57話 滑り出しは順調
「安いよ安いよ」
手で木の板をバンバン叩いて人目を引く。
俺が立っているのは宿屋の前の道。人通りの多いここから宿の裏庭へと客を呼び込むのだ。
「カルコタウルスの串焼きだ。一本、なんとたったの銅貨5枚」
木の板にはカルコタウルスの絵が描かれている。その下には銅貨5枚の絵も。
テキトーな板切れに、炭でサササっと書いただけのシロモノだが、目は引くだろう。
「銅貨5枚は安くないですか?」
その木の板をかかげるのはベロニカだ。
彼女が、なにやら心配そうにたずねてくる。
貴重なカルコタウルスの肉が銅貨5枚は安すぎるってことだろう。
「いいの、いいの。まずは名前や顔を覚えてもらわないとな。それには安すぎるぐらいがちょうどいい」
べつにカルコタウルスだけを売りたいわけじゃないし。
いろいろなものを売ったり買ったりして店を大きくするのがひとまずの目標だ。
どうせ原価はゼロだ。少々安くたって困ることなんてなにもない。
「そこのお兄さん! カルコタウルスの肉なんてそうそう食べられるものじゃないよ。今を逃したら一生食べられないかもしれないよ!」
目が合った肉体労働者風の男に語りかける。
誰でもいい。とにかく声をかけまくるのだ。
「カルコタウルスの肉だって? ほんとうか?」
男は疑いの目で問いかけてきた。
よし! 食いついた。興味さえ持ってもらえればこちらのものだ。
「もちろん! 知っての通り庶民じゃそうそうお目にかかれない高級品だ。今なら解体しているところだって見られる。正真正銘のカルコタウルスの肉だよ」
宿の裏庭では元借金取りどもが解体しつつ肉を焼いている。
現物が見られるんだ。これ以上ない証拠だろう。
「キャロ! 彼を裏庭に案内しろ」
「わかったニャ!」
男はまだ迷っているようだったが、かまうものか。
なかば強引にキャロに連れていかせる。
べつに買わなくたっていい。
ほんとうにカルコタウルスの肉だってことが伝われば、それがウワサになって客が集まるってもんだ。
「なんだなんだ?」
「すごくいい匂いが……」
ときおり風で、焼けた肉の香りがただよってくる。
それが道行く人の足を、こちらへ誘うのだ。
「串焼きだよ、串焼き。たった銅貨5枚で腹いっぱいになるよ!」
そんな人たちを次から次へと宿の裏庭に引き込んでいく。
気づけば道案内の必要がないほど長い列ができていた。
「大盛況ですね」
「ああ、予想通りだ」
ベロニカの言葉に笑顔で返答した。
「わたしも解体の手伝いをしたほうがいいでしょうか?」
「そうだな。ここは俺一人で十分だろう。応援に行ってやってくれ。剥いだ青銅が盗まれるのも困るしな」
カルコタウルスは肉以上に外皮の青銅に価値がある。
あるていど解体が進んだらギルドに売りにいこう。ほんとうは鍛冶場あたりに直接売り込みたいが、今はまだ手が足りない。肉を売り捌くほうに集中したい。
奴隷がナメられた報復もしなきゃならんしな。
まったく。やることが多すぎて目がまわりそうだ。
――――――
「乾杯!」
宿で夕食にありつく。
酒あり、ラビットバードあり、カルコタウルスありと、再び豪華な食事である。
ちなみに、周囲を見渡せば俺たちの食卓以外にもカルコタウルスの肉料理がチラホラとのっている。
宿の新メニューだ。
俺がカルコタウルスの肉を無償で宿に提供したのだ。裏庭を使わせてもらっているお礼にと。
解体と販売、人んちの庭で勝手なことすんなってモメる前に宿の主人に話を通したのだ。
なにごとも先手先手に動かないとな。
それに、カルコタウルスの肉は今回はタダだが、これから金とって定期的におろす予定だ。こうして顧客を増やしていけば、冒険者ギルドを通さず大きく稼げるってもんだ。
「けっこう売れやしたぜ。見てくだせえ、この銅貨の山を」
奴隷のひとりがホクホク顔でテーブルを指さす。
テーブルの上にはどっさりと積まれた袋の山がある。
ふくろの中にはギッシリと詰まった銅貨。
今日一日の売り上げがこれってこった。
「いくらだ?」
「ざっと銅貨1500枚ほどです。ひとつの袋に100枚。それが15個」
俺の問いにすかさず答えたのが、借金取りの兄貴分フラットだ。
金貸しだけあって金勘定はお手の物らしい。ちゃんとキリのよい数字で袋に分けているとこなんかもさすがだな。
「よ~し。じゃあ、ひとり一袋な。残りは商会の運転資金だ」
そう言ってみなに一袋ずつ投げると、残りの9袋を自分のカバンの中に押し込んだ。
「え?」
奴隷どもが一斉に俺を見た。
ん? なんだ? おかしなこと言ったか、俺。
「分け前、もらえるんですか?」
フラットが驚いた顔でたずねてくる。
分け前。あ、そっちね。
運転資金と言いながら、俺が残りを全部とっちまうんじゃねえかと疑われてるのか思た。
「当たり前だろ。働いたんだから。それで、なにか買うもよし、頑張って貯めて自分を買い戻したってかまわない」
奴隷にはそれぞれ、値段を設定することにした。
それを俺に渡せば、晴れて自由の身ってことだ。これだけ頑張れば奴隷から解放されると思えば、やる気もでてくるってもんだ。
俺は奴隷を解放することに、そこまで抵抗感はない。
奴隷だからって自分の命を投げ捨ててまで助けてくれるわけじゃないしな。
逆らえないけど、内心死んでくれねえかなって思われてたら意味ねえじゃん。
とっさのときに見殺しにされちまう。
こいつがいなきゃ困る。あるいは得をするって思うからこそ、身をていして守るわけで。
「せっかく奴隷にしたのに手放すのかニャ?」
「べつに手放すわけじゃない。奴隷から仕事仲間に変わるだけだ」
キャロの質問に答えた。
仲間つーか部下だけどな。
どうせ奴隷の原価はタダだったし、それで忠誠心が買えれば安いものだ。
奴隷はこれからも増やすんだ。
新しい奴隷で身を守り、元奴隷で商売を広げる。そうやってガンガンのし上がってやるぜ。
〇おまけ
「で、アタシはいくらだニャ?」
「おまえは金貨一億枚だ!」
「一生ムリニャ。ご主人様は、アタシを解放する気ゼロだニャ」
※甘いのか甘くないのか。
ムリヤリ奴隷にしといて自分で買い戻させる。
でも、なぜか恩を売っているっぽくなる不思議なシステム。




