44話 素晴らしき日
酒場の奥から階段をのぼってくるような足音が聞こえる。
たぶんあの先が地下になっているんだろうな。そこに奴隷を隠しているんだろう。
用心棒のオッサンがウソを言っていなければ、この足音は客か店主ってことになる。
あと買った奴隷もか。
いずれにしても、気を引き締めねばならん状況だな。
いつでもフックを発動できるように構えておこう。
やがて奥の扉が開いた。
出てきたのは男が一人、二人、三人……。
――いや、四人だ。
ソロゾロと連なるように歩いてきた。
素早く戦力を確認する。
身なりはあまりよくない。貧民ではないが、力仕事に従事する者といった感じでもない。
盗賊か?
薄汚れたローブの隙間から見えるのは、腰にさした短剣の鞘だ。
「あん? 客か?」
盗賊らしき男たちの一人が言った。
男たちはみな似たような格好で、奴隷らしき者の姿は見えない。
客にしては妙だな。かと言って店主でもなさそうだ。
いや、なによりもっと気になることがある。
こいつらの顔、どこかで見たことがあるような……。
「ああ! おまえは!!」
「フン!」
どうやら、向こうも俺のことを知っていたようだ。
俺はまだ思いだせないが、とりあえずヒモを引いた。トリプルフックだ。
男たちのうちの三人がぶい~んと吊り上がった。
ええっと、こいつら誰だっけな?
盗賊に知り合いなんていないハズだし。
「ふがががが」
「いでええええ」
男たちは吊り上がったまま、フガフガ言っている。
やべえ、超オモシロイ。
「て、テメー。またおかしな魔法を使いやがって」
残った男の一人が言った。
またおかしな魔法? またってことは以前似たようなことをしたって意味だよな。
う~ん、そんなことあったかな……。
「あ!」
思いだした。
借金取りのお兄さんだ!
この世界に来る前に、俺が穴に落としたやつ。
穴を避けたけど、青白い手に引きずり込まれていったあいつだ。
てことは吊った三人はその子分たちか。
ほえ~。みんな生きてたんだ。
なかなかにたくましいやつらだなあ。借金取りから盗賊にジョブチェンジしたみたいだけど、見知らぬ土地で元気に暮らしていたんだね。
あの穴、相手を殺すんじゃなくて、この世界に引きずり込む能力だったんだろうなあ。
俺も死んでないし。
「クソ、じゃまだ!」
借金取りのお兄さんは、吊った子分たちと格闘している。
俺が子分たちを吊ったままツツツと移動させ、借金取りのお兄さんにまとわりつかせているからだ。
距離をつめられたら危ないからね。
文字通り肉の壁で妨害するに限る。
ちらりとイカツイ用心棒のオッサンに目をむけた。
目の前で繰り広げられる奇妙な光景を、不思議そうな目で見ていた。
ふむ。用心棒のオッサンは、この借金取りたちと仲間ではないと。
てことは、やっぱこいつら客か。
奴隷を連れていないのは、気に入ったやつがいなかったってことか?
いや、待てよ。なにも買うだけが客じゃないか。
そうか売りに来たんだ。
盗賊らしく、どこぞで人をさらってきたに違いない。
よっしゃ、これはツイてる!!
入荷したばかりの奴隷がいるってことだからな!!
「フン!」
「ぐえ!!」
目の前のヒモを引いた。
肉の壁と格闘していた借金取りのお兄さんがぶい~んと吊り上がった。
ククク。今日はなんて日だ。
一番に新商品が見られるだけじゃなく、新たな能力の特徴に気がつけるとは。
そうなのだ。
用心棒のオッサンを見たときに気がついてしまった。
オッサンの鼻にいまだフックがついていたことを。
あのフック、トリプルフックを使っても解除されていないのだ。
すなわち通常のフックとトリプルフックは別扱い。同時に発動できるのだ!!
「もげげげげ」
用心棒のオッサンのフックを解除し、借金取りのお兄さんを吊り上げる。
結果、借金取りどもは、みんな仲良く吊り上がっている感じだ。
そんな彼らに近づいていって、フトコロをあさる。
子分たちからは、小銭を少々。そして、借金取りのお兄さんからは、ずっしりと重みのある布の袋を引っ張り出した。
どれどれ。袋の中にはけっこうな量の金貨がある。
ほほほ~い!
奴隷を売った金だな。こいつはありがたく俺が頂戴してやるぜ。
「クソ! てめえ、返せ!」
借金取りのお兄さんは、吊られながらも、なにやら悪態をついている。
へ~、ちゃんと喋れるんだ。
精神力が関係しているのかな?
ベロニカは痛くて、とてもまともに喋られないって言っていたけど。
そんな彼女も多少は喋っていたしな。
逃げるのはムリだとしても、頑張りゃ会話ぐらいは可能なのかもしれん。
「フン!」
「グゲ!」
ヒモをさらに引いた。
借金取りのお兄さんは、天井にへばりついてグッタリしてしまう。
さすがにこれには耐えられなかったみたいだ。
なるほど。ヒモを引く勢いで痛みも変わるっぽいな。
さて、こいつらどうしようか?
たしか、むかし名前を名乗っていたよな。
そうそう。ガズラファミリーだとかなんとか。
フトコロより首輪を取り出すと、借金取りどもにガチャコンコンとはめていく。
これでよし。
そうそう。ガズラファミリーって、たしかギルドの依頼にのっていたよなあ。
領主じきじきの告知依頼。
ふへへへへ。
ギルドに突きだすもよし、このまま奴隷として売り飛ばしてもいい。
ほんとうに今日はなんて日だ!!




