034 それでも、という言葉が好きなんです。
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「お招きありがとうございます。おれも、ちょうど話をしたいと思っていたんです」
「キエトさん!」
聖女の塔の裏で、ベルダーから降り立ったのはキエトさんだ。
今日は盗賊ではなく絵描きの装い。髪の毛は下ろして、眼鏡をかけて、猫背になっている。
「ベルダー。キエトさんを連れてきてくださってありがとうございます」
『男を乗せる趣味はなかったというのに』
銀の狼のまま、精霊王がぼやく。
「えぇと……?」
『言葉のあやだ』
「は、はぁ」
蒸し蒸しとした空気のなか、森に囲まれているこの場所は緑のにおいが濃い。
じんわりと汗もかきはじめているので、なるべく早く本題に移ろう。
「キエトさんの話というのは?」
「アービルが死にました」
「!?」
死んだ、という言い方に引っ掛かりを覚える。
処刑された、ではなくて?
ばくばくと心臓の音が大きく響く。
どうして汗をかいているのか分からなくなりそうだ。
「ある日の朝、独房でこと切れていたそうです」
「それって」
刑事ドラマによくある展開では。
真犯人に殺されるっていう、よくある。展開。
というわたしの意図を正確に汲んでくれたらしいキエトさんは、わたしの両肩を掴んだ。
「もう一度言います。これ以上首を突っ込むと、聖女である君の身すら危うくなるでしょう。それでも、真相を明らかにしたいと考えますか?」
「キエトさん……」
「おれを、精霊王を巻き込んでまで。それが最適解だと思いますか? イロハ」
迫られているのは決断だった。
流されてここまできた。
聖女の身代わりだって完全に納得している訳じゃない。
ごくり、と唾を飲み込む。
わたしは自分の手をキエトさんに重ねた。
「それでも、という言葉が好きなんです。わたしにはまだやれることがある筈なんです。自分の命が危うくなっても。それでも、わたしは聖女を見つけたいんです」
その先で誰かが傷つくとしても。
それがわたしだったとしても。
「すみません。巻き込まれてください」
このまますべてを見過ごして身を委ねていたくは、ないのだ。
「乗りかかった舟です、ね。……分かりました。そこまで言うなら、仕方ありません」
キエトさんが息を吐き出す。
わたしは手を離す。キエトさんもまた、わたしの肩から手を離した。
「どうしてもグラシア王子が真犯人とは思えないんです。彼が反体制派のリーダーだとしても」
「彼は自他ともに認める策略家です。君との交流は、君を油断させるための演技かもしれませんよ」
「王子がそんな器用な方には思えません」
「人間というのは、信じたいことしか信じない生き物です」
「……」
不意に気づいてしまった。
そうか。
わたしは信じたかったのだ。グラシア王子のことを。
策略家だと思われていても、脆いところのあるふつうの人間だと思っていたかった。
「まずは王女の元へ行きましょう。彼女は真実を知る唯一の人間でありながら、心を閉ざし続けています」
「王女? 引きこもりの我儘王女のことですか?」
「キエトさんは先日会っていますよ」
そう。
レフィナド王女は、アービルに会いに行ったときも真実を打ち明けようとしてくれていたのだ。
それなのに。
「レイナさまの正体こそ、レフィナド王女です」
「なるほど。合点がいきました」
『話はまとまったようだな』
「ベルダー。また呼び出すとは思いますが、よろしくお願いします」
黙って聞いていた銀の狼は、もふもふっとわたしの頬にすり寄った。
『かまわぬ。お前のために動くのはいい暇つぶしになる』
「ありがとう、ございます」
しゅるっ、と光の軌跡を描いてベルダーは飛び去った。
わたしはヴェール越しにキエトさんと顔を見合わせて頷く。
向かうのは、レフィナド王女の部屋だ……!
★ ★ ★
こん、こん。
荘厳な扉をノックして、声をかける。
「レフィナド王女。聖女が参りました」
当然ながら返事はない。
あの日以来、王女は今まで以上に引きこもるようになってしまった。
「今日は絵描きを連れてまいりました。気分転換に、モデルになってはいかがですかー?」
声のトーンを上げてみる。
うーん。
だめかな。作戦を練り直して挑み直すか。
そう思いかけたとき。
「……入りなさい」
かすかに、かすかに声が聞こえた。
「失礼します!」
久しぶりの王女の部屋は、変わらず鮮やかな色彩で埋め尽くされていた。
赤、紫、黄色、オレンジ、緑。
中央には、黒い布の上からレースモチーフブランケットを被ったかたまり。
装備が強化されている。ハイパー引きこもり王女だ、これは。
近づいて行ってしゃがんでみる。
「お久しぶりです。王女、会いたかったです」
ちらりと、ブランケットの隙間から王女が顔を覗かせた。
朱色の瞳は潤んでいる。
「レフィナド王女。こちら、絵描きのキエトさんです」
「先日お会いしましたね、レイナ様」
「……」
王女は、わたしの後ろに立っているキエトさんへ視線を向けた。
風貌が全く違うものの、言い方で何者か理解したようだった。
「信頼できる盗賊の御方……?」
「そうです。今日は信頼できる絵描きです」
「何者なの」
「わたしも気になるところではあります」
肩越しに振り返ってみるものの、キエトさんは猫背のまま微動だにしない。
「だけど、絵はめちゃくちゃ上手いですよ。どうですか、描かれてみませんか?」
「……美しく描かなきゃ、許しませんわよ」




