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禁断の勇者  作者: もろよん
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プロローグ

勢いで書いて放置していた未完成計画

 アルバイト中年 弾満尾 37歳は邪悪である。

周りのすべてに因縁をつけ、世界を呪い人生を呪い、今まで生きてきたすべてを呪っていた。

そして何より、神を恨んでいた。自分から全てを奪い去った神と、運命を恨んでいた。

今まで生きてきた中で唯一信頼できるものは自身の体だけ。それ以外のものは何も信じるに値しない、考るエネルギーを使う事すら無意味。

そう思っていた。


 ある日彼は死んだ。たまたま肩がぶつかり、因縁をつけてきた高校生ぐらいの子供。


 自分より体も小さくひ弱に見えたその少年は、懐からサバイバルナイフを取り出し、満尾の腹を刺し、手首を捻った。


 だが満尾はそれだけでは死ななかった。鍛えに鍛えぬいた肉体には、その体格に見合った筋肉が張り巡らされ、ナイフを引き抜き逃げようとした子供を、

逃がさぬよう、激痛の中満身の力を込めその凶悪な腹筋でナイフを握っていた。


 「殺さないで!」


 子供はそう言いナイフを引き抜くために必死で満尾の腹を抉った。右へ、左へ、上へ、下へ。

 狂気の沙汰ともいえる行動は、周囲の人から罵声を浴びても続く。


 「誰か助けて!殺される!」


 ナイフに自分の持つすべての力を込めているであろう少年は、口元を緩ませて暗い笑みを浮かべていた。

被害者として見てもらえば、正当防衛が成立する。こんな恐ろしい男に襲われている子供が、捕まるはずが無い。

その瞳には確信が浮かんでいた。


 「警察!警察を呼んで!だれか!」


 しかし、ひ弱な少年が精魂尽き果てるまで、少ないお小遣いをやりくりし、インターネットで購入したであろう大事なサバイバルナイフは、

屈強な満尾の体に刺さったまま、微動だにしない。


 既に満尾がナイフを刺され、少年が叫び声を上げ始めてから十分ほどの時間が経っている。

二人の足元には満尾の体から流れ出た、赤い血液で小さな池が出来、

二人の周りにはやじ馬が溢れ、スマートフォンやデジカメで動画や写真を撮るものが大勢押し寄せていた。


 夜勤明けの朝、通勤ラッシュとも呼ばれるような時間の中で、二人の時間だけが切り離されたように長く、長く。

永遠に続くかのように思えていた。


 「僕のナイフを返せよぉ・・・。はぁ・・・はぁ・・・。」


 少年は既に息も絶え絶えで、今にもへたり込みそうなほど憔悴している。しかし満尾は倒れない。ナイフも満尾の腹を刺したままの状態で、

一向に動く気配を見せなかった。


 そして警察のパトカーが現れ、やじ馬を押しのけて警官がやってきた時、彼の目には二人の様子がどう映っていただろうか?


 何が起こったのか?そのような事を聞くまでも無い。見ればわかる。それほどには明確な状況である。

到着した警察官に、自分のとった動画を見せようと、やじ馬が我先にと協力を申し出ているが、彼は普通の警察官。

そのようなものを見せられずとも、自分の目で見れば、今起こっていることぐらいは察しが付く。

直ぐ様彼は無線機に手を当て周辺の警察官に応援を要請した。


 「ホシは高校生ぐらいの少年と思われる。大柄な男性の腹に長さ不明の刃物のようなものを押し込んでいる。至急救急と応援を寄こされたし。以上。」


 少年はその声を聴き、驚きのあまりに失禁した。


 「何でだよ!悪いのこいつだろう!?僕は子供だぞ!!」


 昨今、そのような言い訳が通用する世の中は終わりを告げている。

周囲から憐れみと侮蔑を含んだ、『可哀そうな人』を見る目を向けられ少年の心は泡立った。


 「なんだよその目は!!俺が犯罪者みたいな目で見るな!」


 先ほどの警察官は腰から警棒を引き抜き少年に語り掛けた。


 「もうよせ!この人垣だ!逃げられないぞ!両手を地面に付けろ!」


 少年の目から焦りと恐怖と、そして涙があふれだす。瞳は世話しなく周囲を見回し、決して落ち着くことなく唇は震えていた。


 「お前・・・。見た事あるな・・・。」


 警察官の頭の中で、リストアップされた名簿がめくられていく。


 そして一人の名前とその経歴が思い出された。


 その情報を基に改めて現状を確認する。刺された男は屈強ではあるが被害者。

 そして刺した犯人は、今までのうのうと、八人もの中年の男性を刺し殺してきた、連続殺人鬼で全国指名手配中の凶悪犯。

 警察では少年の姿をした悪魔と呼ばれている。次々に居場所を変え、一人殺すと直ちに一つ二つ町の境を越えて逃走する。

 目撃者は今までいなかった。なぜなら今までの犯行はすべて、夜中の人気のない路地裏で行われていたから。

 殺害方法はいつも同じ、刃渡り二十センチほどの大型サバイバルナイフで、下腹部から胃に向かって一突き。

 そして必ず刺した腹部を死ぬまでかき混ぜている。


 そこまでが今迄の事件の調べで判明した情報。


 少年の写真は、否。少年のような風体の男の写真は家族から提供された。


 小柄で非常に痩せており、少年を思わせる体格が、判断を狂わせるという。警察官も間違った報告をしてしまったと、直ちに報告を修正する。


 「報告の修正をします。ホシは、手配中の木下純一43歳、現タイで行けます。」


 その報告と同時に反対側の道路に複数のパトカーが止まる。そして新たに六人警察官が現れ、警棒を抜いて二人を囲んだ。


 「抵抗するな!お前は完全に包囲されているぞ!」


 そして「確保!」の声と共に両手両足を拘束され、地面に組み伏せられる木下。


 あまりに細い体が逆に確保した警察官の背筋を凍り付かせた。

 殺してしまったかもしれない。そんな空気が七人の警察官の間に漂始めた時、満尾が倒れた。


 満尾は死んでいた。

 夜勤明けで疲労していたところを更に空腹で畳みかけられ、コンビニで買ったパンとおにぎり、いつものペットボトルのお茶。

 空腹で眠れなくなることを見越して、食べようと右手に持っているまま、拳は完全に固まり、最後の抵抗に自分を刺したナイフを返すものかと

 唯一信じられる自分の体に全てを託し、意識は既にこの世になかった。


 取り押さえに入らなかったベテランの警察官によって、満尾の脈が計られる。


 「被害者の死亡を確認・・・。クソッ。」


 まんまと九人目の死者を出してしまった事に腹を立てつつも、犯人を見下ろすベテラン警察官。


 そして、取り押さえに入った警察官が震える声でベテラン警察官に報告した。


 「は・・犯人は・・・。」


 犯人の木下もまた死んでいた。

 彼は単に虚弱なだけだったが、そのあまりの虚弱さのせいで、七人もの警察官の心に傷をつけ、周りの一般人からの非難の声を生み出した。




ーーーーーーーーーー


 「お勤めご苦労様。」


 シックなテーブルの上には、紅茶が入っていると思われるポットと、そろいのソーサーがあり、椅子に座ったその声の主は、右手にそろいのカップを持ち、口を付けた。


 「災難だったね。君の寿命はまだまだ尽きるはずが無かったんだが。」


 そういってカップを置き一息ついたあと、彼は近づいた。


 「そんな疑うような顔をしないでくれ。ここはもう君が呪い、恨んでいた世界ではないのだから。」


 そう言うとその男の周りにモノクロの景色が現れた。木々は風に揺れ、花が咲き、鹿がこちらを向いていた。


 「君にはいくつかの選択肢を用意した。」


 男は目の前に胡坐をかいて座り、にこやかに語り始めた。


 「一つ、このまま消滅する。」

 「二つ、私と共にここに住む。」

 「三つ、私の世界に転生する。」

 「四つ、元の世界に帰る。」


 「どれがいい?好きなのを選んでいいんだよ?」


 男はけらけらと笑い、ふと、別の方に目をやった。


 「あんなのに殺されるような鍛え方はしていなかっただろうに。」


 その視線に釣られ、そちらの方を見ると、何もない空間、空中に逆様に吊るされた、子供のように見える男がいた。


 「君と同じようにすべてを呪い、全てを恨んでいた奴さ、だが君とあいつは違う。君は最後の一線を超えなかった。その一線は人と、人ならざるものを分ける領域。」


 吊るされた少年のように見える男は色が無く、口元から何か液体の様なものがこぼれ出ていたが、色が無いために判別できない。


 「君の答えはなんとなくわかっているけど、それでも今度は、君自身が決めなくちゃいけない。」


 「君がここに来るのは二回目だったね。前に来たときは子供だったけれど、立派な大人になっていたようで安心したよ。」


 男は頭を撫で、ふと笑顔が消える。


 「決まったかい?まぁもっとも、四つ目の選択を君が選ぶ事は無いだろうけど。」


 困ったように笑い、男の姿が掻き消えた。



 「俺は三つ目の選択肢を選ぶ。」



 男は優しい笑みを浮かべ、姿の見え無いまま手を握る。


 「そう言ってくれると思っていた。次の人生は『君にとって』良い人生が待っているよ。」


 そのほかの事などどうでもいいというように聞こえる言葉を残し、男の声はそれっきり聞こえなくなった。



 二人の居なくなった色のない世界で、輝く白い何かが、少年のような男を飲み込んでいった。


 「・・・ふっ。余計な事をするものだ・・・。」


 誰も居なくなった世界に、残されたテーブルと紅茶とイス。全てが溶け合い、世界には何もなくなった。


 「飽くなき欲望のままに。」

暇だったら評価ちょうだいな

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