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032 どうして、そんな認めるようなことを平気でのたまうんですか。

 この国の名は、メヌー・デル・ディーア。


 唯一神ウエボの選ぶ聖女によって守護されている『護りの国』である。

 聖女はウエボの意思を王に正しく伝える存在であり、神託をいただいて王は政を行う。


 神官、という職業はない。

 それは王族の職業だから。


 王家の仕事は、最上級の神官であることなのだ。


 ――祈りの間には光が降り注いでいた。


 王城内、祈りの間。

 教会の礼拝堂みたいな建物。

 元の世界で、友人の結婚式で何回か足を踏み入れたことのある空間に似ていた。


 高い高い天井には荘厳なステンドグラスで何かの物語が描かれている。

 そこから、静かに光が降り注いでいた。


 最奥の一段高い場所で、光に跪いているのは朱色の髪をした青年だった。

 ペールグリーンのマントは床に流れている。


 この国の第一王子は、神官として祈りを捧げている最中だった。

 美しく儚い光景に息を呑む。


 やがてグラシア王子はゆっくりと立ち上がり、マントを両手でさばく。

 ふわりと優雅に揺れるマント。

 さらりと流れる、朱い髪の毛。

 わたしたちへ体を向けたグラシア王子は、まるで出迎えるかのように大きく両手を広げてみせた。


 最初に出会ったときと同じ、白いジャケットとペールグリーンのズボン。

 黒くて丈の長いブーツ。

  

「やぁ。待っていたよ」


 整った顔立ちを一切崩すことなく、薄く笑みを浮かべている。

 ただ、暗い影が落ちているようにも、見える……。


「想定より、早かったけれど」


 どうして。

 どうして、そんな悪役みたいな。


「グラシア王子……」


 入り口で動けないまま、わたしは腕輪を右手で押さえる。

 今、この瞬間ですら、自分の目にしている光景を信じたくない自分がいる。


 だからあがくしかない。

 当代聖女第一主義のデセオの前で、王子の潔白を証明するしか、ない。


「ほんとうに王子が本物の聖女を隠しているんですか? 聖女はどこにいるんですか?」

「さぁ、どこだろうね」

「答えてください、王子。わたしにはとうてい信じられないんです。薔薇を咲かせられるような優しい貴方が、反体制派だなんて」

「反体制派なのは周知の事実。私は、いつあの愚王を玉座から引きずり降ろそうかばかり考えているからね」


 グラシア王子はひらひらと両手を振った。


 くらくらと眩暈がする。

 どうして、そんな認めるようなことを平気でのたまうんですか。王子。


 デセオが一歩一歩、王子へと近づいて行く。


「グラシア・ウノ・レイ・アンテパサード」


 騎士団長は剣を鞘から抜き、切っ先を王子の喉元へと突き付ける。


「聖女への反逆罪であなたを捕らえる」

「待って、デセオ! もうちょっと王子の話を聞いてから」

「安心しろ。傷はつけない」


 振り返ることなく、デセオが言う。


「当代聖女第一主義も、ここまでくると感動ものだ」

「その発言は不敬とみなされる」

「好きにするといいよ」


 ……そして。


 グラシア王子は抵抗することなく、投獄されることとなった。


 正しくは病気ということにしての幽閉だ。

 公式には聖女は行方不明となっていないから。健在、だから。


 それに、王子が反体制派だという事実は周知だとしても、王家の体裁というやつがあるのだという。

 アービルの収容されたおどろおどろしい屋敷ではなくて、王城の地下牢で、死ぬまで閉じ込められるのだと聞かされた。


 何も、できなかった。


 無罪だと証明することも。

 当代聖女を見つけることも。


 わたしは、無力だ……。




★ ★ ★





「今日も王女はいらっしゃいませんね……」


 シェフが残念そうにこぼした。

 わたしは小さく頷く。


 あれ以来、レフィナド王女は再び引きこもりに戻ってしまった。


 実の兄が幽閉されてしまったのだから、当然かもしれない。

 言えなかったということも。


 こちらから会いに行くこともできず、わたしはひとりでレースモチーフを編み続けた。

 

 やがて。

 暦はオリフの月に入り、強い陽ざしの照りつける日が増えてきた。


「メヌー・デル・ディーアに、光あれ!」


 聖女のお言葉イベントもなんとか板についてきた、というか、ついてきてしまった。

 本物の聖女は一体どこにいるんだろう。

 せめてグラシア王子がほんとうに聖女を隠しているというのなら、居場所くらい教えてくれたっていいのでは。


 デセオに付き添ってもらってバルコニーから部屋へ戻り、誰も見ていないのを確認してからヴェールを外した。


「上手に話せるようになったな」

「回数をこなしてきましたからね……それにしても暑い日にもヴェールを被るのはきついですが」

「そういうものだ。当代聖女はそんなことに文句のひとつもなかった」

「まぁ、そうでしょうねぇ」


 ビールが飲みたいっていうのも、言わないでしょうねぇ。

 という微妙な愚痴を飲み込んだときだった。


「俺は騎士団を退こうと思う」

「……へ」


 突然の引退宣言にぽかんと口を開けてしまった。


「今回のことは自分に責任がある。田舎へ帰ることにした」

「そそそそ、そんな」


 無責任な!

 一体誰が巻き込んでくれたおかげで今わたしがここにいると思っているんですか!?


 デセオは己の額の傷にそっと触れた。


「お前はもう、ひとりでも聖女として振る舞えるだろう。記憶もなく、居場所もなかったというのならちょうどいいだろう」

「いやいやいやいや。無理ですよ無理。デセオと……王子がいたからやってこられたっていうのに」


 ひとりで嘘をつきつづけるなんて、絶対に無理だ!


 菫色の瞳が、ふっと光を和らげる。

 このひとが穏やかな表情になるのを初めて見たような気が、した。


「大丈夫だ。お前には、レース編みの力がある。このまま聖女として、ここで過ごしていけばいい」

「無理です。それにグラシア王子の尋問は、誰がやるんですか」

「適任はたくさんいる。近くにいながら何も気づけなかったことが自分自身で許せない」

「デセオが責任を感じなくてもいいのではないですか……?」


 デセオは眉間に皺を寄せた。

 真面目なデセオらしいといえば、らしいけれど。

 だったら最後まで取り調べ役になればいいのに。


「お前にも迷惑をかける。最後まで頼む。無事に聖女が見つかれば、お前は自由だ」

「はい。でも……」

「田舎に帰って、本来の生活に戻る。元々、俺はただの農民なんだ」


 そんな風に言われて、引き留めることはできないのだった。

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