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箱庭のレイグラフ  作者: 深波 月夜
サンドフォーク
2/9

サンドフォークー1

   一、サンドフォーク


風を裂いて疾る一本の矢が、獲物の体に突き立つ。吠えながらのたうつ獣脚竜に、続けて二の矢、三の矢が射込まれる。砂丘に赤い血を散らし、獲物の動きが止まったのを確かめてから、数人の人影が駆け寄る。

「三人で木に吊るして血抜きを済ませておけ。伝令は荷駄隊を呼んで、獲物を運ばせろ。残りの者は俺と来い。下顎群峰の方まで足を延ばすぞ。今日はまだ獲物の数が足りない」

弓を肩に担ぎ直し、レド・バ・ルッコリオは狩猟隊の面々に声をかけた。指示に従って、若いサンドフォークが駆け出す。

「いいのか、レド?下顎群峰の方はドルの連中の牧がある。あまり近づくと、後々揉めることにならないか?」

「お前、それでも誇り高き砂漠の狩人たるバの氏族の一員か。黄金の砂漠は誰のものでもない、勿論、そこに住む獲物もだ。それを狩って、何が悪い」

我知らず、レドの語気が荒くなる。それに圧されるように若いサンドフォーク、シゲン・バ・ランドルは視線を外した。

「いや、そういうことじゃないが、最近は砂漠の獲物も少なくなってきた。ドルの連中だって、気が立ってるんじゃないかと思ってさ」

「同じことだ。ヒュームの連中が遊牧だ交易だって、砂漠を荒らすのは今に始まった事じゃない。ドルの連中がヒュームを襲うのも、好きにやらせておけばいい。だが、連中が野盗に堕ちたというなら、それは砂漠の狩人としての誇りを失ったということだ。そんな奴らの心配までしてやろうとは思わん」

レドの黒灰色の鱗が、陽光を照り返して輝く。苛立たし気に尻尾が上下しているのを見て、シゲンは口を閉じた。この癖はレドの父親であり、族長のサグのものと同じだ。狩りに出る年頃のサンドフォークなら、族長の怒りが爆発する前のこの癖を、誰もが知っている。

「今日は親父殿の友人が来る。何のもてなしもできないとあっては、一族の恥だ。違うか」

「それはその通りだ。しかし、ドルの連中は最近力をつけているし」

「怖いのか、シゲン」

「怖いものか。ただ、面倒なことになりやしないか、と言ってるんだ」

「なら大丈夫だ。揉めるようなことにもならないし、面倒にもならん」

そう言うと、他のサンドフォークに手で合図を送る。矢筒を持った者や、狩猟槍を抱えた者が、準備はできています、と言葉を返す。

「よし、日が暮れるまでには里に帰れるようにする。行くぞ、お前ら、しっかりついて来い」

先頭を切って駆け出すレドは、確かに苛立っていた。サンドフォークは古くから、この東域の黄金の砂漠を狩場として暮らしている。それを、後から入ってきたヒューム共が大きな顔をするのも気に食わないし、戦士としての誇りを失って野盗働きをする同族も気に食わない。

しかし、一番気に食わないのは、それをどうすることもできない自分自身だ。バの氏族を統べる族長の息子であり、若手の中では一番の狩人だなどと持ち上げられてはいても、その実、種族や一族の将来に関わるような話に対しては、まったくと言っていいほどに無力だ。その苛立ちを振り払うように、レドは駆けた。

サンドフォークは生来力強い肉体に恵まれた、生粋の戦士だ。強靭な鱗が体を覆い、爪や牙、尻尾を持ち、その体は瞬発力に恵まれている。そのサンドフォークの中でも、レドは戦士として、狩人として、一流であった。狩猟隊の若者が半ば必死についてくるのを、置き去りにするくらいの気持ちでレドは駆けた。頬を打つ風に獲物の臭いが混じってくるまで、駆け続けた。その頃には、黄金色の砂はすっかり少なくなり、下顎連峰のごつごつとした岩があたりに広がっていた。東域の砂漠の中でも、下顎連峰の岩場の辺りには砂蜥蜴や大蠍などが多く、それを狙う地竜も多く棲む地域だ。運が良ければ、群れに出会うこともできる。そして、今日は運が向いている。七、八頭の手ごろな群れを見つけることができた。

手を挙げて、他の面々の足を止めさせる。レドはゆっくりと矢をつがえ、目の端で他の者たちが自分に倣ったのを確かめてから、矢を放った。俄かに、地竜の叫び声が岩場を騒がせる。いくらか続けざまに矢を放った後、何頭かを仕留めたのを見て、レドは矢を射るのをやめた。

「すべて殺すな、二、三頭も獲れば十分だ。後のことも考えてやれ」

その声に、乱れ飛ぶ矢の数が減る。後は逃げずに向かってくる奴を仕留めるだけでよい。そう思った矢先に、矢の雨が降った。一瞬呆気に取られたレドの目の前で、地竜の群れはみるみる討ち取られ、倒れてしまった。

「誰かと思えば、レドか。この辺りの獲物は、我らドルの氏族の物だ。縄張り荒らしとは、随分と行儀が良くなったもんだな、ええ、バの若頭様よ」

岩場の向こうから、数十人のサンドフォークの一隊が姿を現す。それは、ドルの氏族の者達だった。地竜の群れを全滅させたのは、連中か。レドは苦々しく思った。バの氏族であれば、獲物がまた狩れるように、必ず種を残す。

「ゴル・ドル・ガルーバか。砂漠は誰の物でもない。そこに棲む獲物もだ。野盗紛いの暮らしの中で、そんなことも忘れてしまったか」

「おいおい、そんなに睨んでくれるなよ、怖いじゃねえかよ」

ゴルの取り巻きが、一斉に笑い始める。下卑た笑い声が、一層癇に障る。

「まあいい、今日は気分が良いんだ。獲物は好きなだけ持って行けよ、構わないぜ」

「ふざけるな、バの氏族を馬鹿にするつもりか。少なくとも俺は、気に食わない相手から施しを貰おうとは思わん」

「まあ、そう言うな、レド。お近づきの印に、という奴だ。俺は少なくとも、バの氏族とも仲良くやっていきたいと思っている」

「野盗のような連中と、仲良くなどできるか」

遮るように吐き捨てると、ゴルはわざとらしく溜息を吐いて見せた。大きな身振りで頭を横に振ると、ゆっくりと口を開く。

「分かっていないな。俺はサンドフォーク全体の未来を憂いている。このままでは、遠からずサンドフォークという人種は衰退する。そうなっては、誇りの何のと、言っていられないだろう」

「その結果が、東域王府を敵に回すことにつながった。他の氏族のところにも、ゴルの氏族の手配書きが回ってくるようになる。それがサンドフォークの未来につながっているとでもいうつもりか」

 ドルの氏族は、元より力のあるサンドフォークの氏族のひとつだった。その力は地竜の牧を作っていることからも伺えた。しかし、ゴルが氏族の中で権力を持つようになってから、砂漠の遊牧民や隊商を襲うようになり、最近ではついに東域王府より手配書きが回ってきたばかりだった。

「東域王府のノームやドワーフが何だと言うのだ。砂漠は俺たちサンドフォークの庭だ。この砂漠で、俺たちサンドフォークに敵うはずがないだろう」

レドは一瞬、言葉に詰まった。確かに、東域王府の軍は精強だ。だが、ドルの氏族に限らず、砂漠での戦でサンドフォークの氏族が負けるとは思えなかった。

「そもそも、サンドフォークが他の人種の下風に立つということ自体が間違っているとは思わんか。古の誓約などと言って俺たちの行動を縛ろうとしているが、そんなものは黴の生えたしきたりに過ぎん。未だに千年前の誓いに縛られるなど、愚かなことだ。俺たちサンドフォークはもっと強くなり、下らないしきたりから解放されるべきだ。そのために、お前のような若い力を、俺は求める。そのお前と近づけるのなら、獲物の五頭や十頭、安いものだ」

「そうやってギンやジの氏族をそそのかしたのか。お前らについて道を誤った連中は、山程いる」

「それは見方の違いだな。俺たちは近く、大きな仕事をする。その稼ぎは、より大きな事業に繋がり、サンドフォークの未来につながるのだ。その時には、バの氏族にも手を貸してもらいたい。これはバの者にとっても、旨い話だと思うがな」

「話にならない。だが、これだけは言っておくぞ。バの氏族は、野盗には堕ちない。故に、ドルの氏族と手を組むことはあり得ない。これは、バの氏族を率いる父、サグ・バ・ルッコリオの言と思ってもらって構わない。お前ら、俺たちの討った獲物を持って、引き上げるぞ。まったくもって気分が悪い」

指示を飛ばすと、何人かがおずおずと動き始める。初めに討った二、三頭を運び出す準備にかかるバの若者を、薄ら笑いを浮かべながら眺めるゴルの態度が、余計にレドを苛立たせる。

「俺たちも獲物を持って、引き上げだ。何人か、バの皆さんを手伝ってやれ」

「いらぬ世話だ、余計なことをするな」

「嫌われたものだな。まあいい、気が変わったら、俺の方はいつでも歓迎するぞ」

「もう黙れ、ゴル。お前たち、さっさと帰るぞ。伝令は何をやっている、早く荷駄を呼んで来い」

背を向けて立ち去ろうとするレドだが、ゴルの視線が絡みついてくるのを、いつまでも感じていた。





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