52話 奴隷の序列
「おー、いたいた」
フックを使い、山に向かってシャーっと滑っていたところ、トボトボと道を歩いているベロニカとキャロを見つけた。
せっかく登った坂をくだっている形である。
あらら、もったいない。じっとしてたら良かったのに。
「おお~い。ここだ!」
上空より呼びかけると、ヒモの高度を下げ地面に降りたつ。
「エルミッヒさま!」
ベロニカが駆け寄ってきた。
その心配そうな顔が、なんとも征服欲をかきたてる。
よしよし、あとでタップリ仲良ししような。
「ちょっと試したいことがあってな。悪かった」
ここは素直に頭を下げる。
意地を張ったところで、いいことなんてなにもない場面だ。
「いつから飛べるようになったんですか? もう、心配しましたよ」
「ごめん、ごめん。飛べるようになったのはついさっきだ。なんかフックの能力が進化してな」
俺の予想では、これでカルコタウルス狩りも効率がよくなるはずだ。
とうぜん、俺たちの負担も軽くなるはず。
「なにかトラブルが起こったのかと……。ほんとうにもう、これっきりにしてくださいね」
「ベロニカ……」
ベロニカの表情からは、ほんとうに心配したとの思いが伝わってくる。
俺の手は自然と彼女の腰へとのび、その身を抱き寄せてしまうのだ。
「くっつくニャ!」
だが、そこへ分け入ってくる者がいる。キャロだ。
両手で俺とベロニカの体を引き離してくる。
「どうしたんだ急に?」
「さあ?」
ベロニカと顔を見合わす。
いきなりワケがわからない。
つい先ほどまで、俺とベロニカの仲良しの場面を解説するぐらいだったのに。
「ご主人さまはアタシとツガイになるニャ!」
キャロは俺をズビっと指さして言った。
ん? さっきの妄想話か?
ツガイになる行為はやぶさかではないが、ツガイそのものは遠慮しおこう。
「ツガイになる気はない!」
「熱烈なアプローチを受けたニャ! 忘れたとは言わせないニャ!」
なにを言っとるんじゃコイツは。
アホの妄想などにつきあってられるか。
「忘れた! というか、そもそもアプローチなどしておらん」
「ニャ!?」
俺がキッパリ否定すると、キャロは目をまん丸にして動きを止めた。
なんかオモロイ。
こいつ表現力が豊かだよな。
「ねえ、キャロちゃん。猫耳族の発展を考えるのはいいことだけど、エルミッヒさまはそういうのじゃないから」
ここでベロニカが入ってきた。キャロを優しく諭しだしたのだ。
おお! 内容はともあれ大人の女って感じだ。
これはこれでグッとくるものがあるな。
君たち二人とも奴隷なんやでってツッコミは自重しておこう。
むしろ、そういうののために奴隷にしたんやでとは言わないでおこう。
俺だって空気を読むのだ!
ところが――
「うるさいニャ! おまえはもう過去の女ニャ! 未練たらしくつきまとっていないで、潔く身を引くニャ!」
キャロが切れた。
しかも、ワケのわからない切れ方だ。
奴隷につきまとうなもクソもあるかいな。むしろ、それが仕事じゃないか。
さすがに想定外すぎて、ベロニカも言い返す言葉がでなかったようだ。
「叩きだしてやるニャ!」
キャロはベロニカの方へ向かっていく。
「ほ!」
しかし、俺がヒモを軽く引くと、キャロの進路が180°変わるのだった。
「ニャニャ!?」
吊り上がった鼻で首をかしげるキャロ。
俺は最近フックの力加減に慣れてきた。
吊り上げずに進行方向だけ変えることが可能となっているのだ。
「おかしいニャ。地すべりでも起こしたかニャ?」
キャロはふたたびベロニカの方へ向かっていく。
「ほ!」
「ニャ~ン」
だが、またしても俺がフックで引くと、キャロはクルリと進行方向を変えるのだ。
「なんで方向が変わるニャ? それと鼻が痛いニャ」
鼻をさすりながらキョロキョロと辺りを見回すキャロ。
面白いなあ。俺の仕業とか思わないものかね?
「ババアの妖術かニャ? 人族はいつも汚い手を使うニャ」
キャロのやつ相変わらず口が悪いなあ。
「あ……」
そのとき空気が変わった。ベロニカだ。
いままで子供を見るような目でキャロを見ていた彼女が、まるで人殺しのような鋭い眼光へと変化したのだ。
怖! こわっ!
これまでの彼女を考えると、人を殺したのは一度や二度ではないはず。
まあ、冒険者である以上は、多かれ少なかれある行為だけどね。
人買いをやっていた彼女なら、そりゃあ日常茶飯事にあったことだろう。
「エルミッヒさま。ちょっと躾をさせてもらっていいですか?」
そんなベロニカが低い声で言う。
「いいよ! ただし、素手な。殺すのもなし」
すかさず許可を出す。
実はどちらが強いか、ちょっと興味があったのだ。
いざとなったらフックで止められるしな。序列をしっかりさせるにはこれがいいのかもしれん。
「ヨワヨワの人族が素手でアタシに挑むかニャ? 面白いニャ。身の程知らずを教えてやるニャ」
キャロもその気だ。
これは熱い戦いが見られそうだ。
しかし、大丈夫かなベロニカ。
猫耳族相手に素手はちょっと厳しいもんな。
彼女が負けたらやりにくくなる。奴隷を取りまとめるやつがいなくなるからな。
……まあ、なるようにしかならんか。
――――――
「もう逆らわないニャ。許して欲しいニャ」
結果はベロニカの勝利で終わった。
だが、けっこうギリギリの戦いだった。立ち技での勝負はキャロに分があった。
身軽なキャロは俊敏に動き、攻撃と回避を重ねていったのだ。
おかげでベロニカの顔はパンパンだ。
だが、もっと顔が腫れているのはキャロだ。
ベロニカはパンチを受けながらもキャロの腕を掴み、引きずり倒したのだ。
寝たままの攻防がしばらくあって、最終的にベロニカがキャロに馬乗りになった。
そこからはもう一方的。
俺が止めるまでキャロをボコボコに殴っていた。
すごいね。君たち。
俺はどっちのビンタ一発でも沈む自信があるよ。
「よし、ぼちぼち野営の準備でもするか」
いつの間にやら日は辺りをオレンジ色に染めており、やがてくる夜を告げていた。
今日は山の中腹で夜を明かすことになる。
いちおう、これで一件落着か?
しかし、移動手段を手にいれたのに、ぜんぜん進まんな。
まあ、面白いものが見れたし、いいか。




