006 まぁ、実際は軟禁生活というやつである。
「君には特殊な力があるそうだね。精霊王を捕らえられるものを創ることができるなんて、まさに聖女代理には適任ではないだろうか」
「……! わたしの編んだブランケット……!」
いつの間にか王子の手には、わたしが精霊王にぶん投げたブランケットがあった。
汚れひとつなく、それどころかわずかに輝きを残している。
「物事はタイミングがすべてだ。今、こうして君が僕たちの目の前に現れたということが、最善の選択の結果なのさ」
「……聖女がいなくなっても国に変化がないということは、まだ、聖女が生きていらっしゃるという判断だから。そういうことですか?」
「察しがいいね」
王子が顔を綻ばせて手を叩いた。
「歴史書によると、存命の聖女が危機に陥ったときは必ず傾国の危機を迎えるという。しかしこの国は平和そのものだ。どれだけ現王が愚かに振る舞っていても、ね」
現王が愚か?
ん? それは、自分の父親のことだよね……?
今さらっと流したけどいいの?
王子は、話はまとまった、と言わんばかりに続ける。
「もちろん不十分ではあるものの、身代わりにするには十分だろう。ということで、君の身柄は拘束させていただく。たとえ、記憶が戻ったとしても。聖女が戻るまでは」
わたしの後ろで、こほん、とデセオが咳ばらいをした。
聖女が戻る可能性。
それは、一体どれくらいあるんだろう。
そして聖女が戻ってきたら、わたしはどうなるんだろう。
「どうだい? 記憶のない君にとって、衣食住が保証されるのは悪い話じゃないだろう?」
うーん……。
実際、記憶はある。
それでもこのままじゃどうにもならないし、衣食住の保証は魅力的だ。
いや、でも、どうしよう……。
「君は聖女の塔で、好きなだけレースを編んで過ごすこともできる」
「分かりました。お受けします」
三食昼寝付き、自由時間たっぷりなら受けない理由はない。
こうして、わたしはグラシア王子と契約した。
聖女を演じることに、なったのである――。
★ ★ ★
そんなこんなで、契約生活が始まった。
まぁ、実際は軟禁生活というやつである。
だけど、何もせずに衣食住を保証されるのも申し訳ない気がしてはいる。
というか、聖女のふりだって、今のところ塔に住んでいるだけだし。
着るものは基本的にヴェールも込みの黒一色。
食事は三食、おやつ付き。
食事が合うのは心からありがたかった。学生のとき、海外旅行で食事が合わずに辛い思いをしたから。水もそのまま飲めるのはよかった。
それでも。
「……嘘つき。好きなだけレースが編めるって言ったのに」
「記憶喪失の身で、我儘を言うな」
デセオがぴしゃりと否定してくる。
はぁ。溜め息しか出てこない。
聖女として振る舞えるように、ということで、わたしはデセオからこの国について授業を受けていた。
場所は地下一階の書庫。
毎日、昼食と夕食の間はすべて勉強に充てられている。
まさか二十五歳にもなって勉強しなきゃいけないとは……。
そう初日に反論したら、デセオが同い年だと発覚した。
ついでにグラシア王子が一歳下だということも。
金髪の人々、年齢不詳すぎる。
テーブルの上に顔を乗せる。ひんやりして気持ちいいけれど、紙とインクのにおいが鼻をつく。
この国の名は、メヌー・デル・ディーア。
唯一神ウエボの選ぶ聖女によって守護されている『護りの国』である。
聖女はウエボの意思を王に正しく伝える存在であり、神託をいただいて王は政を行う。
神官、という職業はない。
それは王族の職業だから。
そんな王城内にある塔が聖女の館、つまり現時点でわたしの家だ。
お手伝いさんも住み込みで働いていて、塔のなかで生活が循環するようにできている。
聖女の顔を知るひとたちには暇が出された、っていうのはちょっとかわいそうだと思うけれど。
おかげでバレたり怪しまれたりすることはなさそうである。
最上階が聖女の部屋になっているのだけど、ベッドとテーブルとソファーが置いてあるくらいで、元の世界で住んでいたアパートとちょっと雰囲気が似ていてほっとした。
いや、高級感はこっちの方が断然上だけど。
これでテレビが置いてあったら機能としてはほぼわたしの部屋だ。
「聖女として公に出る前に、可能な限りの知識と常識を詰め込むように」
「はぁーい……」
ぎろりと睨まないでください。迫力があってこわいです。
ただ、デセオといて唯一楽なのは、ヴェールをつけなくてもいいことだ。
視界が明るい状態は、何にも勝る。
「当代の聖女は心の清らかな御方だ。誰もが当代聖女を慕い、建国以来、最も穏やかな世が続いていると言われてきた」
「どんな方なんですか?」
「豊かな金髪と、誰よりも澄んだ菫色の瞳。いつも穏やかで、微笑みを湛えている。損得を考えず行動し、身分に関わらず平等に接する。争いごとは苦手で、常に平和を願う。そんな御方だ。当代聖女よりも優れた人間には出会ったことがない」
言葉には感じたことのない熱がこもっている。
デセオが当代聖女に入れ込んでいるのはよーく伝わってきた。