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ただのデータでしかない我々が、滑稽にもがくこの世界

作者: 数多或

あなたもわたしも、仮想現実に生きるただのデータ。気楽に生きていきましょう。

 日本。都内。六畳ワンルームに置かれるシングルベッドは、ダブルかと錯覚するような圧迫感を放つ。その上、ではなく下で寝ている男が一人。床で寝落ちしたのか、ベッドから落ちたのか判別はつかない。

 

 そして、その部屋には他にもなにかがいた。テレビの砂嵐のようなものが、人型の影をなしている。寝そべる男を見下ろすように立っていた。

 

 「コマンドが確認されたから来てみれば、やっぱりただのアバターか。なんでアバターにも反応するようになってんだよ。早く修正してくれって」

 

 影がぶつぶつと文句を垂れる。眠りが浅かったのか、男はそのわずかな音にも気づいた。むくりと体を起こす。

 

 「うるさ」

 

 男はボソッと呟きながら、目を擦った。

 

 「あ、起きたんだ」

 

 「誰!?うぇ、なに!?」

 

 上から声が降りかかり、男は初めて影を認識した。ジタバタともがき、正体不明の物体から距離を取る。

 

 「ははは。そんなに驚かないで?怪しいもんじゃないさ」

 

 先ほどとは打って変わって、影は愉快そうな口調。

 

 「お、お前は何なんだよ……」

 

 異常事態にも関わらず、男は努めて冷静に状況を把握しようとする。

 

 「まず状況確認とは、なかなか見所があるね。えーっと、固有名はササキユウか。よろしく、ササキユウ」

 

 一人で話を進める影に、ササキユウと呼ばれた男は唖然としたまま。しかし、影はそれを意に介さない。話を続ける。

 

 「あ、怪しい者じゃないって言っておきながら、この姿じゃ怪しいよね。こんなのでどう?」

 

 言い終わるや否や、影が姿を変えていく。さながら、魔法少女の変身シーンのようだ。変身を終えた影は、どこにでもいそうな男へと姿を変えた。

 

 「どう?向こうでの僕、コウタロウなんだけど。あ、服はこの世界の一般的なものに合わせたよ」

 

 「百点満点で六十点ってとこかな。……でさ、お前は何者?なんで俺の名前知ってんの」

 

 男は、律儀にもコウタロウからの問いに答えた。そして、数分前にした質問を繰り返す。

 

 「えー、随分辛口なんだな。ま、アバターからの評価なんてどうでもいいけど」

 

 「さっきから聞いてるんだけど。お前、なに?もう名前を知ってた理由はどうでもいいから、目的教えろよ」

 

 一向に答える素振りのないコウタロウに辟易としながらも、めげずに質問を続ける。

 

 「さっきコウタロウだって言ったでしょ?あー、話すの面倒だな。ちょっと失礼」

 

 アバターに失礼もなにもないか、と言いながらコウタロウは手を伸ばし、男の頭を鷲掴みにした。

 

 「うわ!やめろ!殺す気か!?」

 

 突然の出来事に慌てる男。暴れてコウタロウの手から逃れようとする。しかし、コウタロウの力が強靭なのか、それとも男が貧弱なのか、はたまた他の理由か。コウタロウの手が男の頭から離れることはない。

 

 数秒後、男の抵抗は止んだ。だらりと腕が垂れる。それを見てか、コウタロウも手を離す。

 

 「なにこれ?」

 

 男は俯いたままぽつりと一言漏らす。

 

 「今ので僕のことはわかってもらえたよね。僕の意識をササキユウのデータにアップロードしたんだ。久々の会話だったからさ、ちょっと面倒くさくなっちゃって」

 

 「言っている意味がわからない。さっきのが、意識をアップロードってやつなのか?それに、俺のデータって?これ夢?だとしたら明晰夢ってやつか?」

 

 意味がわからないと言いつつも、何か心当たりがある様子の男。今起きていることは夢なのだと、自分を落ち着かせようとするようにも見える。

 

 「ササキユウ、キミ面白いこと言うね。キミたちにとって現実というのは、夢のようなものかもしれない。その点ではキミの言っていることは正しいよ。キミはさっきからなかなか見所があるみたいだ。アバターなんて、原始人みたいなものだと思っていたけど、キミとの出会いが僕の常識を覆してくれた。ありがとうって言いたいくらいだよ」

 

 「言いたきゃ言えばいいだろ。意味がわからん。話長いし。さっさと夢覚めてくれねーかな」

 

 「夢が覚める。アバターが使うにはおかしな表現だ。この世界そのものが夢のようなものだというのに」

 

 数秒の沈黙。それを破ったのは、そうだ、というコウタロウの言葉だった。そうして話を続ける。

 

 「キミにこっちの世界を見せてあげよう。キミたちアバターじゃこっちの世界には干渉できないんだから、僕に出会えたことを幸運に思いなよ」

 

 「夢に幸運もクソもないだろ」

 

 「ははは。その通りだ。じゃ、いくよ」

 

 そう言い終えたコウタロウが一つ手を叩くと、男はガクッとうな垂れた。もう一度手を叩くと、コウタロウの姿は消えた。

 

 六畳ワンルームは、コウタロウが現れる前と同じような姿になった。

 

 

 

 「はい。ようこそ、最上位世界へ」

 

 「この夢、まだ続いてんの?てか、うわ、なにこの声。イケボやん」

 

 「むしろ、夢から覚めたと言った方が正確かもね。ここが唯一本当の世界なんだから。あ、キミのデータはそのアンドロイドに乗せといたから、その体を自由にしていいよ。声が変わっているのは、体が変わっているからだね」

 

 男は、コウタロウの話を聞き流し、窓ガラスに映る自分を見た。外は暗く、様子を窺うことはできない。その代わり、男の今の姿がよく見える。金髪碧眼に、すらりと伸びる四肢。背も高い。顔から性別を判断することはできないが、美形なのは間違いない。ゲームやアニメのキャラクターのようで、人間離れしている。

 

 「まあ、悪くない夢だな!」

 

 美しい声と姿を手に入れた男は、そう言った。自分に言い聞かせるようだった。

 

 「キミ、まだわからないの?さっき、僕の意識を見せたろう。さっきまでキミがいた世界は、正確に言えば宇宙だけど、こっちの世界の人類がシミュレーションによって作り出しただけの世界。つまり、ここが真の現実世界なんだよ」

 

 コウタロウは、少し苛ついた様子で捲し立てる。そんなコウタロウを見て、ため息をついてから男は話し出す。

 

 「……別に、俺は最初から疑ってなかったよ。夢にしては意識が鮮明だし、体の感覚もあったし」

 

 「そうなの?だとしたら、キミは本当に面白いね。自分がただのデータに過ぎないと知ったアバターのほとんどは、データを自損させてしまうんだよ?」

 

 「まあ、そういうの、SFではありがちじゃん。人間が想像できる程度のこと、起こっても不思議じゃないって言うか。ていうか、データが壊れてたらどうすんだよ。殺す気かよ」

 

 「ふーん、つまんないの。もっと驚いてほしかったのに。あと、殺すなんて考えてないよ?もし破損しちゃっても、データを復元して元の変数に戻してあげればいいだけなんだから」

 

 コウタロウは事も無げに言う。そんなコウタロウに対して、男は反駁する。

 

 「お前はそれでよくても、俺はよくねえんだよ。そんなことされたら、なんか、気持ち悪いだろ」

 

 「アバターのことなんて知ったこっちゃないね」

 

 コウタロウは悪びれる様子もなく、即答した。

 

 「お前の態度、だんだん腹立ってきたな。そういえば、さっきここが最上位世界だとか言ってたけど、本気でそう思ってるのか?」

 

 「どういう意味だい?」 

 

 強めの語気で、男はコウタロウに問うた。それに問い直したコウタロウは、まるで意味が分からないと言いたげな表情だ。

 

 「そのままの意味だよ。なぜ、この世界より上の世界がないと言い切れるんだ?」

 

 腹が立っていたこともあり、男は勢いに任せて疑問をぶつけた。

 

 「なんだ、そんなことか。科学的に証明された事実だから、というのが答えかな」

 

 「そうかよ」

 

 男は不服そうに、それだけ言った。証明されていると告げられ、反論の余地がないと悟ったのだろうか。

 

 そんなことより、とコウタロウが話し始める。男は顔を伏せたままで見向きもしないが、コウタロウは気にしない。

 

 「最上位世界って素晴らしい響きだろう?キミがいる下位世界や他の下位世界を生み出したのは、僕たちなんだ。キミたちにとっての宇宙人であり未来人であり、さらに言えば創造神みたいなものさ。キミたちの世界が順調に進めば、僕たちの世界と同じような姿になると思うよ。まあ、その前に滅ぶ可能性とかもあるけど、こうして出会った縁もあるし、キミの世界が滅ばないことを祈っているよ。こればっかりは確率の問題だから、ただ管理を任されてる僕にはどうしようもないんだけど」

 

 「いきなり何なんだよ。お前、本当にコミュニケーションが下手なんだな。会話が久々だからか?このコミュ障が」

 

 興味なさげに聞いていた男だったが、長い話に嫌気が差したのか、挑発的に言葉を返した。

 

 「そうそう。こういう会話って久しぶりなんだよね。他人とコミュニケーションをとるときには、意識を共有することが多いからさ。コミュ障って言葉はよくわからないけど、何かのショー?」

 

 しかし、コウタロウが挑発の意図を汲み取れるはずもなく、のんきな応答。

 

 「さっき、向こうでやったみたいにってわけか。気色悪い世界だな」

 

 いつの間にか、男はコウタロウに対する悪意を隠すことはなくなっていた。隠さなくとも伝わらないと考えたのかもしれない。

 

 「そうかな?このおかげでこの世界に誤解なんてものは発生しない。他人を騙すこともできない。誤解や騙すなんて語彙、もうフィクションの中にしか出てこないくらいさ。」

 

 「あっそ。俺は嫌だね、そんなの。他人に意識を覗かれるとか、人権なんてあったもんじゃないな」

 

 「人権?キミがいる世界は、まだそんなくだらない概念に縛られているのか。歴史の授業でしか聞かないよ、そんな言葉。人権という概念の登場が、人類の進歩を遅らせてしまったんだ。早くそんなステージから抜け出せるといいね。見所があると思ったけど、やっぱりただのアバターか」

 

 一連の言葉の応酬は、二人の間にあった溝をさらに深くしただけだった。

 

 再び数秒の沈黙。しかし、今度それを破ったのは、男でもコウタロウでもなかった。

 

 「あなたは、どこの世界のアバター?この世界ではない。この世界より下位の世界から来た。それは確実。少しだけどデータが軽い。イレギュラーなノイズがあるから念のため来てみたけど、これは興味深い」

 

 そう言って現れたのは、長い黒髪を後ろに垂らした女性らしき人。

 

 「だ、誰だお前!」

 

 不審者にコウタロウが声を荒らげる。

 

 「私?私はブラック。ここより上位の世界から来た管理者」

 

 ブラックは平然と答えた。

 

 「ふふふ。ここより上位?気でも狂ったの?ここが最上位世界なのは、証明された事実なんだけど」

 

 その答えに、コウタロウは笑いを抑えられない。自分のいる世界こそが最上位だと、少しも疑っていない様子だ。

 

 「いいえ、それは間違い。否定する」

 

 だが、ブラックはコウタロウの言葉を否定する。すると、コウタロウが男にやったように、ブラックはコウタロウの頭を鷲掴みにした。抵抗するコウタロウだったが、これも男のときと同じように、数秒後に腕が垂れた。


しかし、このあとが男のときとは違った。コウタロウの姿が歪んだかと思えば、そのまま消えた。断末魔の叫びを上げることすらなかった。


 「自損してしまった。しょうがない」

 

 ブラックはそれだけ言って、男の方を向く。

 

 「何か用ですか?」

 

 自分を消せるかもしれない存在に警戒してのことか、男は静かに聞いた。

 

 「用?用ね。用はない。けれど、あなたがここにいることが疑問。理由を聞きたい」

 

 「あんたが壊したアバター?に連れてこられたんだよ」

 

 「それはわかっている。下位世界から上位世界に干渉することはできないのだから、そう思考することが自然。どうしてあのアバターがあなたを連れて来たのかが気になる」

 

 「知らねえよ。さっき頭をつかんだとき、意識を読めばよかったじゃないか」

 

 「一理ある。しかし、少し訂正しなければならないこともある。アバターに意識はない。もちろん、あなたにもない。だから、意識を読むという言葉は間違い」

 

 「意識じゃなきゃ、俺がこうして話せていることをどう説明するんだ?」

 

 「意識を模倣したシミュレーションの結果。」

 

 「そうかよ」

 

 男はまた何も言い返せなくなった。

 

 「そう。それで、なぜあのアバターはあなたをここへ連れて来たの?」

 

 疑問の解消にしか興味がない様子のブラック。

 

 「俺のことを面白いとか言ってたけど」

 

 「確かに」

 

 「どこがだよ」

 

 「さあ?でも、私もあなたを連れていきたい」

 

 「え?」

 

 要領を得ないブラックの受け答えに、男は怪訝な表情を作る。

 

 「じゃ、いこう」

 

 ブラックは唐突にそう言うと、金髪碧眼のアンドロイドは膝から崩れ落ち、ブラックの姿は消えていた。

 

 

 

 「ここが、私たちの世界。ここが最上位世界かどうかは、わからない。これからの研究次第。私はどちらでも構わないけど」

 

 「ま、それが科学的な姿勢ってもんだよな」

 

 コウタロウよりも、自分に近い思考を持ち合わせるブラックに同意する男。

 

 「あなた、アバターの割に話がわかる」

 

 「あんたもさっきのコウタロウってのよりは、話が分かるみたいだな。会話は下手みたいだけど」

 

 「そういえば、あのアバターは消えてしまった。ごめんなさい?」


「なんで疑問形なんだよ」

 

 ふっ、と笑いを漏らしてから、男は突っ込む。

 

 「謝ったほうがいいのか、わからないから」

 

 「別にいいよ、謝らなくて。アバターのことなんて知ったこっちゃない」

 

 「あなたもアバター」

 

 「別にいいんだよ。そんなこともあるかもしれないと考えたことあるし。まさか、本当にそうだったとは思いもしなかったけど。お前は、考えたことないのか?」

 

 「ある。私たちの世界では、世界派の人々がその可能性を研究しているから」

 

 コウタロウとの態度の違いに驚かされたのか、男は意外そうな目を丸くして意外そうな表情を作る。しかし、その表情はすぐに消え、今度は眉をひそめた。

 

 「下位世界からじゃ上位世界には干渉できないんだろ?どんな研究をしてるんだよ」

 

 「無理というのは、時間がかかりすぎて無理という意味。だけど、それを解消する方法が一つだけある。それを、研究している。というか、理論は完成しているらしい。あとは実践するのみ」

 

 「じゃあ、早くやればいいじゃん」

 

 「できない理由がある」

 

 「どんな理由?てか、面倒だから一度に説明してくれよ」

 

 なかなか進まない話に、男は痺れを切らした。男の言葉を聞いて、申し訳なさそうにするブラック。

 

 「ごめんなさい。こういう会話に慣れていないから」

 

 「お前もかい」

 

 男は、ブラックに被せる勢いのツッコミを見せる。

 

 「この世界では、みんな三つのグループのどれかに属していて、そのグループごとに意識を共有しているから、ほとんど会話することがない」

 

 「みんなって、人類全員がか?」

 

「この世界のみんなと言った。つまり、そういうこと。わかるでしょ?」

 

 意図が伝わらず、ブラックは不満そうな顔で言った。声にも棘があった。その顔を見て、男は焦って弁解する。

 

 「いや、だって世界中の人間が、誰かしらと意識を共有しているなんて、俺からしたら信じられないことだからさ。そんな怒らないでくれよ」

 

 「そう」

 

 ブラックの答えは短かったが、先ほどのような声の棘はなかった。そして、話を戻すけど、とブラックが切り出す。

 

 「できない理由を教える」

 

 「い、いきなりだな」

 

 「あなたが聞いた」

 

 「それもそうだな」

 

 そうしてブラックは、自身の世界のことを語った。

 

 まず、この世界には、世界派、革命派、中立派の三派閥があり、人類はみなこのどれかに属し、派閥内で意識を共有していることを語った。


 世界派は、人類の意識をすべて連結することにより、超高度な計算能力を得て、この世界よりも上位の世界があるのか確かめようという派閥だ。もし上位の世界があるならば、そこへの侵略も考えているという。


 反対に革命派は、個人の権利を尊重し、個人の意識は個人に帰属させようとする派閥だ。その派閥が、派閥内で意識を共有させているのは矛盾しているように感じられるが、世界派に対抗するにはこうせざるを得ないのだとブラックは語った。

 

 この二つの派閥が人類の大半を占め、どちらにも所属しない中立派は、ブラックのような管理者以外はいないという。中立派には制約があり、そこに生まれれば中立派以外とは関りを持てなくなるのだと、そう話したブラックの顔は沈んで見えた。

 

 現時点で、世界派と革命派は完全に拮抗している。ブラックが言うには、数十年前からそんな状態が続いているという。

 

 男はブラックの話を黙って聞いていた。

 

 「俺がこの世界に生まれていたら、革命派になってただろうな」

 

 男の世界では、人権という者が尊重されていた。そのため、男がそんな感想を抱くのは不思議ではなかった。

 

 「そう言い切ることはできない」

 

 男の言葉に、ブラックは即座に反応した。そして、さらに続ける。

 

 「なぜなら、この世界では、生まれた場所によって派閥が決まるから。世界派に生まれれば世界派の考えを持つようになるし、革命派に生まれれば革命派の考えを持つようになる。反逆したって、脳を矯正されておしまい。だから、あなたが革命派になるかはほとんど二分の一の確率」

 

 「なんだそれ」

 

 またも、男は反論するための言葉を失った。コウタロウの世界もブラックの世界も、男の世界とはかけ離れていた。

 

 「なんだそれ、と言ったってそういうものだから仕方がない」

 

 だけど、と言ってからブラックは一呼吸置く。男はたまらず続きを催促した。

 

 「今のあなたなら革命派になれる。この世界に生まれたわけではないから、この世界の理に縛られない。」

 

 「いや、ならないけど」

 

 「いいえ、なるの」

 

 男が何か言い返す前に、ブラックはあのときと同じように手を叩いた。

 

 途端、男の意識に膨大な情報が流れ込む。男は理解した。これが他人の意識なのだと。それも、何十億という単位の。男は意識の波に飲み込まれた。他人との境界が曖昧になり、思考が奪われる。


 革命派の人々は歓喜した。この拮抗状態において、余分な意識が――彼らにとっては単なるデータではあるが――加わることは大きなアドバンテージになるからだ。


 「これはルール違反。でもそのルールがなくなってしまえば、それも問題にならない。これで私は自由になれる」

 

 そんなブラックの言葉は、男には届いていなかった。

 

 男が革命派の一員となってほんの数日。革命派は世界派の計算能力をほんのわずかに凌駕し、勝利した。個人の意識は個人のものとなったのだ。このとき、男も自身の意識を取り戻したが、ブラックはどこかに姿を消しており、元の世界に帰ることはできなくなっていた。

 

 幼き頃より、ブラックは管理者として下位世界を管理するためだけに生きてきた。生まれた瞬間から他の管理者たちと意識を共有し、自分というものを持てずにいた。

 

 下位世界を見続けるうちに、ブラックは憧れを抱いた。誰にも干渉されない自分だけの意識をもつ下位世界の人間に。そうして、今回のように中立派のルールを破って、革命派に加担した。

 

 革命派の人々もブラックも、長年夢見たものを手にして喜んだ。慣れない会話に手こずりながらも、そのプロセスさえ愛おしんだ。

 

 しかし、それから一か月が経とうかというころ、世界はすでに綻び始めていた。意識の共有という「完璧なコミュニケーション」を前提にしていた社会システムは維持が難しくなってきていた。些細な誤解が、大きな揉めごとに発展するのも珍しくなかった。

 

 世界を元に戻そうという勢力もいたが、人々は初めて手にした自分というものに、酔いしれていた。一度手にしたものを、人間はそう簡単に手放せない。

 

 半年が経つころには、戦争が始まっていた。戦争はここから長く続き、人類は絶滅一歩手前まで数を減らしたのであった。

 

 


 「ママー、なんかトイレに行ってる間に、みんな死んじゃってたー」


 「ええ?なんでそんなことになってるのよー。ちょっとパパ?あなたがちゃんと見てないからでしょ?私、ゲームのことなんてわからないんだから」

 

 「いや、そんなこと言われてもなあ。シミュレーションゲームなんて放置して観察するのが醍醐味だろう?」

 

 「生き返らせてよー」

 

 少年が頬を膨らませる。

 

 「まったく、仕方ないなあ。ちょっと待ってろ。今、再構築してやるから」

 

 パパと呼ばれた男性がスイッチを一つ押すと、少年が見ていたスクリーンは暗転する。数秒後、ゲーム画面らしきものが映し出される。

 

 「あ、生き返った!ありがとう!」

 

 「まあ、別に生き返ったわけじゃないんだけどな。再構築だから。今度はみんなが死なないようにちゃんと見ておくんだぞ」

 

 「はーい」

 

 少年は元気に返事をし、スクリーンに向き直る。その向こうには、新たな世界が象られ始めていてた。


投稿練習がてら書きました。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

感想、批評、誤字や文法の訂正等フィードバックをいただけたら幸いです。

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