007 どうやらわたしの編んだレースが特別な力を宿すのは事実らしい。
騎士団もまた、王ではなく聖女のために組織されているというのは驚きだった。
貴賤にかかわらず入団できるので、信心深いこの国の民は、多くが騎士となることを望む。
騎士団に入れば、家族も含めて安定を保証されるから、らしい。
デセオも例外ではなく、庶民の出であり、多くの功績を経て今の地位を得たらしい。
デセオの故郷は田舎の山奥。冬には雪に閉ざされてしまうような場所だという。
彼が騎士団長になったおかげで、家族は貧しい暮らしから抜け出せたのだとか。
それもすべて当代聖女のおかげだ、とデセオは事あるごとに訴える。
なるほど、と妙に感心してしまう。
世界が異なるとはいえ、同い年でそこまで出世してるなんてとんでもないエリートだ。かなり仕事ができる男なんだろう。
「苦労してきたんですねぇ」
「は?」
何様だ、と菫色の瞳が言っている。
「いえ、何でもないデスー」
神様への信仰が、イコール聖女信仰になっているんだろうな、というのがわたしなりの理解。
特にデセオなんて騎士団長だからか、その最たる存在のような気がする。
聖女をめっちゃくちゃ崇めているのが言動から伝わってくるのだ。
「今日はここまでだ」
ぱたん、とデセオが分厚い本を閉じた。
「はい。ありがとうございました」
ようやく授業終了だ。
肩が凝ってしかたないので、肩甲骨を動かすようにストレッチする。
「俺は修練場へ行く。何かあったら呼べ」
指導時間以外は騎士団の修練場で、鍛錬をしているというデセオ。
行動のすべてが聖女のためなのだ。
一体、いつ休んでいるのか不思議すぎる。
ぐぅううう……。
わたしは三階まで上がって、お昼ごはんにするけどね!
螺旋階段を上っていくとどんどん美味しそうな香りが漂ってくる。
しっかりと黒いヴェールを被り直して食堂に入る。
ちょうど、ふくよかな女性シェフがフライパンを握っているところだった。
「あのー……」
「聖女様、ちょうど食事ができたところですよ」
ぐぅぅぅ。
ちょっと、わたしのお腹。言葉よりも先に答えないでほしい。
シェフはくすくすと笑って、ほうれん草とひき肉がぱんぱんに詰まったオムレツを、ケーキのように切り分けてくれた。
この塔は聖女の住居なので、テーブルはそんなに広くない。
しかもカウンターキッチンみたいな構造で、目の前で調理して、出来立ての食事を出してくれるのだ。
フランスパンの仲間みたいなちょっと硬い丸パン。
葉物野菜たっぷりのサラダ。
そして、オムレツ。
「オレンジジュースでよろしいでしょうか」
「はい! お願いします!」
グラスになみなみと注がれたオレンジジュースが揃って、両手を合わせる。
「いただきますっ」
はむっ。
豪快に湯気が立ち昇っているオムレツをひと口食べる。シンプルに塩こしょうだけで味付けされたっぽいひき肉のジューシーさはほうれん草を上回って、たっぷりの旨みが広がっていく。卵も信じられないくらい濃厚で、ふわふわで、飲める。
「美味しいです!」
「聖女様はいつも美味しそうに召し上がってくださるから、作り手冥利に尽きますねぇ」
シェフっていうか食堂のおばちゃんみたいに、にこにこと笑ってくれる。
ひとり暮らしのOLにとって、ごはんを作ってくれる存在はそれだけで尊いのであります……。
「ふぁあ……」
しっかりとごはんを食べて、聖女の部屋へと戻る。
黒いヴェールを外してまず手にするのは、かぎ針とレース糸だ。
部屋の棚には、整然とレース糸が並んでいる。
わたしでは買えないような高級そうなレース糸は引っ越し初日に大量に運び込まれて、自由に使っていいと言われた。
元の世界では絶対に恥ずかしくて緊張してしまう天蓋付きのベッドがある部屋。
大きな窓からいちばん光が差し込む位置にある、ひとり掛けのソファに深く腰掛けて、わたしは唯一の持ち物であるかぎ針を手にする。
右手にかぎ針。
左手に、編みかけの糸。繋がって膝の上に乗るのは、レースモチーフだ。
どうやらわたしの編んだレースが特別な力を宿すのは事実らしい。
詳しくは、調査中らしいけれど……。
本がめちゃくちゃ高価だというこの国で、図鑑のような分厚さと装丁の編み図本を探し出してもらい、その対価として編ませてもらうことにした。
かぎ針にレース糸を引っかけて、図案通りに輪を作ったりくぐらせたりしていく。
ただの糸が、模様になっていく。
目も肩も凝るけれど無心になれるし、完成したら達成感も得られるし、かぎ針と一緒に異世界に来られたのはよかったのかもしれない。
もし、わたしの編んだレースモチーフが何かの役に立てるというなら。
わたしがこの世界に来て聖女の身代わりをしていること以外に、意味があるような気がするのだった。