サンドフォークー7
初撃が、来た。丘を左右から挟み込む形で、先頭は騎竜兵だ。レドが指揮するサンドフォークを中心とする即席の弓隊が、矢を射かけ始める。まだ距離がありすぎて、射倒すには至らないが、足は鈍る。
「レドの奴、中々味な真似をするな」
後方に陣取って全体を指揮するダリルは、思わず呟いた。鉤縄をかけ、馬防柵を引き倒そうとするドルのサンドフォークに、予備の車軸で武装した荷車隊が応戦する。車軸と言っても中空の鉄製で、重さと強度は相当なものだ。打撃武器としては、相応に効果がある。
右辺を指揮しているのはワーパイクで、自身は常に持ち歩いている鉄の杖に穂先をつけて、短槍のようにして扱っている。元々そういう用途で作られたのだろう、即席のものには見えない。一方、左辺は多少押し込まれている。ムックルの指揮だろうか、右辺の者たちに比べると動きが鈍い。馬防柵もいくつかは既に引き倒されている。弓隊を左に回すか。一瞬頭をよぎった考えを、即座に打ち消す。確かに弓隊は混戦になってしまうと味方を射倒す恐れがあるため、使えなくなる。しかし、まだ戦は始まったばかりだ。相手にはまだ、本隊と思しき騎馬が残っている。その騎馬の突撃を鈍らせるためにも、弓隊はまだ必要だ。今はまだ、弓隊は動かさない。そう思い定めた。
ダリルとて、隊商を襲撃された経験は一再ではないが、本格的な戦のようになったことは、幾度もない。本職は軍人ではなく、商人でしかないのだ。そのため、自身の指揮には絶対の自信など、なかった。不安の中で、決断をするしかない。とにかく、相手の動きを見て、対応する。相手と違い、こちらは耐え抜けば勝ちなのだ。後はこちらの中央の部隊が、相手の騎馬を押さえられるかどうかにかかっている。中央を受け持つのはキャップが率いる、黒銀の狼団の冒険者を主体とした隊である。少なくともこちらの戦力の中では、主力と呼べる。それが崩されれば、すなわち全体の壊滅だ。
左辺が劣勢と見たか、騎馬が動いた。中央をめがけて、一直線に突っ込んでくる。次々と矢が射られ、動きを遮らんとするが、足を緩めず駆け続ける。先頭から縦列を作って走る敵の騎馬隊は、馬防柵に触れるか触れないかのところで反転し、柵を倒して駆け戻った。中央にぽっかりと、口を開けさせられた格好だ。次の攻撃のための距離を取り、再度の突撃。既に馬防柵はなく、弓隊の矢も効果を上げていない。破られる。そう思った瞬間。一人、騎馬の前に飛び出す者がいた。剃髪された頭に、遠目に見ても巨躯の男。キャップだ。
「何をするつもりだ、戻れ」
思わず口をついた言葉は、戦場までは到底届かない。両手を大きく広げ、迎え討つと言わんばかりに、キャップは立ちふさがる。蹄が、キャップを踏みつける様を、ダリルは確かに見たように思った。しかし、眼前に繰り広げられた光景は、真逆であった。先頭の騎馬が、倒されている。それに巻き込まれるようにして、二騎、三騎と倒れる。後続は何とか切り返し、残された柵をかすめてばらばらに反転した。それを見て、騎馬の後ろについてきた歩兵の動きが明らかに鈍った。ダリルとて、何が起こったのか分からないのだ、掃討のつもりでついてきた後続の歩兵たちだって、何が起こったかは把握できていないだろう。しかし、その間にキャップはさらに打って出る。キャップだけではない、黒銀の狼団の団員たちも、馬防柵の間を縫って前に出た。完全に勢いを失ったサンドフォークを、次々と打ち倒している。中央は、攻め寄せたはずのサンドフォークたちが攻められている、そういった格好になっていた。不意に、角笛の音が響く。退却の合図だったのだろう、左右両翼を攻めていた隊が退き始める。こちらの部隊も、相手の騎馬が再度突撃の構えを見せたので、馬防柵の内側に戻り始めた。
初撃は、凌げた。サンドフォークは残った者たちで、矢の届かない位置まで下がって陣を組み始めている。
「もう一撃、来るな、これは」
キャップは、どうやってあの突撃を防いだのだろう。一瞬、横道にそれかけた思考を、意図的に切り替えるため、声に出した。横に控えていた者達の顔は緩みかけていたが、その声で緊張を取り戻す。
「連中が陣を組み終えるまでに、もう一度柵を組ませろ。予備の車輪も、全部使ってしまえ。ここに陣を組むということは、必ずもう一度攻撃が来るぞ」
そばにいた人足の頭に伝える。付き合いが長く、副官のようにして使っていたが、こういう事態での動きには不満があった。指示に従うばかりになってしまうのだ。とはいえ、自分も含め、戦うことが専門ではないのだ。すべてを望むのは、無理があった。
「使えるものを使う他はない、か」
ダリルの呟きは、誰の耳にも入らず、風に呑まれて消えていった。