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002 せっかく狼から逃れられたと思ったのに、結局死ぬルートしかないの?

 わざと弱々しく、彼を見上げてみる。

 たどたどしく、言葉を紡いでみる。


「記憶、が、ないんです。自分の名前以外。どこから来たのか。どうしてここにいるのか。気が付いたら森にいました。目の前には銀色の狼がいました。わたしは手に持っていたブランケットを投げました。すると狼が動かなくなったので、逃げました」


 暗くてはっきりとは見えないものの、男性の眉が動いたような気がした。


「銀色の狼、だと?」

「……はい……。あの、ブランケットは、わたしがつくったもの、なんですが」

「銀色の狼とは、すなわち精霊王だ。貴様の発言が真実ならそれは由々しき事態だ」

「せせせ、精霊王!?」


 ブランケット自作発言を遮るようにもたらされた発言に、思わず気弱設定を破ってしまったではないか。

 精霊王って。

 そんなSSRなキャラクターを初見で捕獲? しようとしたって、相当まずいのでは。

 ど、どうしよう。


 幸か不幸か、男性はわたしと違って冷静なようだった。


「夜の森には入れない。確認は明日行う。それまで貴様の身柄は拘束させてもらう」

「ひゃっ!?」


 馬から降りた男性の腰には剣らしき装備。

 しかしそんな物騒なものを抜かずとも、こっちは丸腰の女性である。

 なすすべもなく両手を縛られてあっという間に馬に乗せられてしまった。


 小学校の林間学校で乗馬体験したなー……うん、臭い。

 獣臭さに顔をしかめて、顔を横に向ける。


 彼は馬には乗らず、引いて歩いていくようだった。

 濃い金髪の髪の毛はきちっと固められている。

 横顔でも判る彫りの深さ。

 瞳の色、紫……ううん、菫色だ。きれいだなぁ。

 絵画のような人間だ。歩く美術館だ。


 なんて呑気に思っていたのも、僅かな時間のことだった。


「……し、ん、じ、ら、れ、な、い」


 馬から降ろされて連れて行かれたのは、まさかの牢獄っぽい部屋だった。

 冷たい床、窓ひとつない暗い部屋。


「まさか二十五年生きてきて、投獄されるとは思ってもみなかった……」


 口に出してみるとちょっと面白い。まったく笑えないけれど。


 終着点は恐らくだけど男の屋敷だ。

 彼が門をくぐるとき、お帰りなさい、って口々に迎えられていたから。

 それだけで、どうやら人徳のある真面目な人間だということは推察できた。


 だけど馬から解放されてもてなされるだなんて甘い考えだった。

 馬の上でぐったりしているわたしに対して、男は、地下へ連れて行けと指示を出したのだ。

 そのままあれよあれよと両手両足を縛られたわたし。

 抵抗する気力もなく担がれた先がこの牢獄っぽい部屋である。


 極寒でも灼熱でもないのがせめてもの幸いだった。


 床は硬いけれど、寝ころぶには問題がない。

 手足の自由がないからどのみち寝るしか選択肢がないのだ。


「はぁ……。信じられない……」


 いや、信じられないこともないか。

 精霊王を動けなくしてしまった人間なんて明らかに悪人だからしかたない。

 下手したら死罪では。

 せっかく狼から逃れられたと思ったのに、結局死ぬルートしかないの?

 どんなハードモードの異世界転移よ。


 神さま、前言撤回です。

 もうちょっと難易度を下げてくれてもよかったのでは?


「ふわぁ……」


 それでもあくびも出てきたことだし、寝るしかないか。

 元の世界でちゃんと晩ご飯を食べておいてよかった。

 できることなら、やわらかい布団のなかで眠りたいけれど、しかたないよね……。




★ ★ ★




 ところが。


「え?」


 目が覚めたわたしは、願望通りのやわらかなベッドのなかにいた。

 しかも高級ホテルみたいな立派なベッドだ。


 どういうこと? えっ? ちょっと意味が分からない。


 わたしの動揺をよそに、ベッドは沈む全身をしっかりと包み込み体にフィットしている。掛け布団も高級羽毛のようなふわふわ感がある。

 さらに枕は、頭の重たさをしっかりと受け止めてくれている。

 いつまでも寝ていたくなるような心地よさ。

 ほのかに漂うお日さまと石けんの香りは、まさに天国……。


 ゆっくりと頭だけを明るい方へ向けた。

 大きな窓のレースカーテン越しにきらきらと光が降り注いでいる。

 二度寝の世界に吸い込まれそうだ。


「え?」


 掛け布団を両手で掴んだ瞬間、違和感に気づく。

 ……枷が、ない。

 両手が自由になっている。

 そのまま布団を持ち上げて自分の体を確認すると、ワンピースのような白いパジャマを着ていた。ぎゃあああ。誰かが着替えさせたっていうこと? まぁ、確かに泥まみれだったもんねあのパジャマ。お高くて大事に使っていたから、捨てられていないことを願おう。


 おそるおそる上体を起こすと、絶妙なタイミングで扉がノックされた。


「おはようございます。よく眠れましたでしょうか」

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