004 精霊王、怒ってなかったってこと?
「デ、デセオ、さま?」
「なんだ」
「いえ、呼んだだけ、です」
ぎろりと睨まれて肩を竦める。
ちょっとー! そんな不機嫌にならなくたっていいじゃんかー!
「しっかりと食え。これから、とある御方と会わせる」
「と、とある御方……? あの、銀色の狼はどうなりましたか……」
「貴様の発言が真実だったからこそ、こうして食事をとらせている」
説明が! 圧倒的に! 足りてない!
それでも最悪の状況から脱出できたことは、判る。
だとしたらデセオ氏の指示通り、わたしにできることはしっかりと食べることだけだ。
入口にいちばん近い位置、つまりデセオ氏の向かいに座る。
銀色のトレイに、まるでホテルビュッフェで取ってきたような食事が載っていた。
分厚いハム。
白いふたごパン。
野菜たっぷりのサラダ。
湯気を立てているポタージュスープ。
それからアートのようなフルーツ盛り。
見たことのないものはなさそうだ。よかった。流石に虫が主食ですって言われたらどんな方法を使ってでも逃げ出すと思う。
「い、いただき、ます」
ポタージュはちょうどいい温かさで、甘みから判断するにコーンポタージュのようだ。
おかげで食に対する安心度が増した。
パンもふわふわだし、ハムは噛めば噛むほどじゅわっと旨みが出てくる。
サラダにかかっているドレッシングは食べたことのない味で、スーパーで売ってたら買いたくなるような美味しさだ。
「精霊王は確かに囚われていた」
「もぐ」
……一心不乱に食べているところに急に話しかけないでほしい。
しかも割と重要な話を。
「ブランケットは回収した。調べたところ、魔力が宿っているのは間違いなさそうだった。それを報告したら、とある御方が興味を示された」
さらに新情報を積み重ねないでほしい。
……しかたない。順番に尋ねるしかないか。
「あ、あの」
「なんだ」
「精霊王は、どうなりましたか?」
「去った。精霊王は基本的に、人間に干渉しない存在だ」
「は、はぁ」
精霊王、怒ってなかったってこと?
だったらいいんだけど……。いや、いいのか?
「とある御方、というのは?」
「ここで口にすることはできない。会えば分かる。粗相のないように気をつけることだ」
言えないんかーい。
うーん、でも、デセオ氏の上司ってことは確定のようだし、まぁいいや。
とりあえず罪人ルートは回避できたみたいだし、今はしっかりと食べて、次の展開に備えよう。
腹が減っては、戦ができぬ。
あぁ、ハムが美味しい。これなら毎食出てきてもいい。
★ ★ ★
朝食を終えると、黒いワンピースにぴったりな、まるで花嫁みたいな黒いヴェールを被らされた。
レース製のおかげでなんとか外の景色は見えるものの、決して快適とはいえない。
まだ暑苦しくはなくてよかったと思うことにしよう……。
もはや両手しか露出していない全身黒ずくめと化したわたしは馬車に乗せられた。
人生初の馬車である。
学んだことは、箱型の馬車はよく揺れるということである。
がたっ、がたっ、……。
微妙に酔いそうだから外の景色を見たいのに、窓には分厚いカーテンがかかっている。
しかたないので向かいのイケメンを眺めよう。
デセオは両腕を組み、目を閉じている。
この男こそ何者なんだろう。
ダークグレーのジャケットには、ナポレオンボタン。
縁取りは鈍く輝く黒色。
着こなしているし、いわゆる騎士、なのかな?
あのお屋敷に住んでいるせいで、富豪っぽくも見えるけれど。
がたっ!
ひときわ大きな揺れで目が覚める。
……揺れに慣れてきて、睡魔に襲われていたみたいだ。
どこでも寝られる特技をいかんなく発揮してしまった。気持ち悪くもなくて、よかった。
目的地に到着したんだろうか。
カーテンをほんのちょっと開けてみようと手を伸ばしたときだった。
「着いたぞ。降りろ」
扉を開けられると眩しくて、同時に、太陽らしきものが空にあることにほっとする。
身を屈めて箱から乗り出し、踏み台に足をかけて慎重に下りる。
眩しさに慣れて瞬きを繰り返すと、ようやく目の前の建物に気づいた。
「し、城……?」
テーマパークにあるような、西洋風の城。
の、敷地内に、わたしたちはいるようだった。
それこそテーマパーク並みの広さがある空間は、ぐるりと灰色の壁に囲まれている。
城もあれば森もある。もしかしたら川だってあるかもしれない。
探検し甲斐がありそうだけど、そうじゃなくて。
城は、円柱と直方体を絶妙に組み合わせた複雑な見た目で、あかい色をしていた。
赤、朱、紅?
輝き方は、新品の十円玉に近いかもしれない。
ぽかんと口を開けて立派な城を見上げていると、ふわり、と軽やかな男性の声がした。
「待っていたよ」
「……部屋で待っていてくださいとお伝えした筈では?」
明らかに不快さを隠そうともせず、デセオが声の主に話しかける。