026 聖女の部屋でレース編みを教えることになってしまった。
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ドライフラワーは壁に飾った。
そして、当面の間めっちゃ監視されることになった。
どこへ行くにもブランケットを被ったレフィナド王女がついてくる。
ちょこちょことついてくる。
「ふん。真面目に勉強しているのね。」
「違いますわ! ダンスのときのステップはつま先をこうした方が優雅に見えるのです」
「あなた、こんな熱いスープを飲んでいるの? 信じられないわ」
し、姑……?
あ、違う。小姑、小姑。
苦笑いで提案してみる。
「王女の分はぬるく用意してもらえばよいのでは」
「冷めるまで待つわ。それくらいできてよ」
ふむふむ。これが俗にいうツンデレというやつですね。かわいいです。
「レース編みを教えてくださる?」
さらには、というか何故だか、かぎ針を手に入れたレフィナド王女。
聖女の部屋でレース編みを教えることになってしまった。
「利き手でかぎ針を持ちます。ペンと同じように。そうですそうです。糸は反対側の手に引っかけます。人差し指に糸を引っかけて、親指と中指で糸を押さえてぴんと張ってください。うん、お上手ですね」
「当然ですわ。あたくしは器用ですもの」
基本の鎖編みも、きつすぎず緩すぎず均一に編めている。
レフィナド王女の意外な才能を発見してしまった。
慣れてくると、沈黙も気にならない。
ふたりで黙々とレース編みをする時間も増えた。そのときは、レフィナド王女はブランケットを頭から外していた。
うとうととしているレフィナド王女は愛くるしくて、そっと体にブランケットをかけてあげることもあった。
なお、起きたときに怒られるところまでがセットである。
ただ、レフィナド王女は基本的にまだ引きこもり。
わたし以外の人間と関わる気はないようで、家庭教師が時々塔を訪ねてきても門前払いしてしまうのだった。
「レフィナド王女。いいんですか?」
「あたくしに指図するつもり?」
「いえ。そういうつもりはないんですが。城の外に出られるようになったことを、王女の周りの人間は喜んでいるのでは」
「ふん。そんなことは万に一つもなくてよ」
うーん……。
わがまま王女の扱いに周りが手をこまねいているのも知らなくもないから、断言されると微妙に返しづらい……。
このわがままさは年相応だと思うし、王女らしいとも思うんだけどなぁ。
五日間くらいそんな感じで王女と過ごしていた。
そして、監視生活にも慣れてきた頃。
こん、こん。
扉がノックされて、慌ててヴェールを被る。
「聖女様。お忙しいところ申し訳ございません」
使用人さんが困ったように立っていた。
めったにないことなので首を傾げる。
「いえ、レース編みをしていただけなので。どうされましたか?」
言いにくそうに使用人さんが視線を落とす。
「大至急、城へお上がりくださいませ。お客様がいらっしゃっています」
「塔じゃなくて、城に?」
つまり、グラシア王子が呼び出している、ということでもあるんだろうか。
わたしに客人……。
フエルテさんくらいしか思いつかないけど、と考えていたら、答えを教えてくれた。
「はい。あの、精霊王様、が……」
何故。
何故、塔に来ないのですか、ベルダー!?
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レフィナド王女と共に城へ向かうと、城内は大騒ぎになっていた。
それもそのはず。
精霊王は人間に干渉しない存在だ。
それなのに王城へ来るだなんて、干渉も干渉だ。
あたくしは自室に戻りますわ、とレフィナド王女は早々に引きこもってしまった。
「失礼します」
「どうぞ」
案内された豪奢な客間。
たしかに、優雅にソファーに体を預けているのは銀色のおかっぱヘアー、ベルダーだった。
うわー。精霊王が王城にいるー。
「ベルダー。どうしたんですか、王城に来られるだなんて」
『シードルを飲みに来た』
立派なローテーブルを挟んで向かいに座るグラシア王子は、この城内で唯一動揺していない人間だろう。
「今年のシードルは出来がいいからね」
「えぇと?」
意味が分からない。
グラシア王子が否定しないところを見ると、それはそれで間違っていないのかもしれない。
だけど、わざわざ?
「人間には干渉しないんじゃなかったんですか」
『りんご酒は人間ではない』
「まさか揚げ足を取ってくるなんて思いませんでした」
「イロハも来たことだし、用意させよう」
「えっ。本当にシードルのために?」
ところが本当のようで、金色のワゴンでシードルの瓶とグラスが運ばれてきた。
それから、黄色やオレンジのチーズも器に載っている。
「座りたまえ」
「あ、はい」
促されて座ったのはグラシア王子の隣。
き、緊張する……。広いソファでよかった。ちょっとずつ距離を広げてみよう。
注がれたシードルは淡い金色で、細かい泡が底から昇っている。
乾杯することもなく精霊王はグラスに口をつけた。
『聖女が暇を持て余しているかと思って、顔を見に来た』
「は、はぁ」
「そういえば、イロハ。レフィナドは?」
「王女は部屋に戻りました」
「そうか。それは残念だ。せっかく美味しいミルフィーユもあるというのに」
よく見るとベルダーはシードルと一緒にミルフィーユも口に運んでいる。
無表情だから美味しく感じているのかよく分からない、と思って眺めていたら、瑠璃色の瞳と視線が合った。
「人間の食べ物も食べるんですね」
『おかしいか?』
「いえ、精霊王って謎に包まれているので」
思わずおかしな返答をしてしまった。
だけどベルダーはまったく意に介していない。通常運転である。
とんでもなく香りのいいシードルはきんきんに冷えた辛口で、チーズのしょっぱさと合う。くせがあるもののそこまで強くないチーズは全部違うもののようだった。
ミルフィーユではなくてチーズと一緒に味わうことにしよう。
「精霊王。絵師を呼ぶから、肖像画を描かせていただいても?」
『断る』
「残念だ。せっかくの機会だというのに」
とりとめのない会話をするふたりを眺めていたら、突然話を振られた。
『どうだ? そろそろ外に出たくなったんじゃないか? どこぞの束縛王子にうんざりしてきた頃合いだろう』




