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031 わたしを欺くためのものだったと? そんなの、嘘だ……。

「王女、あ、レフィナドさま。大丈夫ですか」


 顔が青い。

 数ヶ月にわたる引きこもり生活を送っていた王女なのだ。突然街に出るなんて刺激が強かったのだろう。

 しかも外に出て早々、ベルダーの背に乗ったのだ。

 いくら快適とはいえ、車酔いならぬ、狼酔いをしていないか心配である。


「大丈夫ですわ。……ここではレイナと呼んでくださるかしら」


 それでも弱音は吐かない。流石、王女さま。

 ここまで来たらわたしがしっかりと王女を守らなければならない。よし。


「分かりました、レイナさま」

「……そのブランケットはなんですか」

「キエトさん!」


 指定した場所に現れたキエトさんは、黒ずくめ仕様だった。

 髪の毛もひとつに束ねているし、背筋もぴんと伸びている。 


 ちらりと王女を見遣る。

 王女ですー、とは流石に言えない。

 それに、レフィナド王女はどこから用意したのかは定かでない金色のウイッグを被っているし、ブランケットを被っているから瞳の色までは気づかないだろう。

 装いも装いで、侍女用の紺色ワンピースと黒い革靴。

 隠せない高貴さが滲み出ていてちぐはぐに感じなくもないけれど。やはり王女は生まれながらにして王女なのだ。


 キエトさんがわざとらしく溜め息を吐きだした。


「遊びじゃないんですよ」

「彼女はわたしの味方です。どうしてもついてきたいと言ったので、連れてきました」


 これ以上ぶつぶつ言われる前にと、レフィナド王女の肩に触れて説明する。


「レイナさま。こちらはキエトさん、わたしの同郷です。盗賊ですが、信頼できる相手です」

「信頼……盗賊を……?」

「はい。信頼できる盗賊です」


 いろいろとおかしいかもしれないけれどツッコまないでほしい。


「まぁいいでしょう。宜しくお願いします、レイナさまとやら」


 ありがたいことにキエトさんもそれ以上追及してはこなかった。

 もしかしたら判っているかもしれないけれど、口にしなければ問題はないのである。


「で、ここは一体、何なんですか?」


 話を戻そう。

 街の外れとはいえ、まるでお化け屋敷のようなおどろおどろしい建物が目の前にそびえたっている。周りは王城並みに高い柵で厳重に囲われているようだ。


 キエトさんは手のひらで柵に触れて、空を見上げた。


「ここは不敬罪で捕らえられた人々が集められている収容所。他と違うのは、更生の余地を与えられない点です」

「不敬罪……!」


 反応したのは王女の方だった。

 王女も知らない場所の、存在のようだ。


「更生の余地を与えられない、って」

「基本的には、終身刑。情状酌量もなければ、恩赦や特赦もありません」

「それじゃ、アービルは」


 背筋がぞわっとなる。


「どうやって侵入するんですの」


 一方で王女は冷静に尋ねた。


「誰が侵入すると言いましたか?」


 キエトさんがふっと笑みを浮かべた。

 うわー! ニ、ニヒルだ……! こんな表情をするひとなのか、キエトさんって。


「堂々と入りますよ。ふたりとも挙動不審にならないようについてきてください」


 王女とわたしは顔を見合わせた。

 正門から入るの……?


「アービルとの面会を特別に許可してもらっています」


 それってキエトさんが何かしらの力を使ったということ?

 ……何かしらの力……お金……?

 つくづく謎すぎる、キエトさんである……。


 ぎゅっ、とレフィナド王女がわたしの服の裾を掴んできた。

 可愛いからよしとしましょう。




★ ★ ★




 テレビの刑事ドラマで見たようなガラス越しに話せる面会室。

 わたしと王女は椅子に座って、キエトさんはわたしの斜め後ろに立っていた。


 しばらくして現れたアービルは、見るからにぐったりとしていた。どことなく痩せた……というかやつれているし、無精ひげも生えていた。

 灰色の服は、囚人服というやつなのだろうか。


「お久しぶりです、アービルさん」


 慎重に話しかけると、ガラスにぶつかりかねない勢いでアービルは口火を切った。


「聖女だなんて知らなかったんデス! 聖女だったら誰がかどわかすもんですカ! 死罪必死なんですカラ! ワタシはデセオの同級生なんでス。彼の聖女への執着が異常なことも、そんな彼が騎士団長を務めていることも知っているんでス」

「騎士団長、デセオ氏ですか。確かに彼の名前は、そういった意味でよく知られていますね」


 キエトさんが冷静に返す。

 顔の傷跡のこともある。デセオの当代聖女第一主義はこの国では知らないひとはいないのだろう。

 うなだれて、アービルは椅子に力なく座った。


「聖女を守るためなら何でもやるんでス、あの男ハ……」


 王女の震えが止まらなくなっているので、手を握った。

 大丈夫ですよ、レフィナド王女。

 わたしがついていますから。そんな気持ちを込める。


「投獄されるとき、デセオから言われましタ。反体制派が聖女の命を狙っているときに、余計なことをしてくれたト。ワタシは、反体制派がまさかそこまで過激になっているだなんて、知りませんでしタ」

「反体制派」


 突然の言葉に、今度はわたしが動揺する番だった。

 アービルは瞳を潤ませながら続けた。


「デセオは、あと少しで首謀者を捕らえられるところだと言っていましタ。ワタシの行動が想定外だった為に、計画が狂いかねないとモ」

「反体制派のリーダーはグラシア第一王子です」


 わたしは肩越しに振り返り、キエトさんと顔を見合わせた。


「つまり、グラシア王子が聖女の命を狙って、……?」


 待って。


 重要な案件の最中、って。

 そもそも聖女を監禁しているのがグラシア王子だったということ……?


 瑪瑙の腕輪に視線を落とす。


〈疲れた。少しだけ肩を貸してくれ〉

〈……腕輪、つけていてくれて、嬉しいよ。イロハ〉

 

 どうしても、信じられない。

 あの王子が犯人だなんて。

 あの穏やかささえ、無防備な姿さえ。

 わたしを欺くためのものだったと?


 そんなの、嘘だ……。


「城へ戻りましょう、レイナさま。……っ」


 レフィナド王女が口を開きかけたときだった。


「その必要はない」


 現れたのは、騎士団の制服を纏ったデセオだった。

 いつもに増してオーラに怒気が満ちている。


 がしゃんっ!


 ガラス越しだというのにアービルが椅子から床に落ちてしりもちをついた。

 歯ががちがち鳴っている音がこちら側にも響く。


「デセオ。必要はない、って」

「これからグラシア王子を捕らえに向かう。罪状は、国家反逆罪だ」


 まさか、こんなかたちで答え合わせをしなきゃいけなくなるなんて……。

 立ち上がって訴える。


「わたしもついていきます。デセオ、あなたに拒否権はありません」

「好きにしろ」


 デセオの言葉は冷たかったけれど拒否ではなかった。

 わたしには見届ける義務がある。


 イロハ。

 小さく、小さくレフィナド王女が呟いた。

 ブランケット越しにも理解できた。

 ごめんなさい、と唇が動いた。


「レイナさまは帰ったら、お部屋で待っていてください」


 大丈夫です。

 ここから先は、大人がなんとかしますから。

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