キャロは大きな頷きで返してくる。
よし、確定。あとはどう仕掛けてくるかだが……。
「ひとり銅貨5枚です」
フラットは串焼きを渡す前に金を用意するようにうながした。
とうぜんだ。商品の提供は金と引き換え。商売の鉄則だ。
だが、男は金をだすそぶりを見せない。
「悪ィが、いま手持ちがなくてな。ツケといてくれ」
「うちはツケやってないんですよ」
フラットは断る。
「オイオイ。せっかく常連になってやろうかっていうのにその言い草はなんだ?」
「常連? 強盗の常連なら必要ねえな」
「なんだと! 首輪をつけた奴隷のぶんざいでデカイ口を!!」
男とフラットの言い争いが始まった。
フラットのやつイケイケだな。キッチリ腹をくくったらしい。
まあ、金貸しなんざ冒険者からも回収するんだ。
いちいちビビってたんじゃ、商売やってられねえか。
しかし――
「あ、おい。ちょっと」
そうこう言っているスキに、他の男たちが七輪に乗っている串焼きを勝手に取り始めたのだ。
元借金取りの一人がそれをとがめるも、まるで聞くつもりはなさそうだ。
なるほど。こんな感じで来るのね。
オルタレス商会はこうして冒険者に依頼して競合相手をツブしていくのだろう。
関係を問いだたされたところで、知らぬ存ぜぬで通すに違いない。
あくまで冒険者たちが勝手にやったことだと言い張るのだ。
とうぜんギルドは通していないだろうな。直接金をやり取りしていると思われる。
「おい! こいつは火ィ通ってねえじゃねえか」
串焼きを勝手にとった男がイチャモンをつけだす。
そりゃあ焼き始めた肉なんだから、火なんか通ってないのは当たり前だろう。
「こんな生焼けを客に提供すんのか? この店は」
生肉どころか腐った肉でも平気で口にしそうな顔をしているくせに文句を言っている。
ははは、ウケル。
笑い声が出そうになるのを、必死でこらえた。
いまは目立ちたくない。真っ先に狙われたらイヤだし。
俺の能力は不意打ち特化なのだ。
無能そうな雰囲気を醸し出しておいて、一気に決めるのが安全でいい。
まあ、すでにフックはついてるから大丈夫なんだけどね。あとは引くだけ。
それでも一人は残るし、そいつに狙われないとも限らないワケで。
「こんな店は危なっかしくてしょーがねえや」
男の一人が、そう言って積んであった空き箱を蹴り飛ばした。
上で焼いていた、肉と七輪が宙を舞う。
「なにをしやがるんでい!」
元借金取りの一人が怒鳴り声をだす。
いいね。そんな感じで被害者っぽく振舞ってくれよ。
あくまでこちらは善良な商売人だからな。人目があるうちは。
まだ手を出すなよと皆に目で訴える。
冒険者どもは、さらに調子に乗って他の空き箱も壊し始めた。
「壊せ、壊せ。みんなが腹壊さねええようにって親切心よ。俺たちは優しいからな」
「ハハハハ」
「――フン!」
気がついたらヒモを引いていた。
五人の冒険者のうち、四人がぶい~んと吊り上がる。
まだ早いと皆に合図したばかりだったが、しかたがない。
なぜ自分が積んだ空き箱を、他人に気持ちよさそうに壊されなければならないのか。
キサマらを気持ちよくするために労働したわけじゃねえぞって思っちゃったのよね。