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009 今、わりととんでもないことが起きましたよ?

 歩いていたら小石に躓くというベタな展開を、同じくベタに受け止めてくれたのは当然グラシア王子。

 ……意外と引き締まった体つきをしている。

 ひ弱ではなくて、このひとはちゃんと鍛えている、れっきとした王子なのだ。


「し、失礼しました」

「気にしないでおくれ。私としては、イロハを抱きしめる口実ができてよかったよ」


 わー! 笑顔が眩しい!

 照れる!! 女慣れしてませんか、王子!!

 慌てて王子から離れるも、耳が熱い。


「イロハ。それくらいで照れないでおくれ。君の周りには男性がいなかったのかい?」

「そういう訳ではありませんが、王子みたいにしれっと言ってくるひとはいませんでしたね!」

「なるほど。それは幸運だ」

「どういう意味ですか!?」


 しまった。不敬罪にとられかねないツッコミをしてしまった。

 それでも王子は楽しそうにしている。


 ん?


「グラシア王子、指」

「おや? 血が出ているね」


 わたしを受け止めたときに、薔薇に引っ掛かりでもしたんだろうか。

 微妙に左手の薬指から血が出ていた。

 すぐに止まりそうなささいなひっかき傷だけど、王子だし。うーん。


「ちょっと失礼します」


 王子の左手を取り、ワンピースのポケットに入れたままだったレースモチーフを当てる。

 何せ、ばんそうこうなんて存在しないのである。


 きらきら……。


「!?」


 拭えればいいかなくらいの安易な考えだったのに、レースモチーフは突然光り出した。

 みるみるうちに薬指の傷は消え、レースモチーフについた血も消え失せた。


「「……」」


 お互い、思わず顔を見合わせてしまう。


「ありがとう、イロハ」


 ふっと表情を和らげたのは王子の方だった。


 いやいやいや?

 今、わりととんでもないことが起きましたよ?


「あ、あの」

「イロハは、実は身代わり聖女ではないのかもしれないね」

「何てことをおっしゃいますか……あ、でも、このレースモチーフは差し上げます」


 半ば押しつけるような形で、レースモチーフをグラシア王子の手のなかにねじこむ。


「そうだね。せっかくだし、いただくとしよう」

「!?」


 こともあろうに、王子は瞳を閉じると、レースモチーフに口づけた。

 た、対応に、困る。

 うーん、グラシア王子。なかなかの人物である……。




★ ★ ★




「つ、つ、疲れた……。もう無理……」


 もうすぐ民の前に出なければならないので、そのスピーチの練習だった。

 イントネーションとか、声の強弱とか、顔の向け方とか。とにかく細かいところを指摘されまくった。

 わたしにはアナウンサーになる資格はなさそうだ。

 いや、顔面力が足りないのはさておき。


 デセオのスパルタ授業を受けてぐったりしたまま部屋に戻って、ヴェールを取り去ると同時にベッドに倒れ込む。 

 ベッドが、やわらかくて、よかった。


 もう少ししたら使用人さんが、湯浴みの準備ができたと告げに来るだろう。

 それまでちょっと仮眠しないと浴槽のなかで眠ってしまいそうだ。

 流石に溺死は避けたい。元の世界に帰って死にたい。


 ……こつん。


 ん?


 外から、窓に何かが当たる音が聞こえてきた。

 鳥が何かしたんだろうか。


 こつん。


 再び、音。

 流石におかしいと思って、ゆっくりと起き上がる。念のためにヴェールを被って、のろのろと窓に近づき、そっとカーテンを開けてみる。


「ひゃっ!?」


 目の前の巨木の枝に、誰かが腰かけているのが見えた。

 いやいや、ここ、塔の最上階だよ!?


 誰か呼ぶべき? これって聖女の危機ってやつ?


 こつん。


 開けろ、って言ってるよね。

 うーん……。

 悪い奴なら無理やりこじ開けにかかってるだろうし、大丈夫かな……。


 両開きの窓を開けると、夕方の涼しい風が入ってきた。


 黄昏時、絶妙な暗さのなか。


 枝に腰かけている誰かは、両腕を組み、ついでに膝も組んでいた。

 おかっぱに切りそろえられた銀色の髪は艶々。

 瑠璃色の瞳は奥二重。

 着ているものはワンピースのようにゆったりした白い筒状の服。ローブ、ってやつだろうか。

 またもやイケメンの部類である。

 ただ、木の枝に腰かけている時点でふつうの人間ではなさそうだ。

 よく見ると耳の先もぴんと尖っている。


 とりあえず、尋ねてみよう。


「どちらさまですか?」

『我は精霊王』


 ぼそぼそと喋るも、単語はしっかりと聞きとれた。


「せっ」


 せ、せ、精霊王ー!?

 蘇るのは異世界転移初日の出来事。

 慌ててヴェールを取り外し、気持ちが先走った結果土下座せざるを得なかった。


「な、何も知らなかったとはいえ、その節はすみませんでした!!」

『気にするな。抑えられていた力がようやく戻ってきたので顔を見に来た』


 それってレースブランケットのせいですよね?

 気にするなって言われる方が無理では?


『聖女の身代わりとは。人間は面白いことをする』


 淡々と喋るからテンションの合わせ方がよく分からない。

 とりあえず、敵意や悪意はなさそうだ。


『この世界での暮らしはどうだ?』

「あっ、わたしが異世界から来たって知ってるんですね、流石です」


 そして話がいろいろと通りやすそうで安心しました、精霊王さま。


「おかげさまでよくしていただいています。野宿しないで済んでラッキーでした」

『気にならないのか? 誰が、本物の聖女を隠しているのか』

「……え?」

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