表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/39

037 大人げない行動なのは承知している。

 完全な冬になれば、雪で閉ざされてしまうような場所なのだろう。

 建物の屋根は急な角度になっていて、雪が滑り落ちやすくなっているようだった。


 はらはらと舞う風花は、服に降りた瞬間に融けて消える。

 空の色は段々と闇に近づいてきていた。


 ぶるっ、と寒さで身震いをしてしまう。


「さて。完全に日が暮れる前に手がかりを見つけられるといいけれど」

「そうですね。王子に寒い思いをさせる訳にはいきませんから」

「そのときは互いのぬくもりを分け合えばいいさ」

「何を言ってるんですか、さっきから……?」


 とりとめのない会話をしていたら、突然、グラシア王子が手で口を塞いできた。

 そしてさっとわたしを抱き寄せてくる。


「!?」


 分厚いフードを深く被った女性が道の向こうから歩いてきた。

 黄昏時でも分かってしまう肌の白さと、整った顔立ち。


 もしかして。もしかして……?


 答えは唐突にもたらされた。

 女性が顔を向けた先に立っていたのは――デセオだったのだ。


 デセオは同じように分厚いフードを被っていて、女性の手から荷物を預かる。

 そして空いている手のひらで、女性のお腹にそっと触れた。


 笑っていた。

 聖女も。デセオも。

 どこからどう見ても仲睦まじいふたりは、同じ家に入っていった……。


 心臓の鼓動が早鐘を打っていた。

 目にしても信じることができなかった。


 だって。 

 こんなにあっけなくもたさられていいのだろうか、真実というやつは。

 あんなに。

 あんなに悩んで、迷って、ここまで来たというのに。


「……やれやれ、困ったな」


 わたしの口を塞いだまま、グラシア王子が呟いた。

 ちっとも困っていなさそうな口ぶりだった。


「実に見事な愛の物語だ。当代聖女と、騎士団長の駆け落ち」


 寒さを、震えを感じないのは王子の熱のおかげだった。

 ただ、わたしが喋りたい気配を察してくれたのか、手をようやく口から離してくれる。


 わたしが言いたいのはひとつだけ。

 当代聖女が愛する人間の傍にいただけ、という真実について。


「だから、国に災いが起きなかったと? そんな……」


 理不尽すぎる。

 ふたりの幸せのために、色んなことが、ひとの命が犠牲になった、だなんて。


「そういうものだろう。踏みにじらなければ手に入らない幸福というのも、確かに存在はするのさ」

「……王子」


 それは、自らの父親から権力を奪おうとしていることと重ね合わせているんだろう、か。

 重ねて尋ねることはできないけれど。


「事実は確認できたし城へ帰ろう。ここで聖女へ危害を加える事態を招く方がおそろしい」

「い、いいんですか?」


 国に異変がないということは、聖女が穏やかでいるということ。

 それが前提で、すべての真実だった。

 最初から貫かれていた、たったひとつの。


「人間、完璧には解りあえないものだからね」


 ……そうだ。

 王子にとっては、数少ない友人もひとり、失われてしまったのだ……。


「よかったんだよ、これで」


 ほんとうに?

 なんて、とても聞けやしなかった。


 それでも。


 自分自身に重ねる。

 中学から高校へ。

 高校から大学へ。

 大学から、社会人へ。

 切れてしまった人間関係がいくつもある。

 そして今、異世界に来てしまって。


「グラシア王子」

「ん?」


 力が緩んだタイミングでグラシア王子から離れると、一気に寒さを感じる。

 振り返ってわたしは王子と向き合った。


「後悔って、後から湧いてきてどんどん広がる染みみたいなものなんです。ちょっとでもいいからデセオと話をしてみませんか?」


 そこまで言われると思っていなかったのか、王子は面食らった表情になった。

 ほら、こういう人間くささもあるんですよ。

 わたしはそれを、知っている。


「行きましょう」

「イロハ!?」


 大人げない行動なのは承知している。

 元の世界だったら絶対にやらない。

 だけど、だからこそ。


 ずかずかずか。


 止められる前に、わたしはデセオたちが入って行った家へと歩き出す。


 どんどんどん!!


 力強く扉を叩くと、ゆっくりと扉が開いた。


「……どちらさまですか?」


 か細い声。

 薄いけれど艶のある金色の髪をお団子にした、菫色の瞳の女性が顔を覗かせた。


 菫色……。デセオと同じ色だ。


「話をしに来ました。わたしはイロハ。聖女の身代わりをやっています」

「……!」


 どうした? と様子を伺いに来たデセオは、わたしの顔を見て、言葉を失った。


「やぁ。わざわざ来てあげたよ、デセオ」


 わたしの後ろからグラシア王子が現れると、ふたりとも固まる。


「お邪魔するよ」


 遠慮を持つことなく育ったであろう王子はわたしの横を通って家に入り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ