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033 わたしはあなたのこと、そんなに嫌いじゃなかったですよ。

★ ★ ★



 からっと晴れた、まさに夏の日。


 聖女の塔の窓から見えるのは、庶民の服に着替えたデセオの姿。

 綿麻らしきベージュのジャケットと、紺色のズボン。

 ずっと騎士団長姿だったから違和感がすごい。


 見送りは不要だと固辞されたので、窓から眺めることにしたのだ。

 濃い目の金髪は光を受けてきらきらと煌めいていた。


「わたしはあなたのこと、そんなに嫌いじゃなかったですよ」


 決して届かないだろうけれど、背中に向けて呟く。

 こうして関係性が唐突に終わってしまうのはなんとも寂しいものだった。


 デセオもまた、こちらを振り返ることはなかった。

 まっすぐ歩いて行き、やがて見えなくなる。


 ……何も解決していない。

 誰も、幸せになっていない。


 このままでいいの?


「いや、よくない、よね」


 声に出してみるとそれが自分自身の想いなんだと実感できた。


 だとしたら。

 悪あがきだって、できるはずだ。


 すくっ。


 立ち上がってヴェールを被り、聖女の部屋から出る。

 部屋からじゃなくて、塔から出て、向かうのは――城内の地下牢だ。

 グラシア王子が投獄された直後、デセオと一度だけ足を運んだことがある。


「聖女様!?」


 地下牢へ続く階段。

 その前に立っている衛兵がわたしの姿を見て目を丸くした。

 まぁ、そうですよね。

 衛兵が具体的な内容を知らないとしても、ここにいるのは、聖女への不敬罪で捕まっている王子なんだから。


 できうる限りの威厳っぽさを出すために、声に張りを出してみる。


「ここを通してください。グラシア王子に会って話がしたいのです」

「それは……」

「わたしが命じているのです」


 少しの沈黙の後、衛兵が首を垂れた。


「どうぞ、お通りください」

「ありがとうございます」


 下から冷たい風が吹いてきていた。

 螺旋状になっている階段の入り口にかけられていたランタンを外して右手に持つ。

 左手は壁に当てながら、ゆっくりと下った。


 階段の行きつく先は、前面が檻になっている仄暗い部屋。

 見張りはいなかった。

 それはここに閉じ込められているのが、この国の第一王子だからだろうか。


 かの人は壁にもたれかかって、かすかな明かりで本を読んでいた。

 灯りが降りてきたのに気づいてふっと顔を上げる。

 目と目が合って、わたしだと認識した王子は微笑みを浮かべた。


「やぁ。来てくれたのかい」


 ずこっ。

 っとしたくなるのをぐっと堪える。

 捕らえられてる自覚ありますか、王子ー?!

 

 ぱたん、とグラシア王子は読みかけの本を閉じて床に置いた。


 会うのは半月ぶりだろうか。

 ちっとも変わらない様子に、ちょっとだけ拍子抜けしつつ、安心する。


 ランタンを壁にかけると空間全体の明度が増した。

 改めてわたしは深くお辞儀をする。


「グラシア王子。お久しぶりです」

「そうだね。会いに来てくれてうれしいよ、イロハ」


 まるで病院の入院服みたいな真っ白な服を着た王子は裸足だった。

 立ち上がり、わたしに向き合ってくれる。


「デセオが故郷に帰りました。農民になるそうです」

「そうか」


 興味なさそうな反応のあと、グラシア王子は両腕を伸ばしてあくびをした。

 わたしはヴェールを取り、王子を見上げる。


「王子。お願いです、真実を話してください」

「私は最初から嘘は言っていない。この国の安寧が続いているということは、聖女に危機が及んでいないということさ」


 会話になってない。

 だけど、その通りなのだ。


 当代聖女が無事だからこそ、この国に恐ろしいことが起きていないのだ。

 それは歴史が証明している。

 本で散々読んできた。台風、地震、大雨、干ばつ……。


 今この国は平和そのもの。

 王子が幽閉され、王女が引きこもっている以外は。


 生きているのだ、どこかで。当代聖女は。


「イロハの活躍には期待しているよ」


 ウインクしてこないでください、王子ー?

 幽閉されていても優雅さが一切失われていないグラシア王子に、溜め息しか出てこない。


 檻の隙間からすっと手が伸びてきて、わたしの腕輪に触れた。

 さらりと朱い髪が揺れる。王子は檻に額をつけて、瞳を閉じた。


「残念ながら今の私には何もできない。君が、すべての鍵なんだ」


 何故だか胸がいっぱいになって、言葉を返すことができなかった。

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