022 実は、本物の聖女を見つけようと思っています。
振り返るとダークブラウンのフード付きマントを深く被った、細身の青年が立っていた。
ズボンはペールグリーンで、ロングブーツは黒。
どこからどう見ても、グラシア王子そのひとだ。
答え合わせをする必要もなく、王子はちらりとフードから顔を覗かせる。
そしてウインクを飛ばしてきた。
「ひどいなぁ。連れてってくれって言ったのに」
「ちょ、ちょっと!? 護衛もなくひとりで来たんですか!? そっちの方が圧倒的に危ないですよ!!」
午前中に会ったときは挨拶くらいしか交わさなかった王子。
けろりとして言い放つ。
「心配してくれるなんてうれしいな。大丈夫、私が城を抜け出すのは今に始まったことじゃない。君よりずっと慣れている」
「えぇえー……」
脱力感が半端ない。
「こんなところじゃ何だから、移動しよう。おすすめのカフェバーがあるんだ」
はっ。そういえばキエトさんは?
「えっ」
気づくとキエトさんの姿はなかった。いつの間にいなくなったのか、ほんとうに神出鬼没だ。
「最近イロハと話せてなくて寂しかったんだ。さぁ、行こうか」
「おっ、……」
こんなところで王子だなんて呼べず、強引に手を取られてわたしは歩き出した。
★ ★ ★
そして連れてこられたのは。
地下への階段の先、いかにも高級そうな会員制のカフェバーだった。
グラシア王子は扉の前に立っていた店員と目配せを交わした。
当然ながら顔パスなのだろう。
「どうぞ」
「し、失礼します……」
恐れ多くも王子が扉を開けてくれた。
店内は、紫色を基調とした薄暗い空間。カウンターにはまるで博物館のようにアルコールの瓶が並んでいる。奥の方には一段高いスペースがあって、グランドピアノが置いてあった。音楽とお酒を楽しむ空間のようだ。おしゃれだ。
天井には、優雅な煌めきを放つシャンデリア。やっぱり、おしゃれだ。
グラシア王子はピアノの奥にある個室へとわたしを案内した。
ガラス製らしきローテーブルと、向かい合わせにダークブラウンの革張りソファーが二脚。
壁には抽象画が飾られている。
フロア側からだと分かりづらい扉だったけれど、個室からだと壁は透明で、フロアの様子が薄暗いながらも丸見えになっている。
「ほんとうはアルコールを嗜みたいけれど、ジンジャーエールにしておこうか。辛口と甘口、どちらがいい?」
辛口と甘口、どちらがいいか尋ねられたのは初めてだ。
「えーと……辛口で」
「私も辛口にしておこう」
すると、どんな仕組みになっているのか、店員がすっと入ってきた。
トレイには細長いグラスがふたつ載っていた。
細かい泡が底から立ち昇っている。ジンジャーエールだ。
それから、四角くて黒い器にはクッキーが並んでいた。
王子がようやくフードを外すので、わたしもヴェールを外してソファーに置いた。
「二人きりの時間に、乾杯」
「か、乾杯」
辛口というだけあって、ジンジャーエールはぴりりどころかしっかりとしょうがが効いている。
のどごしがいい。
わたしがジンジャーエールを堪能していると、グラシア王子は細長くてきれいな指でクッキーをつまんだ。
「ブラックペッパーとチーズのクッキーだよ。見た目は地味だけど、くせになる」
ざくざくというよりは、ほろほろとした食感の甘じょっぱいクッキー。
なるほど、これは確かにくせになる味だ。
ビールが飲みたい。
ジンジャーエールの辛口は、ビールの代替品としてはなかなかいいけれど。
「さて、ここなら誰にも話を聞かれることはない。イロハは、どうして街に降りたいんだい?」
「ぶはっ」
いきなり話の核心ですかー!
わたしが答える前に、王子は眉尻を下げた。
「野暮な質問かな。塔での生活は単調でつまらないから」
しゅん、と拗ねているみたいに見える。
子犬のようです、グラシア王子。
ちょっとかわいいと思ってしまったぞ。
「単調でつまらないのは城での生活では?」
「その通りだ! ははは!」
王子ー。
分かっていたけれど、即答しないでくださいー。
……いちか、ばちか。
王子の反応を窺ってみよう。
深呼吸をして、両膝の上の拳をぎゅっと握る。
しっかりと、グラシア王子の朱い瞳を見据えた。
「実は、本物の聖女を見つけようと思っています」
不意にグラシア王子の表情から笑みが消えた。
それは気を抜いていたら見逃しそうなくらい一瞬のことだった。
すぐに王子は笑顔に戻り、両手を叩く。
「すばらしい心がけだ! たしかに、このまま身代わりを続けるのも心苦しい話だからね」




