アカガネツムギ は 現世グッバイを試みた
「……さようなら、お父さん。さようなら、お母さん。さようなら、犬のペロに猫のミーにおじいちゃんおばあちゃんそして近所のお兄ちゃん。みんなみんな、どうか先立つ不孝をお許しください――というか私を引き留められなかったんだから私が死ぬことぐらいは見逃してください。ていうか見逃せ」
身勝手な自覚はあるけれど、人生が嫌になったので身投げをすることにした。
前々から考えていたわけじゃなくて、ぶっちゃけ嫌になったのはついさっきだ。
アカガネツムギ14歳。小学生の時はそこそこ順風満帆だったはずなんだけど、中学になってからなんか知らんけどイジメの対象にされてしまった、よくある生贄羊の女の子。それが私だ。
両親に相談した。祖父母にも相談した。幼馴染で大好きだった人にも相談した。でもみんな脳味噌筋肉でできてんのか?って感じの"やられたならやり返せ"って返答だった。
直接殴られたりとかじゃなくって、無視とか陰口とかそっちだったからなー……殴るとこっちが一方的に悪人にされるのがわかってたし出来なかったんだよなー……そういう細かい話しようとするとめんどくさそうにされたの辛かったんだよな~~~~!!ということをフェイク遺書にしたためて、居間のテーブルど真ん中に置いて、夕方に黙って家を出て近所の橋の欄干にもたれかかってはや数時間。
私としてはかまってもらいたかっただけなのだけど、充電がしっかりあるし圏外にもなってないスマホにはまったく連絡が入らないし、焦って周囲を探そうとしたら絶対見つかるはずの場所なのに全く通りかかる気配もない。
心配されてないんだなあ。それがわかってしまって、なんかもう嫌になった。
別に学校でいじめられてても、助けてほしいって言ってる私に寄り添ってくれれば私は我慢できたのにな。
もたれかかっていた欄干によじ登り、自分が認識していた以上に疲弊した身体を重力に任せる。
頭から落ちてるから、下の川に落ちたときにきっとそのまま死ぬだろう。
さようなら。さようなら――
「――っていうのが、私がこっちに来る直前の出来事ね」
「重いのか軽いのかハッキリしてほしい」
私は死ななかった。
水深が浅い川に頭から落ちるんだからまあ死ぬでしょ……と思ってたら、水よりももっと粘度が高くてクッション性が高いものの上に落下してそのまま包み込まれた。
その時は何がおこっているかわからなかったけど、直後にそこから引き上げられ周囲の様子を見たときに、異世界に来ちまった事を理解した。
「死ぬ気だったからさ~、まさか生きてる上に別の世界に来ちゃってるのに気づいて慌てたわ」
「こっちもスライム養殖槽にいきなり人が出現してビビり散らかしたんだよなあ。衣服から地球からの迷い人だってわかったからよかったけどさ」
「異世界転移して最初に遭遇した現地人が異世界転生者だったの、控えめに言って幸運だと思うわ」
転移直後はなんやかんやゴタゴタしてたし、私は寒空の下ずっと立ってた疲れと状況による混乱であっという間に意識を手放したので、結局私が落っこちた場所の人達と私が互いに状況を理解するのに3日程かかった。
今は私の今後を決めるための面談中である。
担当してくれているのはスライムの中から引き上げてくれた人であり、地球からこの世界に異世界転生してきたというヴィルフィンダーさん。なんか顔が濃いめの種族らしくて、私の視点からではイケメンなのかフツメンなのかブサイクなのかよくわからない。とりあえず彫りが深い。
「せやな。あー、そうそう、一応今のこっちに来る経緯聞いて、すでに一人で行動させるのはナシになってるからそのつもりでいてほしい」
「なにゆえ」
「自覚ないだろうけど心療内科とか行ったらそのまま鬱の診断とか下ってたと思うぞ。精神的に健康じゃない上に自活スキルがない人間が一人で生きていくにはこの世界向いてないからな」
「えぇ……そんなことないと思うけどなあ」
「そんなことっていうのが精神的健康にかかってると思って返すけどな?そんなことない人間は自殺が視野に入らねえんだわ」
「ぐう」
「ぐうの音出せば譲れるってもんでもねえんだわ」
反論したくてもぐうの音しか出ない。
そもそも何を反論したいのかもよくわかっていない。
「知らん人の世話になるのは気になるかもしれないけど、しばらくこの施設の仮眠室で過ごしてもらおうかと思ってる。昨日一昨日居た部屋な」
「いいの?仮眠室ってことは働く人が使うんじゃない?」
「もともと数部屋あるし……あと、この施設スライムの研究と養殖をしてるんだけど、研究スライムの中に疲労を取るやつがいるからみんな寝ずにそいつに疲労食わせてぶっ続けで仕事してんだわ」
「そのスライム、戦前あたりの日本で売られてた薬品の成分出してない?」
「疲労がポンみたいな不健康なやつじゃないですぅー!!!っていうかそのノリでの名づけは俺が全力で止めた!!日本から来る異世界人に絶対変な目でみられるから!!」
「……疑問に思われて困る程度にいるの?異世界転生とか転移の人」
「うん、いるよ。ちょっと話それるけどせっかくだし説明しようか」
ヴィルフィンダーさんの説明が入る。
この世界には、おおよそ一万人に一人ぐらいの割合で異世界転生・転移の人がいるらしい。日本で言えば一つの市に5人ぐらいは居る感じ。なんか思うほど珍しくないなそれ。
その中でも地球由来の異世転者が半数以上を占めるうえに、この世界自体がめちゃくちゃ広くて人口も多いので元日本人も一つの国に3~4人ぐらいはいるそうだ。
「珍しいけど気負うほど特別ではない、ぐらいの感じだな。でも珍しいは珍しいし、別世界の話を聞きたいって人も多いからウケはいいぞ」
「なるほど……」
「じゃあ、解説終わったところで話を戻すんだけど……精神的に疲れてるっぽいから、スライムメンタルケアの被験者もしてくれると互いにお得だと思うけどどう?もともと治験募ってるからその枠に入らない?それで健康になれば外に出るためのめども立つし、先立つものも用意できるしさ」
「……ありがたいけど、それ私めっちゃ迷惑かけてない?」
「新しい場所に来た時にいきなり自活できる奴なんてそうそう居ねえんだから気にすんなって。ちなみにだけど、自活してるつもりが人の所有地で好き勝手してて山賊扱いでしょっ引かれるなんて事件もあるぞ」
「うわぁ ホント私が落ちてきたのここで良かった」
「それな」
せっかくの幸運を無駄にしないためにも、と言われれば否とは言えず。私はスライムメンタルケアとやらの治験を受けつつ、この施設の仮眠室に住む事になった。
面談を終え、私の部屋となった仮眠室に戻りベッドに仰向けに寝転ぶ。
このことが世界を救ったり、ましてや何かを大きく変えることはないだろう。変わるのならばそれはきっと、私の心の持ちようぐらいのものだと思う。
「……涙、出ないな……」
指摘されても自覚のなかった精神の疲れを、異世界に来てもう会えないはずのみんなをちゃんと想えないことで自覚する。
この状態から、いつかひどく後悔して泣ける日が来るんだろうか?それはきっと、明日からはじまる治験次第なんだろう。
……とりあえず、今は、ベッドから出る理由が特に思いつかない。
私は脳内にぐるぐると回る良く回らないことを、よくわからないままぐるぐると回し続けて時間を潰した。