025 そういえばそういう設定でした。
わずかに光る輪郭。
銀色のおかっぱヘアー。瑠璃色の瞳。白いローブ。
精霊王はデセオと向かい合うかたちになり、腰を抜かしたアービルの前に立っていた。
「……ベルダー」
デセオは動じることなく、アービルへ剣を構えたままだ。
「精霊王。何の用だ」
するとベルダーは剣などものともしない様子でデセオへ近づいた。
「……」
ベルダーが、デセオの耳元で囁いた。。
表情がないので何を話しかけたのかはさっぱり分からない。
デセオは忌々しそうに舌打ちをする。
「ちっ。好きにしろ」
『では剣を収めるがいい』
ベルダーと視線が合う。
『そこの聖女がおびえている』
デセオの背中はまだ何か言いたげに見えたけれど、従うように剣を鞘に収めた。
振り返ってわたしを見下ろしてくる。
……無表情ふたりに見つめられるの、何も悪くなくてもプレッシャーがかかるんですが。
デセオが片膝をついて、わたしの顔を覗き込んできた。
右眉から左頬にかけて深く残る、一本の跡。
事情を知ってから見るとなんとも言えない気持ちが込み上げてくる。
〈あれはデセオがまだ一般の騎士団員だった頃。当代聖女を守ったときのものだ〉
守りたいのは、わたしじゃない筈なのに。
わたしの迂闊さで迷惑をかけている。
当然ながらアービルもいるからデセオはそんなこと口にはしないけれど。
むしろ、右手を差し出してきた。
ごつごつと節くれだった、戦う人間の手のひらだ。
「立てるか」
情けないことに腰が抜けて、力が入らない。
「……ません」
ちっ、とデセオが小さく舌打ちした。
聖女への侮辱は死罪なんじゃ、なんて普段の軽口も叩けないくらいにわたしが震えているのを見て、デセオはわたしに背を向け……自然な動作でわたしを背負った。
それから、床に落ちていたドライフラワーを左手で拾ってわたしに握らせてくる。
「帰るぞ、塔に」
背中は温かくて、デセオも人間なんだとおかしなことを考えたりした。
デセオ。
帰りたい場所は塔ではないです。
わたしは、元の世界に、帰りたいです……。
泥のなかに沈んでいくように、意識が闇へと引きずりこまれていった。
★ ★ ★
白い。天井が。
手を上に伸ばすと、わたしはベッドに寝かされているのだと判った。聖女の部屋の豪華なベッド。
心地いい香りと、やわらかさ。
いつの間にここまで戻ってきたんだろう。
まったく、記憶が、ない。
体はどこも痛くないけれど、ちょっとだけだるい感じがする。
知恵熱でも出しているんだろうか。子どもかわたしは。
掛け布団の上にはドライフラワーの花束が置かれていた。
そして、ベッドの横には。
「イロハ……」
「!?」
絵に描いたようにがばっと上体を起こしてしまった。
だって。
ベッドの傍らで、眠っているのは。
朱い髪のふたり。
レフィナド王女と。
グラシア王子、なのだ。
「あ、あの。レフィナド王女。グラシア王子……?」
恐れ多いとは思いつつ、ふたりの肩をゆする。
レフィナド王女はかわいくむにゃむにゃとしていたけれど、グラシア王子はぱっと目を開けて、視線が合った。
「イロハ!」
「きゃっ」
今何が起きた?
抱きしめられている? 王子に? ナンデ???
大パニックになっていると傍らからとげのある声がした。
「イロハが困っていますわよ、お兄様」
王子はぱっとわたしから身を離して、両手を広げた。
「すまない。このまま目が冷めなかったらどうしようかと思って」
「はしたないですわ。一国の王子の取る行動とは思えません」
身代わりとはいえ聖女の傍らで眠りこけている王女も、どうかと思います。
なんて口が裂けても言えないけれど。
恐る恐る尋ねてみる。
「あ、あの。わたし、そんなに眠ってたんですか……?」
「今日で三日目だ」
「ひぇえ」
三日三晩眠っていただなんて信じられない。というか、信じたくない。
「イロハ」
すると今度は、王子はわたしの両手を包み込んできた。
顔が! 顔が近い!!
「あのとき離れずに私もついていけばこんなことにはならなかった。心から後悔している」
「王子、気になさらないでください。わたしの迂闊さが招いたことですから……」
右腕で、あかい瑪瑙が静かな光を放っている。
王子の髪や瞳の色と同じ、複雑できれいなあか。
「君は頑張りすぎだ。聖女を見つけたいだなんて、どうして他人のためにそこまで頑張れるんだい?」
王子の瞳のなかに戸惑うわたしがはっきりと映っている。
えーと。
それは、元の世界に帰りたいからだけど。
元の世界にいたら、こんな風に行動することはなかったと思う。
毎日流されるようにして生きてきたから。
自分から何かをしようと思わなかったから。
だから、どうしてだろう? と改めて考える。考えた。
「この世界には、わたしが失うものは何一つないんです」
ふっ、と王子が表情を和らげる。
「この世界、か。君はふしぎなことを言う。そういえば、元の記憶もないんだったな」
そういえばそういう設定でした。
「はい。そして王子、そろそろ手を離していただけませんか?」
きょとんとして、グラシア王子はぱっと手を離してくれた。
「イロハ。しばらく、塔から出ることを禁止させてもらうよ」
「そうなりますよね。当然のことだと思います」
「あたくしが監視させていただきますわ!」
黙っていたレフィナド王女が立ち上がり、両手を腰に当てて宣言した。
「え、ええと?」
すみません。それは、想定外のことです。




