021 呟いたら、なんだかおかしくなって笑えてきた。
フエルテさんに渡すこともなく、レース編みモチーフはどんどんたまっていく。
またグラシア王子も塔に来そうな雰囲気だったから、ちょっとだけ食堂に置いておこうかな。
とはいえ明日はオニフの月の聖女のお言葉の日だ。
日はとっぷりと暮れている。
もうそろそろ寝ないと……。
「……すっかり身代わり生活も板についてきちゃったなぁ」
呟いたら、なんだかおかしくなって笑えてきた。
それでも今の自分にできるのはこれくらいしかない。
モチーフを編み終えて糸の処理をして、立ち上がったとき。
「ベルダー!」
窓の外に、人型の精霊王が立っていた。
闇に浮かぶ銀色はまるで月や星のように光を放っている。
窓を開けるとすうっとベルダーが入ってくる。
「こんばんは。お久しぶりです」
『街に行かないのか?』
直球だな。挨拶くらいしてくれたっていいのでは。
「聖女探しは、いったん中断です。思うところがあって」
『我はすべてを知っている』
「え」
『しかし誰の味方にもならぬ。我は人間に対して中立だ』
「めんどくさい……」
会話してくださーい、精霊王。
だけど聖女の行方不明は人的なものだということは確実になった。
深呼吸してから、精霊王と向き合う。
瑠璃色の瞳はまるで夜空そのものだ。
「大作も納品したし、久しぶりに街に行ってみたいです。明日、聖女のお言葉の時間が終わった後、街へ連れてってくれませんか? 会いたいひとがいるんです。見つかるかは分からないけれど」
『いいだろう』
無表情だからわからないけれど、満足そうに精霊王が頷いた。
『会いたい者がいるというなら、引き合わせてやる』
おぉっ。そんなサービスまでしてくれるんですか、精霊王。
★ ★ ★
およそ一ヶ月ぶりの街。
ありがたいことに、空は雲ひとつなく、真っ青だ。
久しぶりの晴れた日に街へ出られるなんて、最高!
「はー、空気がおいしい」
まるでわたしの心を表しているかのごとく、爽やかな風が吹いている。
大きく伸びをして、深呼吸。
気分は爽快も爽快。だって、一仕事終えた後なのだ。
フエルテさんから貸してもらっている帽子とシャツとパンツ、パンプス。
風通しがよくて着心地がいい。
なんてったってさっきまで聖女として国民の前に立っていた庶民である。
真っ黒な装いより、こっちの方がなじむ。
「さて、と」
きょろきょろと辺りを見渡す。
黒い髪の男性に会いたいとベルダーに告げたら、近いところに降ろしてくれたのだ。
これまでとは景色が違うので、地区が違うのかもしれない。
ただ、石畳の道を歩いて行くと、見事に目的の人物を発見した。
広げた布の上に座っている、猫背の男性。
前回とは違う真っ白なシャツに、ゆったりとしたベージュのパンツを合わせている。
肩より長い髪の毛も、瞳も黒い。
近づいて行くと気配に気づいたのか顔を上げる。
銀縁のスクエア眼鏡の奥は静かに驚いているようだった。
「こんにちは、キエトさん」
「驚きました。またお会いしましたね」
広げられていたのは絵ではなくてドライフラワーの花束だった。
絵の代わりに並べられたドライフラワー。
何故だかキエトさんの雰囲気に合っているような気がする。
しゃがみ込んで目線を合わせる。
「この前の言葉の意味を知りたくて、キエトさんを探していました」
〈この国では誰も信用してはいけません〉
〈勿論、おれのことも〉
くしゃっ、とキエトさんは髪の毛をかきむしった。
それから気まずそうに視線を逸らす。
「言葉の通りです。この国で一度でも王の話を聞いたり、姿を見たりしたことがありますか?」
「……」
言葉に詰まった。
キエトさんはわたしが聖女の身代わりとして塔で暮らしていることを知らない。
そして。
わたしは塔で暮らしているけれど、国王に会ったことは、ない。
〈現国王をよく思わない反体制派も存在する〉
国王に問題があること。
それを、国民は噂として認識していること。
首を横に振ることで、キエトさんに肯定を答える。
「おれはこの国に来て、それなりに酷い目に遭ってきました。ようやく落ち着いて暮らせるようになってきたところです」
「そうだったんですね……」
「イロハさんは? ちゃんと衣食住を保証されていますか?」
「はい。それなりに」
「安心しました」
ここにきてようやくキエトさんが微笑んだ。
柔らかな笑みを浮かべるひとだ。
「あの、ドライフラワー、買ってもいいですか?」
「勿論です」
淡く紅色が残る一本の薔薇と、それを包んでいるようなかすみ草の小さな花束を手に取る。
「これにします」
聖女の描かれた紙幣を渡すと、キエトさんは硬貨を返してくれた。
「ありがとうございます。部屋に飾ります」
「光栄です。イロハさんなら、大事にしてくれそうですね」
大事にします、しますとも。
なんてったって異世界転移仲間なのだから。
キエトさんなら何か知っているかもしれないと思ったけれど、この様子だと国の中枢で起こっている出来事までは知らないだろう。
立ち上がって、キエトさんに頭を下げる。
「キエトさん。また会えますか?」
「おそらく、きっと」
言葉を続けようとしたときだった。
「見つけた。こんなところにいるなんて」
よく通る、透明度の高い男性の声が響いた。




