サンドフォークー4
「どうだ、連中の様子は」
「駄目ですね、奴ら、しっかり夜襲に対しても備えていやがる」
「バの奴らが合流して、人数も増えている。今更ですが、さっさと仕掛けた方が良かったんじゃありませんかね」
ゴル・ドル・ガルーバは不機嫌だった。時刻はもうとっくに真夜中を過ぎている。それでも、定期的に斥候を出し、獲物の動きを報告させた。まさかバの連中が、ヒュームの隊商の側につくとは思っていなかった。バの氏族とて狩猟で生計を立てている身ならば、交易などと称して砂漠を荒らす異人種の肩を持つことなど、本来ならばあり得ないことだ。その、あり得ないことが起こった。
「これ以上東に進むと、まずいんじゃないですかい? 」
「そんなことは分かってる。それより、ギンの連中はどうなってる」
「何日も前に鳩は飛ばして、応援に来るようには言ってあるんですが」
「のろまめ、何をやっているんだ、あいつらは」
砂漠での通信手段は、鳩に頼ることが多い。特に、サンドフォークはある程度決まった地域に暮らすと言っても幕舎住まいで、時に里の位置を移すこともある。その中にあって、鳩の足に文をくくりつけて飛ばせば、早ければ一日で届く。サンドフォークたちの間でも、急ぎの場合は鳩を飛ばすことが一般的だった。
今の位置からもう数日も東に進めば、東域王府の管轄に入ってしまう。そうなれば、東域正規軍の邪魔が入ることも、十分に考えられた。そのため、ゴルは同盟関係にあるギンの氏族に応援を求めていたが、未だに到着していない。そのことも、ゴルを苛立たせた。
しかし、最もゴルを苛立たせているのは、バの連中がヒュームの側についている、ということだ。砂漠の狩人の誇りなどと言っていたレドの言い分を、ゴル自身も嫌いではなかった。しかし、その誇りとやらは飼い慣らされた犬の戯言だったのだ。ならば、それを蹴散らして、真に誇りあるサンドフォークの生き様を取り戻さねばならない。
元々、黄金の砂漠はサンドフォークの生活の場だった。それが、千年前に入ってきたノームやドワーフが東域王府などというものを建て、そこからがおかしくなったのだ。北の大帝国であるザルゼリアの支援を受けた東域王府は次第に勢力を増し、サンドフォークはどんどん苦しい立場に追いやられた。しまいには、武力蜂起したサンドフォークの一族は征伐され、この砂漠での主権をほとんど失ってしまったのだ。以来千年に渡って、サンドフォークは多人種の下風に立つという屈辱に甘んじ続けている。奪われたものは、奪い返す。東域のサンドフォークを糾合し、再び黄金の砂漠の覇者としての誇りを取り戻す。誰もそれをやらないのならば、自分がやらねばならない。
「どうします、頭。俺たちだけで襲いますかい?」
「バの連中なんか、大したことはありませんぜ」
確かに、直接の戦闘でバの氏族に負けるとは思わない。連中は狩人だ。技には長けているが、命の奪い合いを経験しているわけではない。人を殺すのと、狩りをするのでは訳が違うのだ。
「分かった、決めてしまおう。明日一日は、ギンの奴らを待つ。日の出と共に、もう一回鳩を出せ。連中の尻を蹴り飛ばしてやれ。それでも動かないようなら、あの隊商の次の獲物は、ギンの連中の里だ。そのつもりで、檄を飛ばせよ」
「了解でさあ、頭」
狩人の誇りが、何ほどのものだと言うのだ。東域王府の犬どもめが。胸の中で毒づいたその言葉は、口をついても出てしまっていたらしい。部下がにわかに振り返り、何か言いましたかい、と怪訝な顔を向けている。
「何でもない。それより、襲撃は明後日と決めた。ギンの連中が来なくても、これは決定だ。明日一日かけて、各自に準備をさせておけ」
威勢のいい返事を返して、部下たちが走り出す。走ったところで、今日はもうやることなどないのだ。自分の部下の至らなさを、歯がゆく思う。岩陰の砂地に寝転び、天を見上げると、父月と娘月が互いにわずかずつ欠けている。月の光が砂漠の砂を銀色に照らし出すのを眺め、眼を閉じた。あの部下たちは明日一日、必要もないのに走り回るのだろう。戦が始まれば眠れないかもしれないというのに。ぼんやりと考えるうちにやってきた睡魔に、ゴルは身を委ねることにした。戦は、明後日なのだ。