024 疑うにも信じるにも、まだ、そこまで辿り着いていない……。
「まさか、あのグラシア王子が誰かに赤い瑪瑙を贈るとは思ってもみなかった。誰にでも愛想を振りまいているあの王子が、特定の人間に」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「いい情報をありがとう、イロハ。情報に対する料金を支払うべきかな」
デスクの上に追加される札束。
いやいやいやいや。
受け取れない。
思い当たる節がない。一切、ない。
「戯れですね、戯れ。だってわたし、その前にとんでもない不敬発言をかましてますから。はっはっは」
「そうだとしたらなおさらいい情報だ」
フエルテさんは冷静さを取り戻しているけれど、わたしは落ち着いてはいられない。
顔が熱い!
今日は一体なんなんだ!
ひやっとしたり熱くなったり忙しいぞ!
ぱたぱたと手で顔を仰いでみるものの収まらない。
「まんざらでもなさそうだな、イロハ」
「まままま、まさかっ」
寧ろそんな対象として考えたこともありません!
だって相手は第一王子だよ!?
不敬もいいところでは。
「問題はないと思うが」
「大ありです! からかわないでくださいっ」
ぜーはーぜーはー。
何故だかどっと疲れた。
「また進展があれば教えておくれ。報酬は弾もう」
「進展なんてしません!! 今日もありがとうございました!!」
これ以上ここにいてもフエルテさんにからかわれるだけだ。
わたしはお辞儀をして、ギルドを出ることにした。
青空に、瑪瑙の腕輪を翳してみる。
「きれいー……」
そうか。
赤い瑪瑙は、グラシア王子の瞳の色だ。
透き通っているけれど、複雑な色をしている。
だから、いつまででも見ていたくなる。
「お礼にドライフラワー、あげたらよかったかな」
それともグラシア王子は生花の方が好きだろうか。
育てているくらいだし。
王子のこと、全然知らないんだ。わたしは。
疑うにも信じるにも、まだ、そこまで辿り着いていない……。
ぽつり、と肌に水滴が触れた。
こんなに晴れているのに、雨が降り始めたみたいだ。
お天気雨ははらはらと降り注ぐ。
瑪瑙の腕輪もドライフラワーも濡らしたくない。
どこかで雨宿りをしよう、と思ったときだった。
「!?」
一瞬にして視界が暗転した。
★ ★ ★
ぴちゃん。
……ぴちゃん。
「ここは……」
頬に当たる水滴で目が覚めた。
心臓がばくばく言っている。
たぶん、背後から薬を嗅がされたんじゃ、なかろうか
誘拐の方法としてはベタすぎるけど、引っかかったわたしもわたしだ。
薄暗い。ここはどこだろう。
どうやら手足を縛られて床に転がされているようだった。
懐かしいなー、この感じ。
この世界に来た日の夜も縛られてたっけー。じゃ、なくて。
空間が突然明るくなって、眩しさに目を瞑る。
「こんにちは、お嬢さン」
どこかで聞いたことのある声。
見上げると、ギルドの入り口で会ったことのある男がいた。
中肉中背。
赤みがかかった茶髪に、垂れ目の灰色の瞳。
確か、名前は、アービル。
「先日はどうモ。今日は、お願いがあってこのような場を設けましタ」
「……お願いの割に、手荒ですね……」
「快諾してくれたらすぐに解放しますヨ」
聖女に関することだろうか。
もしかして、この人は反体制派で、真実を知っていて……。
近づいてくるアービル。
身動きが取れないわたし。
どどど、どうしよう。
これはほんとうに命の危機では!?
思い切り目を瞑った、ときだった。
どごっ!
鈍い打撃音。それから、何かが吹っ飛んだ音。
「……デセオ」
恐る恐る目を開けると、デセオが立っていた。
ぽたぽたと滴り落ちる雫は雨だろうか。
背中しか見えないデセオのさらに向こうに、アービルは吹っ飛ばされていた。
「デセオ。同級生のよしみでもう少し優しくしてくれていいのでハ?」
殴られたらしい頬をさすりながら、壁にもたれかかったアービルが訴える。
同級生?
アービルも、まさか同い年だとは。
ところがそんな訴えは通る筈がないのだ。
「同級生なら知っているだろう、アービル。俺がどれだけ聖女至上主義か」
声だけで背筋が粟立った。
怒りに満ちている、デセオが。
額の傷。
王子の囁きが蘇る。
「せせせせ、聖女……!?」
アービルの声が上ずっている。
「そうだ。貴様が攫ったのは、聖女だ。お忍びで街に来ていた、な」
声に温度がない。
わたしは思わず視線を逸らした。
当代聖女ではなく、身代わり聖女。
それでもデセオにとっては守るべき対象なのだ。
自分の迂闊さに唇を噛む。
「し、知らなかったんでス! ワタシはただ、レースモチーフを編んでもらおうと思っただけデ! 儲けようと思っただけデ!」
「黙れ」
今にもアービルを殺しかねない勢いに、ありったけの力を振り絞る。
「待ってください、デセオ!」
デセオの背中に叫ぶしか、わたしにはできない。
「止めるな。これは、騎士団長としての仕事だ」
金属音。
鞘から抜かれて鈍くするどく光るのは、剣。
「聖女を侮辱するものは死罪だ」
「侮辱なんてされてません! お願いだから剣を収めてください!」
『聖女の言う通りだ』
二人目の闖入者。
デセオとアービルの間に、誰かが立っていた。




