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020 自分に対してよくしてくれるひとを疑うのは、心苦しい。

 どこからわたしの来訪を聞きつけたのか、扉に背を預けながらグラシア王子が立っていた。

 薄く笑みを浮かべて、優雅に手を叩いている。


「これならしっかりとレフィナドを包み込んでぐれる。引きこもりも一段と進化できるね」


〈そんな国王を憎むようになって、周りの腐った輩共々引きずり降ろそうとしている反体制派のリーダーがグラシア王子だ〉


 デセオからあんな話を聞いてから初めて会うので、どんな顔をしていいのか分からない。


 それにしても仕事の途中だったのだろうか、きちんとした白いジャケットを羽織っているしペールグリーンのマントもつけている。


「そうですね」


 ちらりと王女を振り返ると、兄をきつく睨みつけていた。いやそんな顔をしなくても。


 そして王女の睨みは全く意に介さず、グラシア王子はわたしに近づいてきた。

 近づいてくる王子の顔をまともに見ることができない。

 俯いていると、王子はわたしの目の前に立ってしまった。


「そういえば、何回か街へ行ったそうだね」


 どきっ。


「え、えっと、その」

「次は私も連れていっておくれ」


 顔を上げると、グラシア王子はにこにこと笑みを浮かべていた。

 拍子抜けする。

 一体、どんな返事をすればいいんだろう。


「はい。その前に、また植物園へ行きたいです」

「おや? 誘ってもらえるなんて光栄の至り。では早速行こうか」


 ふわっと王子がわたしの手を取る。


「今は紫陽花が見ごろだよ」


 あ、やっぱり紫陽花なんだ。


「レフィナド、君は引きこもっているかい?」

「愚問ですわ」


 レフィナド王女はブランケットにくるまったまま動かなくなってしまった。




★ ★ ★




 二度目の植物園は前回と違うエリアに案内された。

 どれだけ広いんだ、この植物園。


 そしてグラシア王子の言葉通り、道の両脇にはたくさんの紫陽花が咲き誇っていた。

 青、紫、白、ピンク、黄色、赤……。

 オーソドックスなものから、花びらにグラデーションがあるもの。

 花びらが重なっているものから、中央が小さな花の集まりで周りを大きな花が囲うもの。


「紫陽花だけでこんなに種類があるんですね。変わった花びらのものがたくさんあって面白いです」


 すると王子は立ち止まって、少し身を屈めた。

 掬うように紫陽花に触れる。 


「実は花びらに見えるのは、がくなんだよ?」

「えっ!?」


 わたしの驚きがうれしかったのか、振り向いてにやりと笑みを浮かべた。


「正しくは、装飾花という。その中央の小さな部分が花なのさ」

「へぇぇ……」


 花だと思っていた部分が花じゃなかったなんて、衝撃の事実だ。

 まさか異世界で知ることになるとは思ってもみなかった。


 再びグラシア王子が紫陽花に向き合う。


「土壌によって色が変化することは知られているけれど、花びらのことはあまり知られていないね。ちなみに紫陽花の花言葉は、『移り気』『無常』」


 そっちもそっちで衝撃の事実だ。


「こんなにきれいで鮮やかなのに、『無常』なんですね」

「色が変化することが由来らしい。世の中と一緒だ。変化し、儚いからこそ美しい」

「うわ、詩人……」


 グラシア王子だからこそ映える発言だ。


 そしてあんなに逡巡していたのに、意外と普通に話せている。

 そんな自分にほっとしていた。


「最近、お忙しそうですね」

「これでも王子だからね」


 背を向けたまま、王子は肩を竦めてみせた。

 なんとなく表情が想像できて笑えてしまう。


 振り向いた王子は予想通り口を尖らせていて、笑っているわたしに首を傾げた。


「いえ。毎日お疲れさまです」

「ありがとう。今日も朝から忙しなかったけれど、聖女が来たというからすべてを投げ出してきた」

「えぇと? それはいいんですか?」


 きっと、よくない。

 あと、リップサービスが直球すぎる。


「聖女の塔に行く時間すら取れていなかったんだから、これくらいいいだろう」


 微笑みがっ! 眩しい! ですっ!

 ヴェールがあってよかった。

 まともに浴びていたら目がやられてしまう。


「デセオも粋なことをしてくれた。これまでなら、自分で届けていただろうに」

「そう、なんですか」


 それはデセオが当代聖女の強火担だからでは……。

 過保護そうだもんな、あのひと。


「それにしても。デセオに向かって気軽に話しかけるのは、グラシア王子だけですよね」

「そうだね。あれはああいう性格だし騎士団長だから、他人を寄せ付けない。反対に、私に気軽に話しかけたり文句を言ってくるのもデセオしかいないけれど」


 なんだかんだ仲良しってことですよね、と言いかけて飲み込んだ。

 当代聖女が行方不明になった件について、デセオは間違いなく王子を疑っている。


 そのことにグラシア王子は気づいているんだろうか。


「王子も王子で、大変ですね」

「そうなのさ。まぁ、大変そうに見せないのが、私に課せられた最大の仕事でもある」


 微笑む王子は、とても反体制派のリーダーとは思えなかった。


 その晩も、わたしはレースを編むのだった。

 もはや編まない日はむずむずしてくる。完全に習慣化していた。


 目や肩が凝ってもほかほかのお風呂にゆっくりと浸かれるおかげで、凝りはひどいことにはなっていない。

 日本だと隔週でマッサージに通っていたものだ。


 グラシア王子と普通に話せてよかった。

 自分に対してよくしてくれるひとを疑うのは、心苦しい。

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