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035 わたしは密かに、責めずにいたことに安堵する。

 もぞもぞとレフィナド王女は布から這い出てきた。

 少し乱れていたもののきれいな朱い髪をふわりと揺らし、いちばん装飾のついている椅子を持ってくるとドレスの皺をぱっぱっと直して、ちょこんと腰かけた。


 わたしも椅子を運んで王女の向かいに置く。

 キエトさんに座ってもらうと、持っていた布のかばんから絵描き道具を取り出した。


「それでは、失礼します」


 黒炭っぽいものをしゃっしゃっと紙の上に滑らせるキエトさん。

 後ろから見ていても、ほんとうに絵が上手い。

 こうしているとただの絵描きにしか見えない。


 三人とも、黙っていた。


 絵が完成に近づく頃、ようやくわたしは口を開く。


「お願いです。ほんとうのことを話してください」

「……あたくしは……」


 ぎゅっ、と膝の上でレフィナド王女が拳を握って、俯いた。

 わたしは王女の前まで歩いて行き、床に片膝をつく。

 拳を自らの手で包み込んで王女を見上げた。


「だって、ご存じなんですよね? 今もなお、誰が聖女を隠しているのか。それは、ほんとうに実の兄であるグラシア王子なんですか?」


 朱色の瞳に。

 王子と同じ強い光を宿す朱色に、わたしの姿が映る。


 しゃっしゃっ、と、キエトさんは絵を描き続けている。


 口を真一文字に結んで。

 それから。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 嚙みしめるようにして、レフィナド王女は告げた。


「あたくしは、恋をしていました。だから、ずっと、目で追っていました」


 ――恋?


「誰にですか?」


 はぁ、と呆れたように王女が溜め息を吐く。


「お分かりになりませんの? デセオ様のことですわ」

「えっ」


 えっ?

 ちょ、ちょっと待って? それは初耳なんですが?


「ずっと見ていたから、分かっていましたの。彼の視線が、当代聖女にしか注がれていないことを。彼が聖女を心から愛しているということを、誰よりも知っていました」


 レフィナド王女の眉尻が下がる。唇を、噛む。


「そして見てしまったのです。聖女を、塔から連れ出すのを……」


 ちょっと待って。

 それって。

 真犯人はデセオだったっていうこと……!?


 唖然としているわたしに向けてなのか、後悔の入り混じった独白なのか。王女は続けた。


「初めて恋した御方がそんな大罪を犯してしまっただなんて、認めたくはありませんでした。その後デセオ様は何事もなかったかのように振る舞われているし、やがて身代わりとして貴女を連れてくるし、これは誰にも言っていけないことなのだと悟りました。商人の方だって」


 そこで王女は口を噤む。


 ……そうか。

 王女は布を被ることで守ろうとしていたんだ。心を、体を。


 だってレフィナド王女はまだ十四歳なのだ。


 だけど話してくれていれば、ここまでの事態に発展しなかったのでは?

 責めるに責められず俯いていたら、隣にキエトさんが座った。

 そして恭しくレフィナド王女の髪に触れて、口づけた。


 驚いた王女の顔が真っ赤に染まる。


「……ッ!?」

「よく話してくれました、王女。ここからは大人の出る番です」


 キエトさんと王女が見つめ合うと、朱色の大きな瞳が潤んだ。

 わたしは密かに、責めずにいたことに安堵する。


 立ち上がったキエトさんは両腕を組んだ。


「しかし、デセオ氏の聖女に対する執着がそこまで異常とは思いませんでしたね。田舎へ帰ったというのも偽りで、実際は当代聖女を監禁している場所へ向かったのかもしれません」


 わたしも慌てて立ち上がる。


「もしかして、当代聖女が危ない……?」

「王子を首謀者に仕立てて幽閉するような男です。何が起きてもおかしくはないでしょう」

「そうだ! まずはグラシア王子を助けなきゃ!」


 キエトさんが座ったままの王女へ声をかけた。


「王子を助けるのは、レフィナド王女。あなたにしかできない仕事です」


 するとレフィナド王女も立ち上がる。


「分かりましたわ。今度こそ、あたくしは間違えたりしません」


 三人で顔を見合わせて頷く。


 もう少し。

 もう少しで、真実に辿り着ける……!

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