030 いやいや感傷的になるのはまだ早い。
「あの。どうして、助けてくれたんですか」
「君がどんどん危ないことに自分から首を突っ込んでいくから、見ていられなくて」
「うぐっ」
否定はできない。
でも、元々こんなアグレッシブな性格ではないことは、おいおい主張していきたい。
向かいに座ったキエトさんが眉をへの字に下げた。
「一体、イロハはこの世界でどんな役割を与えられているんですか?」
「えぇと……」
キエトさん以外誰も聞いていないことは確実なので、わたしは、聖女の身代わりをさせられているということを長々と白状した。
説明が終わる頃には羊羹も食べ終わっていた。
お茶を飲んで、ほぅ、と息を吐き出す。
流石にキエトさんも驚いたようで、目を丸くした。
「まさか、聖女の身代わりにさせられているなんて思いもしませんでした」
「わたしも身代わりにさせられるなんて思ってもみませんでしたよ……」
遠い目をして答える以外にない。
それでも、今は自分にできることをやるしかないのもまた事実で。
「キエトさん。首を突っ込みついでに、アービルをなんとかして助けることはできませんか?」
「アービルは、聖女への不敬罪がなかったとしても、これまでかなり犯罪まがいの商売をしてきた男です。助けることは難しいですし、君が助ける義理はないと思います」
うっ。たしかに金になりそうな人間を攫うっていう時点でアウトかもしれないけれど。
キエトさんが正論すぎて、唇を噛む。
「イロハ。君は、甘いです。今だっておれがほんとうに味方かどうか分からないのにのこのことついてきていますね? もしおれが悪人で、君をどうにかしようとしていたら?」
「……っ!」
キエトさんが腕を伸ばして、わたしの頬に触れた。
冷たい手のひらは、グラシア王子ともデセオとも違う。だけど、同じように男性のものだ。
キエトさんの顔が近づいてくる。
それもまた、キエトさんの言う通りだ。
わたしが身代わり聖女ではなかったとしても、男性とふたりきりの空間にいるのはたしかに非常識かもしれない。
だけど。
だけど。
すっと背筋を伸ばして、キエトさんを見つめ返す。
「でも、キエトさんは悪いひとじゃないと思います。盗賊だって言ったけれど、悪い盗賊じゃないでしょう?」
「悪い盗賊」
ぷっ、とキエトさんが小さく吹き出した。
ツボに入ったのか、手を放してくれたキエトさんは身を屈めて震えはじめる。
……はぁ。
一か八か賭けてみたけど、なんとか未遂に終わったぞ。
キエトさんのテンションが変わる前にわたしは言葉に力を込めた。
「アービルがわたしのせいで死ぬっていうのは夢見が悪いです。それに、彼はきっとわたしの知りたい何かを知っているから」
目の端の涙を拭いながら、キエトさんが身を起こす。
「……なるほど?」
「わたしは本物の聖女の行方を知りたいんです。そして、誰が聖女を隠したのかも」
再び。今度は、睨むように目に力を籠める。
視線は絶対に逸らさない。逸らしてなるものか。
「……しかたありません」
折れたのは。折れてくれたのは、キエトさんだった。
ぱんっと手を叩いて、初めて笑顔を見せてくれる。
「同郷のよしみで、協力しましょう」
★ ★ ★
キエトさんから連絡が入ったのは、二日後の朝のことだった。
なんと、鳩が手紙を運んできたのである。
「これが俗にいう伝書鳩……?」
だから、何者。キエトさんって、何者ー!
かさ。
手紙を開くと、この国の言葉ではなく、日本語の文字がしたためられていた。
暗号としては完璧すぎるだろうけれど懐かしくってたまらない。
緑茶といい羊羹といい、日本にいた頃にはさして好きではなかったものに郷愁を感じてしまう。
いやいや感傷的になるのはまだ早い。
事件を解決してわたしは元の世界に帰る支度をするんだから。そのための行動なんだから。
受け取った手紙には、夜に抜け出してとある場所へ来るように、と指定がされていた。
★ ★ ★
「ということで、今晩。精霊王の力を借りて街へ行ってこようと思います」
昼食後、聖女の塔へ現れたレフィナド王女に告げる。
打ち明けようとしてくれたものの一度しぼんでしまった勢いは戻らないようで、わたしは無理に追及しないようにしていた。
アービルと関わることを伝えたら、レフィナド王女の勇気も蘇ってくるかもしれない。
そして一気に解決する! と思っての発言だ。
ブランケットを頭からしっかりと被ったままの王女だったけれど、ぐっ、とブランケットを掴む手に力が入るのが分かった。
わたしはちょっとだけ身を屈めて、レフィナド王女の手を包み込むように握った。
王女の手は冷たく、やっぱりわずかに震えているようだった。
真実を誰にも言えずここまで来てしまった孤独なレフィナド王女。
本物の聖女が見つかったら、再びわがままな王女として振る舞えるようになるんだろうか?
年相応の傍若無人さと、王族らしい高貴さと共に。
「安心して待っててください。そして、わたしの口から答え合わせをさせてください。それなら王女の苦しみも、少しは和らぐでしょう?」
「イロハ……」
レフィナド王女が視線を床に落とした。
グラシア王子と同じ、長くて立派な睫毛。
唇を薄く噛んでから、王女はばっと顔を上げた。ブランケット越しに視線が合う。
やっぱりグラシア王子と同じ朱色の瞳は、烈しさを隠しているようにも感じた。
「あたくしも連れて行きなさい」
「えっ?」
えっ?
突然何を仰るのですか、レフィナド王女?
「あたくしにだって、王族としての誇りはあります。このままではよくないと、ずっと考えてきましたから」
「だ、だけど、王女って城の外へ出たことはありますか?」
グラシア王子は頻繁に抜け出していそうだったけれど、そもそもレフィナド王女はここ数ヶ月、引きこもりなのだ。
慌てるわたしとは対照的に、王女はふんと鼻を鳴らした。
「ありませんわ」
「デスヨネー」
「ですが、あたくしだってそれくらいはできますわ」
「あ、はい」
こりゃだめだ。絶対に折れないぞ、この王女。




