レンゲソウ
「本題なんですけど」
そういえば彼の悩み事を聞くための集まりであったと気を取り直す。
口の中に詰め込んだポテトサラダをウーロン茶で流し込み、話を聞く態勢を整える。
「僕、自分でいうのはあれなんすけど学生時代は陽の人間だったんですよ。サッカー部でクラス委員とかも引き受けてて」
見た目通りの人やないかい、と突っ込みたくなるのを抑え相槌を打つ。
「4年ほど前に今の会社に入社してからもわりと順風満帆で、仕事もそつなくこなして期待の新人だって言われてたんですよね。」
「すごいじゃないですか、私なんか入社してすぐダメになりましたから」
「僕もほんの一瞬でしたよ。これが崩れたのは。あるとき社内に自分の噂話が回って、それから先輩に執拗ないじめを受けたり残業を押し付けられるようになったんですよね。」
その噂とは何か質問する前に彼の口が動いたので聞くタイミングを逃してしまった。
ただなんとなくまだこの浅い関係では聞いてはならない領域である気がしてその気持ちを自分の胸の奥底に沈めた。
「うつ病とうつ状態の違いって、スミレさんはご存じですか」
「いや、そんなに詳しくないです」
「ぼくたちはうつ病ではないんですよ、多分。本当にうつの人って周囲の人に頼ったりしないし仕事もやりたがらないし、だいたいそうなった原因とかも覚えてないらしいんです。一概には言えませんけどおそらく僕たちは病ではなく、うつ状態。だからこうやって会って相談している。本当に自殺することができずにこうやって過ごしているんですよ。多分ね。」
彼の言葉を聞いて自分は死ぬ勇気もなくどこかこの世に未練を残しながら生きている情けない人間であることを自覚させられたような気がした。図星だったのだろう。
「カエデさんの言葉には重みがありますね。なんかすごい心に響いた気がします。私が相談受けているのに立場逆転しちゃってごめんなさい、ほんと。」
その後私たちは二時間ほど居酒屋でお互いの会社の愚痴を永遠と語り合った。
彼といた時間はスミレとしてではなく松谷すみれ(24歳)の素のままに過ごしていた気がした。
友達のいない私にとって文字でなく口語でコミュニケーションを取ることが珍しくたった2時間ちょっとの出来事であったが良い思い出ができたなと感じていた。
居酒屋を出ると現実に引き戻されていく気がして一気に鬱蒼とした。今まさにこの状態がうつ状態なのかとひしひしと感じる。彼もきっと同じ気持ちで明日に向かうのだろうか。寒空の下わたしたちは重い足取りで駅へと歩く、こうしてまた会うことができたら明日からの1週間少しは頑張れるのにとそんな可愛いことが言えたらなと思っていた。だが気づかぬうちに改札前まで来てしまっていた。
「スミレさん、今日はありがとうございました。僕気づいたんですけどあの居酒屋にいた時だけは1度も死にたいと思いませんでした、もしスミレさんも同じだったらこれからも定期的にご飯行ってくれませんか。」
私は自分が思うよりも何倍も単純でポジティブだったりするのかもしれない、彼の驚くほど冷静かつ自然に並べられた言葉でそう思った。
「お願いします。」
彼と別れた後に鼻歌を歌いながら帰ったことは誰にも知られるまい。