027 もう一度だけ、頭を撫でてみるのだった。
ちらりとベルダーがグラシア王子を見る。
敢えて棘のある言い方をしているのは明らかで、苦笑いで返すしかない。
「束縛だなんて。王子はわたしの身を案じてくれているだけですよ」
「干渉はしないけれど、牽制はするのか。なるほど」
被せるようにグラシア王子が言う。
どう聞いても厭味にしか受け取れない口調。
売り言葉に買い言葉、みたいな感じにならないでくださいー。
冷や冷やしてしまうではないかー。
『第一王子は感情が表に出ないと聞いていたが、そうでもないようだ』
「精霊王に比べたら、人間は誰しも感情を表に出す生き物さ」
『なるほど。これだから人間観察はやめられない』
お互いに! 棘が! ある!!
薔薇よりも強そうなやつ!!
……はぁ。
わたしにできることは美味しいシードルを煽ることだけだ。うん。
『初めて長時間会話したが、グラシア王子殿は稀にみる逸材だ。気に入ったよ』
今のやり取りでどうしてそうなったのか。
ミルフィーユを食べ終わったベルダーはわざとらしく拍手を送った。
「精霊王に評価していただけるのは光栄なことだ」
ベルダーもベルダーで満足したのか、すっと立ち上がる。
白いローブには皺ひとつついていない。
『では、また外に出たくなったらいつでも呼びたまえ』
そんな堂々と聖女を連れ出す宣言をしていいの?!
と思ったものの、グラシア王子は特に何も言わなかった。
『シードルもミルフィーユも素晴らしかった。たまにはこういう日もいいものだ』
「またいつお越しいただいてもいいように用意しておこう」
とはいえ、ふたりの視線は交差しない。
そのままベルダーは扉から出て行って、使用人さんの悲鳴が聞こえてきた。
何しに来たんだ、精霊王。
ほんとにシードルを飲みに来て、わたしを唆しにきただけ? 暇?
「あの、グラシア王子……」
ふわっ。
わたしの言葉よりも先に、グラシア王子はなんとわたしの肩に頭を載せてきた。
いい香りがするー。じゃ、なくて!
いつの間に距離が縮まっていたんだ!?
「グググ、グラシア王子!?」
「疲れた。少しだけ肩を貸してくれ」
疲れた、というのは精霊王との会話がだろうか。お疲れさまです……。
髪の毛がやわらかい。そして艶々。
睫毛が、長い。
あっ。睫毛も朱色なんだ。ふさふさだなー。
改めてグラシア王子が端正な顔立ちをしていることを確認するわたしである。
……ちょっとくらいなら、いいかな?
手を伸ばして、髪の毛に触れると、肩に当たる感触通りやわらかかった。
そのまま三回くらい撫でてみる。
うわー。ベルダーももふもふだけど、王子の髪の毛も、毛並みのいい猫みたいだ。
「……腕輪、つけていてくれて、嬉しいよ。イロハ」
王子が独り言のように呟く声は、少し掠れていた。
だけど、どこか甘ったるくも感じた。
ほんとうにこのひとが、自分の父親――国王に不満を持つ、反体制派のリーダーなんだろうか。
あまりにも無防備すぎて、そんな風に思えない。
だからって訳でもないけれど。
もう一度だけ、頭を撫でてみるのだった。
★ ★ ★
ベルダーに誘われても外に出なかったのは、そこからしばらく雨が続いていたからだ。
おかげでレースモチーフもたんまりと仕上がってしまった。
今日も今日とて、外ではしとしとと雨が降っている。
「今日はいらっしゃらないんですね、レフィナド王女」
シェフが残念そうに呟いた。
キッチンからはバターの香りが漂ってきている。
なんだかんだ言いつつ、シェフも王女の来訪を楽しみにしていたみたいだ。
からん、ころん。
「噂をすれば、ほらっていうやつですね」
来訪を告げるベルが鳴る。
この鳴らし方はレフィナド王女だ。
「迎えに行ってきます」
三階から降りて行くと、門番が王女に頭を下げているところだった。
「こんにちは、レフィナド王女」
わたしもヴェールは外さないまま挨拶する。
レースブランケットを頭から被った王女は、きょろきょろと辺りを見回すような仕草をした。
「今日は、デセオ様はいらっしゃらないのかしら」
「午前中はいましたよー。お昼ごはん前に、騎士団の方に行くって言って出て行きました」
「そう」
ブランケットを掴む手に、力が入ったように見えたのは気のせいだろうか。
「あたくし、知っていますの」
「ん? 何をですか?」
するとブランケット越しにレフィナド王女が目で訴えてきた。
身を屈めて耳を近づけてみる。
「本物の、行方」
……え?
レフィナド王女の言葉は、まるで、雷のようだった。
本物。
それが表すのは、ひとつしかない。
本物の、聖女の、行方。
どうして、王女が……?!




