メモを取ったとしても
『松本 光さんさぁ…』
はぁと椅子に座った私の後ろでため息を吐きながら、先輩社員が呟く。
この女先輩は何故か同僚をフルネームで呼ぶ。
長くなる分効率が悪くないだろうか?そもそもこの先輩の名前はなんだったか…確か…
『この前言ったの聞いてた?ちゃんとメモ取ってた?』
私が名前を一生懸命に思い出そうとしている間にも、先輩社員は言葉を続ける。
「すみません。ちゃんとメモは取ったのですが、私の理解不足でした」
またミスをしてしまった。でもメモをとっていたのは事実なのだ。真面目に話だって聞いていた。この仕事の処理だって、真面目に行なったのだ。
じゃあ、なのに何故私はミスをするのだろう?
『……まぁ、一度で覚えてよね。もう学生じゃないんだから』
私が真面目に仕事をして、それなのに出来なかったらミスだと先輩社員も気づいているからか流石に強くは言えないらしくブツブツと言いながら去っていった。
なぜ私は真面目に仕事をしているはずなのに、ミスをしてしまうのだろう。周りの社員より真面目に取り組んでいるはずなのに、なぜ役に立たないのだろう?また先輩を怒らせてしまった。会社の役に立たていなくて申し訳ない。
カチっと時計の針が定時の時刻を指す。
本当は仕事なんて残っていないから、すぐに帰れるのだが周りが帰らない以上私も帰りにくい。
『仕事できないくせに定時だけは守るのな』
なんて思われるのではなかろうか?私が帰った後に、私の悪口退会が始まるのでは?
一刻も早くこの場から帰りたいという感情と、帰ることへの不安が対立して結局帰ることができない。
『松本光さんはもう帰ったら?』
ついさっきのイライラとしたため息混じりの声からは想像がつかないくらいの優しい声で、先輩社員から声が掛かる。
帰宅を進めてもらえるのはありがたい。これで堂々と帰ることができる。
さっきはミスしてすみません。でも真面目にやったんです。名前も忘れててすみません。明日こっそり確認します。この御恩は一生忘れま…
『どうせ仕事ないでしょ?やれる事もなさそうだし、残っても意味ないよね』
心の中で先輩社員にお礼を言っている途中で、とっても優しい声色で先輩社員はそう付け加えた。
漫画やアニメみたいに心が砕ける音が聞こえるならば、私の心は盛大に音を立てて崩れただろう。
死にたい!!!!
先輩社員の言っていることは正しく、確かにやる仕事もないのにぐずぐずとただ残っていただけの自分が恥ずかしく挨拶もそこそこに会社を後にした。