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ヴィルフィンダー氏、町に行く

【明日とあさっては休日とさせていただきます。所長以外、所内立ち入り禁止】


 急遽張り出された告知に、俺を含む研究者たちがポカンと口を開けた。

 俺、ヴィルフィンダー・ヤズムの所属するアズマ国立スライム研究所は普段であれば研究者たちに定められた休みは無い。しかし何の気まぐれかたまにこのような告知が出てくることがあり、そういう時は研究員もその他職員も全員研究所に一時的にはいれなくなる。

 とはいえ不定期且つ今回は3年ぐらい間が空いていたため、俺も含めて休日告知を見て研究職の面々は

しばらくフリーズしていた。


「……みんな、どうかしたの?」

「おぁっ?! なんだツムギか。数年ぶりに休みの日ができてみんな困惑してただけだぞ」

「へぇ~    数年ぶり?!」


 流しかけてからツッコミを入れるのは、数日前に研究所のスライム養殖槽に突如出現した異世界転移者のツムギ。

 俺の前世と同系統の世界からやってきたのが明確なため、俺が基本的に面倒を見ている。


「そう、数年ぶり。用事あるときは外出申請出して出かけるだけで済んでたからな……」

「あの疲労が取れるスライムがいるから……?」

「あいつができてからは帰宅したり仮眠するやつがいなくなっただけだなあ。みんな研究好きだし……あっ」

「ん? どしたの?」

「お前もたぶん明日明後日ここ立ち入り禁止扱いになるな。どうしよう」

「えっ?!……あっ!本当だそう書いてある!?」


 異世界転生だと言語はちゃんと学びなおすことになるけど、異世界転移だと基本的に翻訳スキルが付与されるらしい。

 ツムギ側は俺が日本語でも西大陸共通語でも話が理解できるし、同僚たちもツムギは聞きなれない言葉を話すけど理解はできる状態らしい。日本語もこっちの言葉も知ってると不思議感をあまり味わえなくて損だなと思った。

 一方で、文章は理解できるが書くものに翻訳が効かないのも判明している。なので、ツムギには治験と併せて西大陸共通語の文法参考書と単語集を与えて書く方の練習を課している。

 外に出るにしてもここで働くにしても、書類書けないと困るからな。


「ツムギさんだけじゃないですよ~!僕だって研究室に入り浸りでいいから家や部屋を持ってないんですよ!?二日もどうしろって言うんですか!?」

「明日からって書いてるから実質3泊は外で泊ってこいってことだよねコレ~。やー、野宿グッズのメンテしてないからどうしよっかな~」


 そしてこの研究所の研究員たちは俺を含めて研究所内で食事以外の全てを済ませているため、毎度のごとくこうなる。


「……前日が実質休日のための準備みたいになるのも毎度のことだし、素直に今日は宿を探しに行こうか。ツムギ、お前も今日はそれでいいか?」

「うん。一人じゃ手続きできないし……メンタルケアのスラちゃんは持ち出し禁止って言われてたから、仮眠室に置いてくるね」

「おう、じゃあ出かける準備できたら玄関ホールに集合な」


 一旦部屋に戻るツムギを待つため、研究所の玄関ホールに向かう。

 俺は来客用の椅子に腰かけ、研究所職員に配布されている個人用クリスタルで外出申請を俺とツムギの二人分出しておいた。

 ツムギの現在の立場は、治験のための臨時等級外職員となっている。治験期間が終わったあとは、外に出るつもりなら来客扱い、ここに残るなら受付や研究施設の清掃などの研究補佐にあたる2等職員の地位をあてがう事になるだろう。研究に興味を持つ場合は、2等職員やりつつ暇になった研究員や所長が勉強を見るつもりだ。

 ……このあたりは一度説明したけど、ツムギにとっては一度に大量に流れ込んだ情報の一つだから覚えているかは微妙だろうな。治験後半と終盤にまた説明の機会を設けようか。


「おまたせー!」

「早いな。もう出ていいのか?」

「うん、大丈夫。必需品は持ってるからこのまま外に泊まることもできるよ」

「万端だな。じゃあ行くか」


 ツムギを連れて、研究所を出る。こいつを連れて町に行くのは、住民手続きと生活必需品をそろえるとき以来で、2回目だ。

 森の奥深くにあるため、近くの町に出るには少し歩くことになる。ここは野生の魔物なんかも出るが、基本的に弱いのでこちらが複数いると分かれば襲ってこない。

 つまり、必然的に複数人連れならば会話をして数がいることをアピールすることになる。


「じゃあ、複数アピールかねて雑談しながら行くぞー。前回はほかの職員もいたし、ツムギの事を聞くのに終始してたな。ツムギから俺とか研究所に対しての質問とかある?」

「質問……ちょっと思ってたんだけど、もしかしてヴィルフィンダーさんは前世で私と会ってたりする……?」

「しないなあ。でも、多分考えてることはわかるぞ。お前の近所の兄ちゃんって人に雰囲気似てるとかその辺のこと思ったりしてたんじゃないか?」

「そう。似てるなーって思った」

「だろうなあ。俺もツムギが幼馴染に似ててビックリしたからな。名前や特徴がちょいちょい違ってて別人だなってなったけど」


 ……これは俺の仮説だからツムギには言わないけれど、異世界転生ならびに転移してくる連中は同じ星から来ていても、それぞれ別の可能性から来ている可能性が高い。

 以前、興味をもって地球から来た異世界人の話をまとめたことがある。そしたら、それぞれ歴史の詳細がちょっと違ったり、俺の記憶と違う内容の話が混ざったりしていた。

 だから、俺の前世が過ごしていた日本とツムギのいた日本もおそらくパラレルワールドの関係だろう。そして、俺とツムギの"お兄さん"、ツムギと俺の幼馴染、このあたりはおそらく並行世界にいる類似存在的な感じだと思う。

 聞いた地名がまんま地元だったからな……けど、この辺はまあいわなくていいだろう。所詮仮説だし。


「何より、俺は自分の幼馴染助けようとして死んじゃったからなあ」

「そうなの?」

「うん。俺の幼馴染の方は我慢せずやり返すっていうか先生とかにハッキリ訴えてさ、いじめエスカレートしたんだよ。そんで、なんやかんやあって」

「なんやかんやは聞かない方がいい感じのやつ?」

「聞いてもいいけど最終的に俺が死ぬだけだからなあ。死んだあとどうなったかもわからんし、ひたすら幼馴染が嫌な目にあってて俺がそれを何とかしようとしてたけど実を結ばなかっただけって感じになるから、なーんもスッキリしないタイプの話になる」

「ならやめよっか  話変えるけど、町に出たときに気を付けたほうがいいこととかある?前出た時はもう連れられるままだったから、私が自分から喋ることなかったんだよね」

「注意点か~……なんかあったっけな」


 少し考える時間を取るため、言葉が途切れる間だけ魔物避けの鈴を多めにチャリチャリ鳴らしておく。

 1分ほど考えて、言っておかなくてはいけないことに気づいた。


「ツムギ、この世界は下ネタに寛容どころか割と平気でその手の話題が出てくるから、無理だなと思ったら苦手ですってちゃんと言った方がいい。いえば相手もわかるけど、天気の話題並みにエロの話が出てくる」

「……ほわい?ゴメンちょっともっかい言って?理解できなかった」

「その辺の人と普通に雑談しようとしたら、天気の話題並みにエロの話題が出てくる」

「……研究所の人たちそんなことなかったけど?」

「研究所は性的な性交よりも実験の成功の方が大事だしスライムトークが天気トーク並みに強いっていう特殊環境なんだ」

「そんなにエロのことで頭いっぱいなのこの世界?」

「それを説明するために確認しておきたいんだが……ツムギはここが、今でもそこそこの頻度で神が地上に働きかけるために降りてくる世界だっていうのは知ってるよな?」

「うん、聞いたことある。所長も確か神様の子孫なんでしょ?」


 ちゃんと覚えてくれているようで何よりだ。世話になる相手の情報としてもきちんと残っていたんだろうな。


「ああ、そうだ。どうやって神が地上に降りてくるかっていうとだな、自分の分身を普通の子供と同じように産んでもらうことで降りてくるんだよ。で、産まれるための肉体を作る作業もまた普通の子供と同じようにするわけだ」

「……子供の魂を乗っ取る感じ?」

「いや、最初から神様として産まれる。母体を介さない緊急的な分身派遣もできるらしいんだけどさ、前に会った神様にそっちの方が好きなとこに好きな場所に行けて都合よくないか聞いたら、それめっちゃ効率悪いらしい」

「神様に会ったことあるの?!」

「あるある。異世界転生者だって家族に言ったときさ、ちょうど近所に仕事に来てた神様がなー本物かどうか鑑定したげるよって感じで会いに来たんだよ」

「ほぁー……そこそこエンカウントできるんだ神様」

「年に一人か二人は分身降りてきてるはずだからなあ。ちなみに同じ神様の分身が同時期に降りてくることもあるらしいよ」

「気軽~」

「まあ、この世界めっちゃ広い上に増えたり減ったりするから複数人降ろしても普通に忙しいらしいけど」

「世界が増減するの?」

「するする。減った土地補填するためにたくさん神様降ろさなきゃいけないときとか、神様が産まれてくる土地周辺の男性に協力願い出るらしいぞ。神産(かみうみ)っていう神様を産む役目を負う女性に種仕込んでくれーって」


 神様直々に性交要求が出ているということを話したあたりでツムギの顔がスンと真顔になる。

 会話が止まったからと俺が魔物避けの鈴を鳴らすと、それにつられたようにツムギの思考もまとまったようだ。


「…………あっ!そういやこれ下ネタがめっちゃ普通に話されるよって解説だったね?!そういう事ね?!!」

「そういう事だぞ。神話と地続きどころか神がめっちゃ活動してる世界で、神が地上に降りてくるために最も使用される手法が子供として産まれてくることだから、子作り関連の話題は秘匿されるどころかオープンだし個人差あるから困った時の話題にしやすい天気並みの基本会話になるわけだ」

「なるほどー……いや、なんで? だからって下の話平気でするのは違くない?」

「俺に言われてもな……ただまあ、あまり得意な話じゃないって人もいるにはいるし、とくに異世界から来てるとそっちとのギャップで戸惑う人もいるから、無理なら無理って言っていいんだ。そもそも相手は不快にさせない程度のただの雑談のつもりでぶっこんできてるんだから、別の話題がいいっていえばよほどのことが無い限り天気の話題とかに切り替えてくれるぞ」

「なるほどね。とりあえず私は天気の話題の方がいいな」

「俺もスライム研究の話題とかの方がいいな……っと、そろそろ森を抜けるぞ」

「話してるとあっという間だったね。内容はアレだったけど」


 森と町を隔てる隔壁にたどり着いた俺たちは、門の向こう側にいる門番に存在を知らせるため呼び鈴を鳴らす。

 魔物の悪戯ではないと小窓から確認した門番に案内されて門を抜けた俺たちは、休日の準備のためにまずは宿屋に部屋があるかを尋ねに行った。

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