33話 交渉
荷馬車が到着すると、中からバタバタと人が降りてきた。
みな、剣やヨロイで武装しており、行商人というより傭兵団のような印象をうける。
う~ん、怪しい。これ積み荷はなに?
禁制品に手を出したとかで、あとで衛兵にとっ捕まるのはイヤなんだが。
「おまえら! 今のうちに休んでおけ。日暮れ前にもう一度出るぞ!」
そう声を張り上げたのは、荷馬車からでてきたうちの一人だ。
黒い革ヨロイにショートソードを腰に差すといった姿で、左の眉には刃物で切られたような古傷がある。
なかなか貫禄があるアンチャンだな。年齢は三十そこそこと言った感じか。強そうだし頭も切れそうだ。
しかし、日暮れ前にでるとはこれいかに?
すでに太陽は傾いておるぞ。どう考えても間に合わんと思うが。
なにせこちらは、さっきまで会話していたレスターを入れて五人しかいない。
俺、ベロニカ、あと小汚いオッサンが二人。働き手は実質この四人だろう。
まったく。こんな切羽詰まった状況でランク制限をするとは、依頼主はなかなかのアホじゃのう。
ちゃんと依頼料が払われるか心配になってくる。
タダ働きはイヤだぞ。どうしたもんか、そう考えてると、眉傷のアンチャンがツカツカとこちらに歩いてきた。
「レスター、聞いての通り、日が暮れる前にもう一度出……」
眉傷のアンチャンは喋りかけて言葉を止めた。
そして、次に出てきたのは予想通りの言葉。
「まさか、人夫はこれだけか?」
ですよね~。
なにせ、荷馬車はニ台。日暮れ前に四人で積み替えなど、どう考えても正気のさたではない。
にしても、この喋りくちだと、このアンチャン、レスターより偉いっぽいな。
よし、こっちと交渉するか。
「心配すんな。俺は魔法使いだ。問題ねえよ」
すかさず口をはさむ。
数人分の働きをするから報酬を上乗せしろと、コイツにねじ込んでやるのだ。
「なに? 魔法使い? お前がか?」
案の定、眉傷のアンチャンは食いついてきた。
「まあな。便利な魔法を知っている。それに、相方は銀級冒険者だ。報酬をはずんでくれりゃあキッチリ間に合わせてやるぜ」
「ほう」
眉傷のアンチャンはニヤリと笑った。
いいね。こういう物分かりがよさそうなヤツは好きだ。
交渉しがいがあるからな。
で、どの程度ふっかけるかだが……。
「そもそも積み荷はなんだ?」
まずは中身を聞いておかないとな。
それによっちゃあ、だせる金額も変わってくるだろうしな。
「ロックフィッシュだ」
眉傷のアンチャンは間髪入れず答えた。
な~るほど。ロックフィッシュ。これでほぼ理解できた。
俺がいた場所にもロックフィッシュは生息していた。
こいつらは砂漠地帯に生息するモンスターで、砂の中を自由に泳ぎ回る。
不思議なことにその身はたいそう美味で、食用として重宝されていた。
また、群れで行動し、エサを求めて場所を転々とするんだ。
ようは、どこかへ行ってしまう前になるべくたくさん取りたいわけだな。
だから商隊はロクに休まず再び出発しようってことか。
こりゃあ、少々吹っ掛けられそうだ。
「俺の名はエルミッヒだ。無事積み込みが終わったら、ひとり銀貨一枚。日没に間に合ったら、ひとり銀貨二枚の上乗せでどうだ?」
そもそもの賃金が銅貨5枚。これは依頼達成の報告とともに冒険者ギルドから支払われることになっている。
そこからさらに上乗せだ。ギルドを通さず直接もらうって寸法だ。
さて、こいつはどう出る?
「トラビスだ。いいだろう、銀貨二枚ではなく三枚支払ってやる。が、そのかわり間に合わなければ報酬はナシだ」
お! さらに上乗せしてきた。太っ腹だねえ。
だが、間に合わなきゃゼロはちょっとキツイな。
頑張ったけどギリギリ間に合いませんでしたじゃあ、骨折り損もいいとこだ。
ここはもういっちょ交渉だな。
「オイオイオイ。太陽を見てみろ、もうすぐいなくなっちまうぜ。こんなもん十人でやったって間に合わなねえんじゃないか? 間に合わそうと思ったら、帰ってきたばっかりのあんたの部下をぶっ続けで働かすことになるぜ。休ませたいんだろ?」
俺がそう言うと、トラビスは考える素振りをする。
が、それも一瞬のこと。すぐにうなずいた。
「いいだろう積み込み完了で銀貨一枚。日没までに積み終えたら銀貨三枚追加してやろう。だが、その前に魔法を見せてみろ。それが条件だ」




