011 ただ、やれることはやろう。わたしはそう決めた。
「すごいですね、デセオ! めちゃくちゃ強いですね」
「当然だ。そうでなくては長は務まらない」
「こんなにイロハのテンションが上がるとは思わなかったよ」
グラシア王子が笑みを零す。
デセオは王子へ体を向けて頭を下げた。
「王子。ありがとうございます」
「いえいえ。相変わらず、騎士団長は意味不明な強さだね」
「誉め言葉として受け取っておきます」
なるほど。
聖女のための騎士団だから、王家よりも先に、聖女に声をかけるのか。
身代わりだと知っているのはここの三人だけだもんね。
すると、デセオはわたしの背中に手をやった。
「!?」
「大人しくしていろ」
背中に当てられた手は、なんだか普段の五割増しで優しく感じられた。
デセオが本物の聖女に接するときは、こんな風なのか……。
「聖女がいらっしゃった! 全員、跪け!」
デセオが倒れている人々に声を向ける。
ざざっ!
明らかにバテていた団員たちは、あっという間に片膝をついた状態になった。
全員、デセオと同じ服装だけど、その色合いは濃淡がある。
デセオがいちばん濃い色だ。きっと騎士団長の証なんだろう。
デセオに付き添われて、わたしはそのまま彼らの真ん前に立たされる。
ひ、ひぇぇ……。
「あ、あの……。がんばってください」
「「「ありがとうございます!!!」」」
うおおおお、と士気が高まると、空気がびりびりと震えるようだった。
「こ、これでいいんですか?」
「あいつらには十分だ」
い、いいのかなー……。
後ろを振り返ると、グラシア王子がウインクを飛ばしてきた。か、軽いなー。
★ ★ ★
そんなこんなで異世界に転移して、あっという間に一ヶ月が経とうとしていた。
精霊王と会えたのは一度きり。
だったら姿を現さなくてもよかったのではと思わなくも、ない。
それにしても、人間の適応能力に感謝せざるを得ない。
なんとなく生活のペースも掴みはじめていたし、本物の聖女がいつ見つかるかも、元の世界に帰れるかどうかも分からないのだ。
ただ、やれることはやろう。わたしはそう決めた。
勉強して、レースモチーフを編んで。
とんでもないことに、レースモチーフは身分の高い人々の間で、ひそかな人気になっているようだった。
どうやらレースモチーフを身に着けていると、聖女による加護を受けられるとかなんとか。
噂好きのシェフからそう教えてもらって、開いた口が塞がらなった。
いやいや。
聖女、身代わりだけど大丈夫ですかー?!
発端はグラシア王子らしい。
たしかに怪我は治った。明らかに確信犯だ。
だっていつの間にか、食堂に置いていたレースモチーフが減っていたのだ。
問い詰めたら薄く笑われた。
まぁ、居候の身だし、それで居住費が賄えるならいいかと納得したけれど……。
そんな身代わり聖女も、ついに、聖女としての初イベントを迎えることになってしまった。
この世界も月は十二に分かれている。
今は、ヨマの月と呼ぶらしい。
春夏秋冬があるのかは定かではないけれど、窓から空を眺めていると四月とか五月くらいの麗らかさを感じる。
日本だったら桜が咲いているのかな。あぁ、ビールを飲みながら花見をしたい。
王城の、聖女専用の部屋。
つまり待合室みたいな認識でいいんだろうか。
窓際には大きな大きなバルコニーがある。ここから外に出ると説明された。
心臓がばくばくいっている。そのうち口からえれっと飛び出しそうだ。
だいたい、人前で喋ることなんてこれまでの人生で一回も……あ、いや、中学生のときに作文で学校代表に選ばれたっけ。うーん。どちらにせよ記憶が曖昧なのでそれはノーカウントにしておこう。
白い椅子に座って両手を膝の上に置いていると、扉がノックされた。
間隔を開けて三回。これは、デセオだ。
「準備はできたか?」
「できたといえばできてはいないんですが……」
ちょっと。睨まないでくださーい。
デセオは眉間に皺を寄せて、溜め息を吐きだした。
騎士団長としての正装。ダークグレーのジャケット。
少し前に騎士団を訪問したときの感想は当たっていて、騎士団では位が高いほど、黒寄りの服装になるらしい。
最も濃い黒色を身に着けていいのは聖女のみなんだとか。
ということで、わたしは黒いヴェール、裾の長い長袖ワンピース、ブーツなのだ。
手袋も黒で、肌はほぼ見えない状態だ。
聖女っていうからには白いイメージなんだけど、何にも染まらないという意味で聖女は黒らしい。
元の世界の裁判官みたいだと思う。
「お前は文句が多いが、真面目で勤勉だ。練習通りに振る舞えば問題ない」
「だ、大丈夫ですかね」
一言余分だったものの、突然褒められて声が上ずってしまったではないか。
だって。
これは、国を巻き込んだ詐欺、みたいなものなのだ。
生まれながらにして庶民のわたしが、うまくやれるんだろうか。
緊張が続きすぎて口のなかはカラカラだし、指先はどんどん冷たくなっていく。
「この国の者にとって、聖女の存在は心の拠り所だ。これは、民の為でもあるんだ」
「はぁ……」
わたしの不安が伝わったのか、デセオがぴしゃりと否定してくる。
無愛想だけど、頼もしい人だとは思う。
デセオが動じていないからわたしもなんとか立とうとしている。
それに、デセオに拾われなかったら、野宿まっしぐらだったかもしれないし……。
「時間だ。始めるぞ」
「はい」