ホテイアオイ
わたしは学生時代いわゆる陰キャと呼ばれる人種で教室の端っこで本を読み部活動には所属せず帰宅するや否や録りためた深夜アニメを見ているようなそんな学生時代を過ごしていた。
今、私の隣であさりの酒蒸しを食べている男ともし同級生だったら絶対に交わらなかったのだろう、むしろ苦手な属性の人だったんだろうと考えればこの状況はかなりカオスな空間だと思う。
「そういやスミレさんって、いくつなんですか。答えたくなかったら別にいいんですけど」
そういえばもう彼と会ってから1カ月ほど経過したというのに年齢を教えていなかったことに気付いた。落ち着いて考えれば年齢どころか本名も居住地も学生時代のことだって明かしてないことにやってしまったと落胆する。彼が私のことで知っていることといえばツイッターのアカウント、それから職場の状況。たったそれだけだった。
「あ、年は24歳、えっと、独身。彼氏なし、えーそれからフルネームは松谷すみれです。それから__」
かなり詳しく個人情報を彼に聞かせた。彼のことが信頼できず個人情報をひた隠しにしてきたと思われるのが嫌で誕生日から血液型、学生時代の得意教科に至るまでまでかなり事細かに彼に聞かせた。
彼があまりの情報量の多さに苦笑いしていたような気がして少し恥ずかしくなる、私は思わずウーロン茶を一気に流しこんだ。
「年下だったんですね。なんだか同い年って勝手に思ってました。」
「あ、そうなんですよ。全然敬語とか使わないで大丈夫ですよ」
「年齢なんてそんな気にしないで今まで通り普通に話しましょうよ。あ、そういや僕たちの共通点って名前に花の名前が入ってるって気づきましたか」
花はいつか枯れるからあまり子供の名前につけないほうがいいとネットで見つけたときから
自分の名前があまり好きではなかった。
それにすみれといういかにも女の子らしい雰囲気も自分に合っていない気がしていた。
「あ、確かに。楓もすみれも花の名前でしたね」
「花はいつか枯れるから子供に付けるべきじゃないって言いますけど僕は花の名前いいなって思うんですよね。ほら、花言葉とか調べると親がちゃんと考えて命名してくれたって思いませんか」
この人は私の心を見透かす能力を持っているのか、と心拍数が一気に上がる。
そして何より彼の純粋で自然と出る言葉に何度も救われる。
どうしてこんなに素敵な人が苦しんで生きているのか、世の中の不条理を憎むしかなかった。
「えー、すみれの花言葉は、”謙虚”ですって」
わざわざネットで花言葉一覧表の中から見つけてくれた。
そういえばそんな花言葉だった。
謙虚が過ぎる自分に何度も嫌気が差したこともあるが自分にピッタリな花言葉だと思っている。
「いい名前ですね。謙虚ってのもすみれさんに合ってる。」
「そうですかね。あ、ちなみに楓さんはどんな花言葉なんですか」
「えーと、調和って書いてます。ほかには美しい思い出とか遠慮とか」
美しい思い出、まさに今この時ですねなんて言おうとしたがそれは自分だけの感情かもしれないと
言葉をのんだ。
「調和ってとても良いと思います、社会には必要ですもんね」
僕自身は不必要な人間ですけど。冷めきった表情で吐き捨てたその言葉にどう返せばいいか分からず
何かお肉料理が食べたいですねと強引に話を変えた。不自然に話を変えてしまったことに焦ったが彼は何食わぬ顔で出されたばかりの熱々のからあげを頬張っている。
店を出たのは23時頃。いつもより少し遅めの解散となった。
「すいません、今日はいつもと違う話題で盛り上がって遅くなっちゃいましたね。」
結構話し込んじゃいましたね、と返事をして駅まで歩いた。
楽しかった時間が過ぎてしまった虚無感は私だけでなく彼も感じていてほしいと思いながら歩くこと数分、あっという間に駅に到着した。
「今日はすみれさんのご自宅まで送ります。夜道は危ないですし」
そんなそんなと嘘くさく芝居したのがバレていたらどうしようだなんて思いつつ、彼の紳士な言葉に甘え家まで送ってもらった。人に優しくしてもらうなんていつぶりだろうか、ましてや女性として扱ってくれたのは人生で初めての経験ではないかと感動していると気づかぬうちに自宅アパートに着いていた。
「わざわざありがとうございます。楓さんも気を付けて帰ってください」
おやすみなさいと挨拶を交わし、私たちが解散したのは午前0時前のことだった。
午前1時を回り、柑橘系の入浴剤に包まれながら湯船に浸かっているとずいぶん上機嫌に鼻歌を歌う自分に気づいたとき私はあることを思ってしまった。