039 そうでなければここまでがんばれなかった。
★ ★ ★
「日本に帰る方法? 知っていたらとっくにやっています」
「デスヨネー」
ここは、城の中庭。
野外なのに立派な椅子に座るのはレフィナド王女で、向き合っているのはキエトさんとわたしだ。
暦はトスゴアの月に入った。感覚としては、8月くらい。
陽ざしが強いのにもかかわらず快適なのは、わたしたちが木陰にいるからだろう。
キエトさんは現在、正式な絵描きとして城に通っている。
引きこもりをやめたレフィナド王女のちゃんとした肖像画を描くためだ。なお、これは王女のたっての希望である。
絵を描いてもらうときの王女の髪の毛はいつもより艶々でしっかりとウェーブがかかっていて、ほんのりとメイクもしている。ドレスも、美しい紫色と金色のものだった。
十四歳とは思えない優雅さと気品さが滲み出ていて、ほんとうにきれいだ。
そう褒めたら顔を真っ赤にして怒ってきたので、あまり言わないようにしているけれど。
「そうですよね……ははは」
「帰らなくても、帰ってもいい。執着をするのがいちばんよくない」
「なるほど?」
キエトさんは時々、哲学的なことを言う。
「ちなみに、キエトさんは元の世界に帰れると思いますか?」
「世界は自分が見ている夢なのかもしれないと思うことが、時々あります」
詩人のようなことも、言う。
夢、か。
朝起きたら、日本に戻っていて。
自分の住んでいるアパートで。仕事に行かなきゃならなくて。
いつか、そんな日が来るのかもしれない。
とりあえず今は聖女の身代わりを続けるしかなさそうである。
「仕上がってきたね」
「グラシア王子」
ゆっくりと歩いてきたのは、グラシア王子だ。
キエトさんの手元と王女を見比べながら満足そうに頷く。
「改めて、快癒おめでとうございます」
キエトさんが顔を上げる。
雪国から戻ってきて気温差で風邪を引いて寝込んだのは、グラシア王子だった。
まぁ、地下牢から出られたと思ったらさっむいところに行ったから、しかたない。
「ありがとう、キエト氏。おかげで自由の身だ。あとは愚王を隠居させて腐った官僚どもを引きずりおろすだけかな」
あくびをしながら、しかも、城のなかで言うことではない。
「幽閉されている間、考える時間がたっぷりとあったのが幸いだ」
余談だけど、当初わたしのレースモチーフを贈っていた相手は、国王を失脚させるために有益な人たちだったらしい。
だからこそ幽閉されていてもただの病気だったとして戻ってこられたのだという。
なんというか、グラシア王子は最初からグラシア王子だった。
デセオが最初から最後まで、当代聖女第一主義だったのと同じように。
「ところでイロハに話があるんだけれど、ちょっといいかい?」
「はい。なんでしょう」
「あー……ここじゃなんだから、場所を変えようか」
「それなら、植物園に行きませんか? 夏の花を見てみたいです」
「行ってらっしゃいませ、ふたりとも。お兄様、後でお茶会にいらしてくださいね。今日はとびきりのティーセットを用意していますから」
「了解」
「楽しみにしています」
植物園にはたくさんの花が咲き誇っていた。
たっぷりと陽ざしを浴びて生き生きしている様は、流石、夏の花といったところだろうか。
庭師がちゃんと世話をしてくれていたらしい。なんだかんだ、王子に味方が多そうで安心するなー。
グラシア王子がしゃがみ、花に手を伸ばす。
「今年は白いブーゲンビリアがよく咲いたんだ」
ブーゲンビリア!
沖縄・かつ・ピンクのイメージしかなかったけれど、白いものも清楚な雰囲気があってきれいだ。
「イロハ。君にはブーゲンビリアがよく似合う」
えぇと、これは?
どんな花言葉があるのか、あとでキエトさんに尋ねてみよう。
そう思ったとき、グラシア王子がわたしの左腕を取った。
そのまま赤い瑪瑙の腕輪に唇を寄せる。
「!?」
そして、澄んだ朱色の瞳が見つめてきた。
「おおおお、王子? 突然、何を?」
真剣なまなざしで、グラシア王子がぐっとわたしの顔を覗き込んでくる。
わー、顔がいいー、じゃなくて。
ちょ、ちょっと!?
「帰さないよ、イロハ。一生ここにいておくれ」
「グググ、グラシア王子!?」
今までのはー!
冗談じゃー!
なかったんですかー!?
「愛している。君のためなら何でもしよう」
「王子、冷静になってください。グラシア王子には婚約者がいるのでは?」
「知らなかったのかい? 王子の妻になるのは、聖女なんだ」
「なっっ」
そんなことを! 急に言われても!!
心の準備ができておりませんことよ!! 口調までおかしくなりそうだ。
「……ぜ、善処します」
会話になっていないなぁと反省しながらも、視線が合ったら微笑まずにはいられないのだった。
とりあえず満足してくれたのか、王子が立ち上がる。
空は清々しいほど青く、どこまでも青が続いている。
入道雲も完璧に真っ白だ。
あっけらかんとした空にとっては、人間の喜怒哀楽なんてどうでもいいんだろうな。
ふと、鮮やかな黄色が視線に入ってきた。
「向日葵も咲いているんですか」
「自慢の向日葵畑だよ。行ってみるかい?」
「はい」
グラシア王子が瑪瑙の腕輪に触れ、そこからすっと手を下ろした。
手を繋いだままわたしたちは歩いて行く。
「すごく立派ですね……」
光に向かって咲き誇る大輪の向日葵たちは、王子よりも背が高い。
向日葵に隠れて、王子が微笑む。
きっとそれは。
わたしにしか見せない表情だ。
……あぁ、気づいてしまった。
たぶんわたしも、王子のことが好きなのだ。
そうでなければここまでがんばれなかった。
「グラシア王子」
「ん?」
「わたしも、王子のことが好きです」
手を強く握ると、王子の耳がほんのり赤く染まった。
分かりにくいようで、分かりやすいひとである。
王子がわたしから視線を逸らした。
「……調子を狂わされるのは、君だけだよ」
それから目と目が合って。
自然と、わたしは瞳を閉じる。
再び瞳を開けたとき。
どうか、このひとが目の前にいますように。
――そう願いながら。
fin.
ここまでお読みくださってありがとうございました!
創作の励みとなりますので、
最後に★もポチッとしていただけると幸いです^^




