32話 初依頼
「ベロニカ、どう思う?」
クエストボードを指さして聞く。
先ほどの妙ちくりんな強盗団退治についてだ。
「この告知依頼ですか? う~ん、報酬は悪くないですが、時間がかかりすぎます。潜伏場所も人数も分かっていませんし、わざわざ狙うメリットはありません」
だよなあ。
強盗団を見つけるためには、聞き込みや張り込みなど、地道な調査が必要だろうしな。
狙ったところで他のヤツに先を越されるのがオチだ。
そもそも土地勘のない俺が受けていい依頼じゃない。
「それに、受注タイプの依頼ではありませんし、もし見つけたら……ぐらいに考えていた方がよさそうです」
そーね。
ここは確実に金銭が得られる依頼に絞るべきだ。
なにせ、今日食べる物にも困ってるのだから。
「これなんかどうです? 商家の手伝い」
ベロニカが指さしたのは、商隊の馬車から荷物を上げ降ろしする仕事だ。
ザ・肉体労働。
やだよ。おまえ、底辺魔法使いの腕力ナメんなよ。
んなことしてたら、一瞬で腕プルプルだぞ。
魔法使いのジジイが、なんで杖持ってるのか知ってるか?
呪文を唱えるときに使うんじゃねえぞ。足腰よえ~から、つまずいて転ばないためだよ。
俺だって似たようなもんだ。
現に俺の持ってる棒なんて、ほんとうにただの棒だかんな。
呪文の補助じゃなくて、旅の補助に使ってるだけ。
まあ、これでも冒険者なんで、そこまでひどくないけども。
と、文句を言おうとしたところで思いだした。
そういえば、昨日ベロニカと話をしてたな。あれの使い方だ。
もっと応用がきくんじゃないかって。
ベロニカの顔を見る。
彼女はコクりとうなずいている。
なるほど、ちょうどいい機会だ。どれだけ実用的かやってみるか。
よし、この依頼うけるぞ!
――――――
「いや~、助かりました。交代の人員がいなくてずっと休みなしだったんですよ」
レスターが言った。
レスターってのは今回受けた依頼の主で、指定場所に来たらポツンと立っていたオッサンだ。
年のころは40前後。計算に細かそうで、部下から煙たがられていそうな感じ。
コヤツは商家の代表ではないが、いちおうここの責任者らしい。
レスターが言うには、なんでも、これから商隊の荷馬車が戻ってくるのだと。
その荷台から積み荷を降ろし、別の荷を積み込むのが、今回の依頼だ。
メチャメチャ重労働だ。
交易品でありがちな小麦の袋はクソ重いし、加工品となるモンスターの素材も同様だ。しかも、モンスターの素材なんて処理がザツだったら超臭いし、新たに積む水は数人がかりじゃないとビクともしないほどミラクル重い。
「短期でキツイ仕事だから、あんまり冒険者に人気なくてね。依頼だしてもほとんど来ないんですよ」
「そりゃあそうだろ。制限をかけすぎだ。依頼を受けられるのが銅以上って、そんなもん引き受けるやつなんてそうそういねえよ」
つい、依頼主に言い返してしまう。
そうなのだ。
この依頼、荷の積み降ろしの単純作業のクセに、イッチョ前に冒険者ランクに制限をかけていやがったのだ。
ある程度の実績がないと、大切な荷物を触らせたくないんだろう。
そりゃあ、分かるよ。壊されたり盗まれたりしたら、たまったもんじゃないからな。
だが、冒険者としてそこそこ稼げるやつが、こんな仕事引き受けるもんか。
引き受けるのは、食うに困ったやつか旅をしてるようなやつぐらいだろう。
そんなやつが銅以上にいる可能性は、かなり低いにきまっとる。
そもそも荷降ろしは、普通商家の者か、商隊についている護衛が行う。
それをせずに外部の者に頼るのは、雇い主になんかしら問題があるに違いないのだ。
鼻の利く冒険者は、すぐに察して依頼なんか引き受けるわけもない。
「ははは、耳が痛いです。上のものには言ってはいるんですけど」
へえ~、現場の自分は分かっているけど、上がとりあってくれないってか?
ほんとうかねえ?
「俺としては金さえ払ってもらえば、オタクのところの内情に口を挟まんよ」
金は絶対払えとクギを刺す。なんやかんやケチをつけて、依頼達成とみなさない悪徳依頼主もいるからな。
ちなみにだが、このレスター、最初は高圧的な態度だった。俺がギルドランク最低の鉄だと知ってからは特に。
だが、俺がローゼル・エルミッヒと名乗った瞬間、態度が豹変した。
貴族っぽい名前、銀ランクのベロニカより明らかにエラそうにしていることなどから、ヤバイと考えたのだろう。
それでいい。お互いにとってな。
貴族の関係者が冒険者をすることなんてほとんどないが、可能性はゼロじゃない。
万が一を考えて下手に出るのは、商人なら当然の行為だ。
なにせ頭は下げるだけならタダなのだ。タダで損害を回避できるのなら、商人にとってこれほど楽なことはない。
まあ、俺だって、商家相手にモメたくないしな。
「エルミッヒさま、来ました」
「うん、ちゃっちゃとやってしまおうかね」




