クリスマス特別篇 王子の暴走
ツンデーラは行ってしまった。
それにしても寒い。
真冬の夜はこたえる。
手に息を吹きかける。
凍えそうだ。
私は王子なのだぞ。
なぜこうも上手く行かない?
服を取りに行ってる暇はない。
ふう。倒れそうだ。
靴もなくこんな凍えた大地を走るなどメチャクチャだ。
冷静さを失っている。
まるで対照的なツンデーラと外の様子。
仕方ない。王子としての務めを果たす。
危ない! 戻って来い!
ツンデーラ!
大丈夫だから!
俺が何とかする!
だからお願いだ!
説得も懇願も意味をなさない。
叫び声は虚しく闇の中に吸収される。
寒い。
徐々に冷えていく体。
震えが止まらない。
はあはあ。
白い息を吐く。
日はとっくに暮れ闇が支配する真夜中。
ゴーン
ゴーン
どこからともなく鐘の音が聞こえる。
待ってくれ!
ツンデーラ!
暗闇を追いかける。
まずい! 見失いそうだ。
誰か居らぬか?
ラン! ラン!
ツンデーラの様子がおかしい。
このまま放っておけば明日に差し支える。
俺の手で何とかするしかない。
ツンデーラ!
どこに行った?
戻って来い!
完全に見失ってしまったようだ。
屋敷を抜け別館の方へ。
前夜に花嫁を失うなど大失態。
王子としての立場が危うい。
はあはあ。
ふうふう。
光が見えた。
ツンデーラがいるかもしれない。
ツンデーラが落とした靴の片方を持ち疾走。
ガン!
イタタタ。
何かにぶつかったらしい。
置物?
カボチャで作られた馬車の巨大オブジェに左足をぶつけたようだ。
まったくこんなとこにおかしなものを置きやがる。
どういうセンスしてるんだまったく。
痛みと焦りから悪態を吐く。
誰も見てないこんな夜中ならばいくらでも言える。
痛みが治まってから王子としての振る舞いに戻ればいい。
すまぬが開けてくれぬか?
一人の年配の女性が対応する。
あれま。ナリット王子ではないですか。
ちょっと用事がある。中に入れてもらいたい。
何を申しますか。
ここはメイドたちの寝床。
男子禁制でございます。
例え王子様と言えども例外なく……
緊急事態だ! 王命と言ってもよい。
へええ?
どういう要件でしょうか?
だからそこを開けろ!
ですから男子禁制でして……
分かっている。でもこちらも一歩も引くわけにはいかない。
困りましたね。
困ることは無い。今言っただろ王命だと!
とにかく落ち着いてください。
その足はどうされたのですか?
今さっきぶつけたのだ。
だれだあんな変な物を置いた奴は!
ああ。カボチャの……
あれは王様の自信作。
くそ!
下品ですよ。
とにかく中を見せてくれ!
なぜですか?
ツンデーラがいなくなったのだ!
こちらに逃げ込んでいないか?
明日は儀式。大失態では済まない。
それは一大事だ。分かりました。
どうぞ。お入りください。
薄暗い室内。言っていた通り多くのメイドが寝ている。
一人一人の顔を判別するのはここからでは不可能。
寝ている者を起こすのも気が引ける。
しかしツンデーラを探さなくてはいけない。
夜分に失礼するよ。
焦りを見せずに何とか取り繕う。
これはこれは王子様。
ああナリット王子!
私でよければ添い寝させてください。
王子? 知るかよ!
そうだそうだ。明日も忙しいんだ。
邪魔だよ。邪魔。
うーん。眠い。
快眠を邪魔され不満を述べる者もいれば深夜の王子の訪問に心ときめく者まで。
早く頼みます。
分かっている。
おい。今ここに誰か来なかったか?
ああ。それならさっき入ってきたよ。あっちの方。
一番近くの者が反応を示した。
こっちだな。よし分かった。
王子の乱入に気づかないで掛布団をかぶって横になっている者が数名。
鼾をかいている者もいる。
ツンデーラ!
ツンデーラ! 出ておいで!
なかなか起きない数名の顔を確認するが頑として見せない。
怪しい?
この状況でも眠り続けるなどあり得るのか?
実力行使。
ダメです! お止めください!
年配の者から懇願される。
分かった。手荒な真似はせん。
顔は諦めて下を探る。
掛布団から足を出しガラスの靴を嵌めてみる。
何をなさいますか王子様?
起こさずに手荒な真似もしていない。
王命なのだぞ! いいのか?
誰も逆らえない。
確認作業を続ける。
うん? 入らない。
次。
隙間があるな。違うかな。
次。
臭! ダメだ我が妃がこのように臭いはずがない。
次。
入った。この娘か?
王子様!
鼾をかいていた娘。
確認作業中に起きてしまう。
ツンデーラ?
違った。顔が全然違う。
次。
グガガガ! ゴゴゴ!
鼾? 豪快な鼾は圧倒的。
年を召しているいるのは間違いない。
次。
嵌った。ツンデーラ?
いや、今度はギリギリ。きっちりと言うよりはきつそうだ。
次。
残りは二人。
どちらかがツンデーラに違いない。
足を確認する。
うーん。もう何?
掛布団を足元だけ捲るつもりが勢い余ってすべてを剥いでしまった。
ちょっと寒いじゃない!
独特のスタイル。
何も着ていない。
そう。裸。
王子様。何をなさいます?
これは失礼した。
薄暗い室内。
陽の光の届かない場所。
だがその美しい裸体が発光しているかのように煌めき頭から離れない。
ちょっとしたトラブル。
もちろんわざとではない。
俺は王子なのだぞ!
その程度のことで動揺はせん。
王子の恒例の変態趣味と思われたかもしれないが気にしない。
変な空気になったが最後の一人が残っていた。
まだ寝ている?
この状況でか?
掛布団をかぶって顔が見えない。
ツンデーラ?
反応が無い。
仕方がない。最後の確認だ。
足を掴みガラスの靴を嵌める。
ぴったっり嵌った。
ツンデーラ!
続く




