神産の宮の神子さん@とある日のお仕事
神様をこの世に降ろし世界の安寧を保つ場所、神産の宮。
15未満の女と、年代問わず男は出入りが自由。
神託を受け神産となった女は役目を果たしたのち神に許可を得なければ出ることはかなわず、それ以外の女は男と触れると宮のある山の麓に神の力でふわっと降ろされる。
神を産みだすための場所。地球からここに来たボクからすると、初期は無料娼館っすよ!!へいらっしゃい!的なのを神様主導でやってんのおかしくない……?とドン引きしていたのですが、この世界というかこの場所で生活しているうちに慣れてしまいました。
自己紹介が遅れました。ボクはナト。かつては21世紀の地球に生きていたのですが、前世のボクが死んだ後にこちらの世界で産まれた異世界転生者です。
ボクはこの宮で産まれた神以外の子供、神子と呼ばれる子供達の一人として生を受けました。
神産の皆さんは神を産むのに特化している半人半神と化しているため、神として成立しなかった子供も神の声や意思を感じ取ったり、精霊を通して自然の状態を理解したりする特殊能力を持って産まれてくるのです。
ようは、神様が直接産まれなくても神の端末となりうる存在が産まれるんですね。
ボクがなぜあなたたちを感知しているのかも、今ので説明がつきますね?
そう、神様が『ナトちゃんに異世界からの目が向くよ』と教えてくださったからです。導入に丁寧な説明は必要不可欠ですので、事前に原稿を作ってそちらを意識として流すことでナレーション化しております。
この後は日常を送りますが、いつどこでだれと会うか毎日定まってるわけではないので口調などが崩れることもあると思います。ご了承ください。
ボクの朝は、神子たちの寝室からはじまります。神産の皆さんには個室がありますが、その子供であるボクたちにはそんな贅沢なものはありません。ここで産まれた神子たち――基本的にはみなきょうだいとして扱われます――の部屋がいくつかあって、そのどこかあいてるベッドで勝手に寝て、起きます。
母と同じ部屋にいったりそこで寝るのは勝手ですが、男の人が来た時に我儘言って追い返せるのは赤ん坊からよちよち歩きに進化するぐらいまでです。
そのぐらいまでなら、母親としての役目を優先しても仕方ないと流されますが、本来の神産の皆さまの役目は神の肉体を用意することですので、神の肉体の素を仕込む作業は最優先事項となるのです。
ですので、本当に母が必要な場合以外は兄姉たちが積極的に赤子や幼子の面倒を見ることになります。男の人が神産さんの部屋に行くのに子供がベッタリだったりするときに、神様から指示を貰うので遊びに誘う形で連れ出すのです。
ええと、それで朝の話なのですが、思い思いに顔を洗って身支度……といいましてもこの宮は神の魔法で守られているので、この宮の中で作られた布はその人の体に適切に沿うし常に清潔なので着っぱなしでいいので……皺をととのえたりなどをして、宮の中に植えられた木から勝手に果物を取って食べて……あとはやりたい人が勝手に掃除してみたり果樹や布作りに必要なものの手入れをしたり、気まぐれに何かします。
本当に必要な時は神様から指示が出るので、それが無い限りはめちゃくちゃ平穏です。
ボクが見られる意味があるのかどうか疑問に思う程度に、ここに住む神子に日々のお役目的なものはありません。ちょいちょい神様からおつかいを言いつかるだけという感覚です。
ちなみに外に出る神子はいろいろと大変だそうです。母の実家を継ぐためという人の世を回すためのお役目だったり、直接神様を派遣せずとも神様の力を土地に与えるための神殿や教会の建設やら運営だったり。あるいは外に願いを見出し己の意志で後ろ盾のない世界へと旅立ったり。ともに育った兄姉弟妹たちの多くが、己の使命や願いを得て神産の宮から多く出ていきました。
もちろん、ここで死ぬまでのんびり過ごす神子もいます。ボクはここから一生出ないタイプの神子です。
『ナトちゃん、せっかく見てもらってるのにいつもみたいなのんびりでも困ると思ってない?』
あっ、神様。
皆様ご紹介します、こちら風の神様です。神様はたくさんいらっしゃるのですが、ボクが最も声を受け取りやすい神様はこちらの方となっています。
『ご紹介にあずかりましたイェーイ』
こんな感じの方です。今や遠い前世の記憶だと、風は自由のイメージで創作の文脈に使われていた気がします。良くも悪くもそのような感じのお方です。
ところで何でしょう神様。何かお仕事ですか?
『うん。近々ね、僕の定期降臨の時の神産となる子がここに来るんだよね。その子の部屋を用意したいから暇そうな子に声かけて一緒に部屋の準備してくれない?』
このような感じでお仕事があるときは神様の指示が入ります。仕様書などを送り付ける仕組みがありませんので、神子に都度都度神様が指示を出す形になるんですね。
で、部屋自体はどこも清潔そのものです。寝具も神産さんの好みに合わせていいかんじになります。
……準備と言ってもすることは、部屋の持ち主を示す表札などをつける程度でしょうか。
『そうだね。あとは事前に送られてくるその子の私物とかが昼前に麓につくはずだから、それを協力してくれる子たちに部屋に持ってくるように伝えてほしいかな』
了解です。
というわけで、まずは自分が神様から指令を受けてることを示すために魔法で目印を付けます。必須ではないのですが、無いとほかの仕事の手伝いを頼まれたりしますし、協力者を募るのにも便利なのでやっておいて損はないです。
現時点で神の指示を受けた神子の目印は、数千年ほど前に異世転者が持ち込んだ天使の概念が宮の中で流行ったことから頭の上あたりに光輪をつける形で定着しています。いつかまた何か別の概念が流行ったら、そちらの形になったりするのでしょう。
目印をつけ終わったら、今度は協力者探しです。目印のない神子のうち、麓に行って荷物を持って帰ってこれる体力か魔力のある子を狙って声をかけます。
「あ、第一神子発見です。リリカー、麓に届く荷物を取りに行ってくれませんか?引き受けてくれるならリリカがお友達を連れていってもいいですよ」
「えっ!?麓に行く用事あるの?!」
「はい、近々新たにはいる神産さんのお部屋を用意するんです。私物が今日の昼前に麓に届くそうなので、それを……神様、どのあたりの部屋にするんですか?『3階の月の間にしよっかな』3階月の間にもっていってください」
「わかった!じゃあ、体力あるからマナとルルと……麓に行きたがってたから、ミナやコリスにも声かけていい?多すぎる?」
『んー、少し多いけど大丈夫だよ~。どうせ麓で何か買い出し頼まれちゃうだろうし、そっちの荷物持つ子もいたほうがいいもんね』
「予定されている荷物に対しては多いそうですが、麓に行くと言えば買い出し頼まれるだろうしそっちの人手ということでOKらしいです。ボクは皆さんが荷物を持ってくるまでに、表札などの準備をしておきます」
「やったぁ!じゃあ、さっそく声かけて行ってくるね!」
「気を付けて行ってらっしゃーい」
友達の多いリリカが真っ先に見つかってよかったです。
あ、ちなみになぜ麓に神子が荷物を取りに行かねばならないのかですが……この宮が建つ山全体に神の加護があるのですが、その中に神属性の魔法以外の大型魔法を解除するというものがあるんですね。これは細かい魔法を複数組み合わせたものにも適用されます。
で、大抵の乗り物や荷物を運搬するための車の類は容量を多くしたり動きをよくしたりするために魔法と物理技術を組み合わせて制作しているわけですが……それだけならまだしも、この世界ではわけあって細かいネジなどの部品が作りづらいため結合や各種機構に近い効果を出す魔法を合計すると車両1つに対して使用される魔法は100をこえてしまうんですね。魔法の塊として認識されて車両が山中で解体されてしまうわけです。
なので、荷を持ち運ぶためには物理だけで組んだ手押し車などを使ってえっちらおっちら山道を往く必要があるんです。神子が担当するのは、単純に外に興味がある子たちが遊び半分で降りる口実です。
では、次の作業にうつりましょう。3階にある月の間に表札をつけます。あ、部屋の呼び方は地球で言えば3階の南西の部屋、ぐらいの感じなので特別な意味はないです。
下準備として、倉庫に寄って表札の素材となる板と、それに名や意匠を彫り込むための小刀を持っていきます。
そういえば神様、いらっしゃる方のお名前は何というのですか?あと好きなものがあればそれを彫ってあげたいのですけれど。
『マリアステラちゃんって子でねー、貴族の子だよ。一番好きなのはイサガナ草の花だけどちょっと事情があるっていうか、こっちに馴染むまでは星の意匠だけ彫り込んでおいて。ちょっと余白残しておいてくれたら僕が産まれた後に花も彫っていいか聞くから』
あ、はーい。
この世界はかなり性にオープンなタイプの世界ですが、純潔性がないがしろにされているわけでもないと言いますか……不特定多数と大っぴらに性交渉してるのを吹聴したりするのは下品扱いされますし、貴族とかだと子が誰の胤かってのは重要だったりするので……貴族のお嬢さんが神産さんになるときは慣れるまで苦労なさるそうです。
庶民であれば恋人で夜をそういう意味で過ごすのはよくあることらしいのですが、貴族だと婚姻まで純潔保つのが礼儀だったりするそうで。男性は割と早々に実技を叩き込まれるのですが女性は旦那様との初夜をむかえるまで座学一本だそうです。ここは実際にそうだった神産さんたちから聞いたので間違いないでしょう。
『ナトちゃんは思考で解説しながらもちゃんと星とイサガナ草の花どっちにも合いそうな板選んでるのえらいね』
マルチタクスができるボクですので!
さて、素材も道具も選び終えましたので件の部屋へと向かいましょう。この宮は複数の人々が生活するため、広々としています。そしてその間の移動を一瞬で済ませるための転送魔法がこもった陣があちこちにあるのです。神子の部屋と倉庫は近いので徒歩でしたが、3階の月の間はちょっと遠いので転送陣を使います。
ここにある転送陣は、壁に扉のように描いてあります。それに神属性を使える者が触れて、いきたい場所を思い浮かべれば最も近い転送陣とつながって通り抜けられるようになるのです。ボクのことを見ているあなたが日本人ならば、どこでもドアを思い浮かべてくださればだいたいそんな感じです。どこでもドアが想定できないタイプの地球や地域でしたら、鏡から異世界に行くタイプの創作を思い浮かべてくだされば良いでしょう。
転送陣を抜けてから円形にぐるりとめぐる廊下をちょっと進めば、月の間の入り口につきます。
ボクはその手前に座り込んで、星と名前を浮彫として彫り込んでいきます。暇な神子は手元を動かすだけでできる細かな作業でよく遊んでいるので、ボクもこのテのことは得意です。もちろん人によって好きなことは変わってきますから、剣技の練習をしてたり、絵を描いていたりという広く場所を使う行動をしている神子もいます。
狭いところでちまちまできる作業が神子の遊びで一般的なのは、外から来る人や神産さんの行動を阻害しないためにいつの時代かの神子が気を使いだしたのがきっかけらしいです。ちなみに成果物は身を守るお守りとして人気があったりするので、神産さんと交わらずに神子の作ったものを求めてくる人もそこそこいます。
神子視点ではそういうのにお金いらないんですけど気持ちだからと言って皆さん置いていかれるので、外の食べ物や物質を求められた際の資金として倉庫の一角に袋に詰めて置かれています。なんなんでしょうねあれ。
『ああいうのってさ、託した願いが本気であるだけ応えるもんなんだけど、神子の手を離れて別の存在の所有物になった時点で応じる度合いが決まっちゃうんだよね。だから、守りに本当にすがる気持ちを持つために身銭を切る人が多いんだよ。お金なくても遠くから神子の品を求めてくればその時点でめちゃくちゃ有用なものになったりもするよ』
そういう仕組みだったんですか。ボクらにとっては手遊びなんですけど。
『神子が完成のために時間と手間をかけたって時点で神属性がある程度うつるからねー。まあ、この辺を解説されたことのある神子以外はしらないだろうし、外から来る人もなんとなく感覚でそうしてるだけだと思うよ。そしてその感覚は正しいものだから、素直に受け取ってあげようね』
はーい。
コリコリと板を削り続けて3時間ほど。外周に花の入る余地を残しつつ、マリアステラさんのお名前と星々の意匠を彫り込んだ表札が完成しました。
ちなみに木くずはボクの服で受け止めることで、常に清潔になるという仕様を利用して消去しています。便利だけど地球の物理法則知ってるとどこ行ったんだって感じで怖いですね。
あとはこれを入口のドアに取り付ければ、ボクの作業は終了です!
「……あとは、リリカたちが持ってきた荷物を中に運び込めばおしまいですね……ふぁ……」
神様が気を利かせてくださったのか、心地よい風がどこからか流れてきていました。
程よく暖かい空気と、ひんやりした床と壁。だれがどんな風に歩いても神秘によりつややかさを保ったままのそれらに身を預けていると、どうしても、さっきまで根を詰めてたのもあって、眠く……ねむ……リリカたちは多少遊んでから戻るでしょうし……お昼寝したっていいですよね……
――そうして、ちょっとだけのつもりで寝たらしっかり翌朝まで寝てしまい、荷物を持ち帰ったリリカたちに部屋に運ばれたことを知ってボクが恥ずかしさにのたうち回ったのはまた別の話――
つ、次はちゃんとご案内しますから!ボクがポンコツだと思わないでくださいね?!